第135話 奴隷の力
尋常では無い様子のファルロの様子を見て、騎士達が前に出て彼を匿う様にした。
面倒そうにして歩み出そうとした鴉紋であったが、彼の前にもまた、ロチアート達が歩み出ていた。
「お前達……」
「鴉紋様。この場はどうか俺達に」
グラディウスを抜いたロチアート達の赤い瞳が、皆一様に狂気に沈んで行くのに鴉紋は気付く。
そして彼等は口々に呟く。
「アイツだ……あいつが俺の息子をいたぶり殺して喰った! 覚えているぞ、そのツラを!」
「家族達の雪辱。今ここで晴らす」
「お前達騎士の栄光が幻影だという事を教えてやる!」
戦士達の後方で、醜い顔の装飾の兜を下ろしたクレイスが、鴉紋に向かって頷く。
彼等の激しい復讐の念に、鴉紋は睫毛を伏せて左腕の黒色化を消した。何年もの間、辛酸を舐め続けて来た彼等に復讐の場を譲ったのだ。
「ロチアート如きが何を息巻いている!? 我等騎士達に一度として敵わなかった事を忘れたか!」
「軟弱な者がどれだけ徒党を組もうと同じ事! 我等栄光の騎士に歯向かうとは、流石家畜、頭が悪いらしいな!」
浅黒い肌のロチアート達と、日を照り返す銀の鎧の騎士達が相対する。互いに譲る気は無く、興奮しながらジリジリとその距離が縮まっていく。
筋骨隆々の戦士達およそ50、ロングソードを抜いた騎士の数は100。
「殺せ、人間共を!」
「奴隷共に遅れを取る我等ではない!」
戦いの火蓋を切ったのは、一人の若い騎士であった。剣を振り上げて先頭のロチアートに切り掛かる。
「喰らえ家ち――ッ……ぁ」
騎士の中段からの剣撃は盾にあっさりと止められ、動きの止まった隙に兜と胸当ての隙間にグラディウスを刺し込まれていた。
「な……」
その手際の良さに怯む騎士達。若い騎士は首から血を噴き上げて膝を付き、地に伏せる。
騎士を屠り、返り血を浴びた体を力ませて、戦士は咆哮する。
「うぉぉおおおお!!!」
その咆哮に合わせて、戦士達はグラディウスを手に一斉に騎士に襲い掛かった。
やや怯んでいた様子の騎士達であったが、襲い来る敵に剣を振り、魔法弾を使い対応する。
乱戦となったコロッセオにて、クレイスは鴉紋にそっと伝える。
「鴉紋様。今ここで我等の力を示しましょう」
そうして自らも戦火の中へと身を投じていった。
50対100の剣闘士の不利的状況。しかしそんな数の差などは、真に鍛え上げられてきた彼等の前では意味が無い。
「うっぼぁ! くぞ! か、家畜!」
「なんだこいつらは!? 勇猛の儀の時はあんなに弱かった癖に……っ!」
騎士達の剣を避け、盾で受け、グラディウスによる鋭い反撃で仕留める。ロチアートの戦士達は、魔法弾に対して防御魔法までもを駆使して闘っている。その戦いぶりは凄まじく、正に一人一人が鬼人の様であった。
蹂躙される騎士達。猛る屈強な戦士達。
「なぜだ……なんなんだ、奴隷の癖に!!」
「負ける訳が無いだろう! 陣形を組み直せ!」
生緩い修練と、出来レースの勇猛の儀を繰り返して、偽りの力を過信した栄光の騎士。対しては、泥水を啜りながら、毎日毎日本気の殺し合いを繰り返して来た家畜の戦士達。
戦士が吠えて、グラディウスを叩き付ける。屈強な肉体でぶつかり、覆い被さって首をへし折る。
焔を宿らせる赤い瞳は、騎士達とは戦いに臨む覚悟の違いを示していた。
戦いという事を、殺し合うという事を、真に理解しているのは、奴隷達の方であった。
「なな、なにが、何が起きてんだよぉ! なんでロチアートが、こ、こんな……」
「その魔物の様な下賤な目をやめろ! その目で俺を見るなぁあ!」
ロチアート達も数に圧倒されて数人が犠牲となる。しかし彼等は誰一人としてただでは死なず、息も絶え絶えに騎士達の足に絡み付いて離さない。
「しつこいんだよぉロチアート!!……っぐぉ!」
その隙に他の戦士達が騎士を切り付ける。仲間の屍を踏み、彼等は騎士に報復する。
「人間共よ! 我等が力をひた隠し、幾年この瞬間を待った事か!」
「貴様等の娯楽の為に、どれだけの痛みを繰り返して来たか!」
「どれ程の屈辱、どれ程の地獄であったのか、貴様達は知るまい!!」
「思い知れ……!! 思い知れ人間共!!」
復讐の鬼に取り憑かれた戦士達が、積年の思いを解き放ちながら進撃する。ハリボテの力を信じた騎士達が、瞬く間に薙ぎ倒されていく。その噛み付かれる様な迫力に気圧されている。
「強い……なんて力なんだっ……ひ、」
「嘘だ。俺達のが……俺達の方がずっと強い筈だ……ち、違うのか? 俺達は一人としてお前達になんか負けなかったじゃないか!」
力の違いを見せつけられていく騎士達が、戦意を喪失しかけた。しかしその瞬間、怒号を上げながら、迫り来るロチアート達を一挙に薙ぎ倒す存在があった。
「ええい!! 貴様等! 何を怖じ気づくか! 我等が栄光の騎士の力を疑う事は無い!」
鉄球で殴り付けられた戦士達が、陽光の射す宙を舞って地に叩き付けられた。全身に風を纏ったファルロ・キシゲドンが、憤激の面相を携えて一人、戦士達の進撃を止めていた。
「ファルロ様!」
「そ、そうだ、疑う事は無い! 我等は栄光の騎士! 今一度心に示せ!」
ファルロに飛び掛かる幾人かの戦士達。しかし全身に風を纏いながら、挙動の速度を飛躍的に上げたファルロがその全てを叩き落とし、頭を砕く。
「俺に続け騎士達よ! 奴隷共に今一度力の差を見せ付けてやるのだ!!」
ファルロの猛攻に声を上げる騎士達。対してロチアート達は足を止めるしか無い。
「何が復讐だぁこの奴隷共が! 身の程を弁えろ!」
振り回されるファルロの鉄球が、一人のロチアートの腹を抉って内臓を潰す。
「――ぁうがぁ!!」
腹を潰された戦士が、耐え難い痛みに自らの死を予感しながらも、ヨレヨレとファルロの足に絡み付く。
「こ、んな……ものでは、俺達、の――」
しかしファルロの大きな足に直ぐに踏み潰されて、血の花を咲かせる。
「ただの肉が!」
大槌を振り回してツバを撒き散らすファルロが、次のロチアートの左肩を砕く。
「――ぁ……おの、れ……人間が!!」
砕かれた肩に盾を落としながら、尚も憤怒の目を向けた戦士が一人、散っていった仲間の名を呼んでファルロに向かっていく。
「ルーバッ!! お前の受けた屈辱を、コイツラにっっ――」
しかし敢え無く頭から鉄球に押し潰されていく。
「グズがッ!」
咆哮した戦士が二人、ファルロの猛進を止める為、死を覚悟しながら飛び掛かる。
「いけぇ! 俺達の肉毎こいつを断て!!」
「死して尚消えるものか、人間共への復讐の炎は!」
ファルロの纏う風のベールが勢いを増し、飛び掛かろうとした二人の戦士を弾き返す。
体制を崩した二人が、横薙ぎの鉄球で頭を吹き飛ばされた。
そしてファルロは血を浴びながら言う。
「がはは!! 奴隷が意志を持つな! 貴様等は俺達が遊ぶ為に、喰う為に生かされてきた家畜なんだよお!」