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勇敢な騎士の話①

「マリアン、お前に見合い話が来てるぞ」

「……はい?」


 週末にお休みを頂けたので実家に帰ったら、まさかの展開です。

 お茶会に呼ばれた筈なのに、お茶が出される前に用件を切り出すという貴族らしからぬ風習。これがドレッセル家。

 自分は行儀が悪いと思いつつも、押し付けられた手紙と押し付けてきた父を見比べてしまいます。


「いや、あの……お父様、状況が全然理解出来ていないのですが」

「なんだ、相変わらずとろくせぇな。騎士は瞬時に周囲の状況を把握し、最善の行動判断しなければならん。いつも言っていることだろうが」


 口調は荒いのですが、顔には「面白いことになってきた」と言いたげなニマニマ笑顔。使用人たちがお茶を淹れている間に、自分は封筒を見下ろします。

 ひと目でわかる、上等な代物。それだけで相手が貴族、それもかなりの地位を築いている方だとわかります。

 でも、自分は貴族である前に騎士。


「ですがお父様、自分は未だ騎士として未熟な身。お相手がどなたであれ、お受けするつもりはありませんし、そもそも一人前になるまで恋愛は禁止だとお父様がおっしゃったじゃないですか!」


 そう、それは代々騎士として名を馳せてきたドレッセル家の家訓。騎士となった以上、家長が一人前だと認めるまで色恋にうつつを抜かすことなかれ。自分が騎士になると決めた時に、父から言われた言葉です。

 そもそも、父は先々代の騎士団長であるジョセフ・ドレッセル。自分の夢を応援し、厳しくもこれまで騎士として導いてくれていたというのに。


「ああ、言った。だがな、最近の騎士団を見ていると、この家訓も古臭ぇ気がしてな。やめた」

「やめたって、そんなあっさりと」

「それに、差出人の名前をよく見てみろ。簡単に断れる相手じゃねぇんだよ」


 言われるままに、もう一度封筒を見ます。

 しっかり見ました。知ってしまいました。

 

「こ、これ……デルフィリード王国からじゃないですか」

「そう。しかも、相手はレジェス・トールヴァルド殿。デルフィリード王国騎士団の副騎士団長殿だ」

「ななな、なんでそんなお方が自分に見合いの申し出なんて!」


 思わず椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がります。衝撃でテーブルに置かれたお茶が少し溢れましたが、気にしている余裕すらありませんでした。

 デルフィリード王国はオルディーネ王国の隣国で、アルッサム皇国と並ぶ規模を誇る大国です。領土はオルディーネ王国の倍以上と言ったところでしょうか。

 それゆえに、騎士団の規模も大きい。その中で副騎士団長とは、かなりの実力者であることは間違いないでしょう。

 まあ、一点だけ不安要素がないわけではないのですが……とにかく、破格どころか夢のような好条件に違いありません。


「さあ、どうしてだろうな。そこは自分で考えろ。とにかく、これは父親であるおれでも断れる話じゃねぇんだ。他国からの申し出となると、外交問題に関わってくるからな」

「で、でも……自分は、その」


 使用人に促され、震えながら椅子に座り直します。お相手に不満はありませんし、身に余る光栄だとさえ思います。

 でも、どうしても思い浮かべてしまうのです。

 水色の髪を靡かせて閃光のように剣を振る、憧れのあの方のことを。


「ま、近い内に先方が会いに来るって言ってるから、嫌なら直接言えばいい。当人同士で話し合って結果を出したなら、どんな形であれ上も納得するだろう」

「うう、わかりました……」


 誰にも言えない、秘めた恋心。ひりひりとした胸の痛みを堪えながら、休日を過ごすことになったのです……。



「急な話で悪いんだが、明日、デルフィリード王国よりレジェス・トールヴァルド副騎士団長が視察に来られることになった」

「ぶっふぉあ!?」


 翌日、朝の訓練が始まる前にヴァリシュ様が皆を集めるなり、まさかの報告です。

 夜も寝られなかったくらいに思い悩んでいたのに、まさか張本人が来るなんて! いや、確かに父は「近い内に来る」と言っていましたが、近すぎませんか!?


「……マリアン、どうした。溺れたのか?」

「い、いいえ、大丈夫です! 続けてください」

「そ、そうか」

「ええっと、本当に急ですね。何かあったんですか?」


 混乱している自分を横目で見つつ、アレンス様が怪訝そうに言いました。ヴァリシュ様も頭が痛いのか、こめかみを指でグリグリしながら答えます。


「いや、そんな大事ではない。元々、明日はデルフィリード王国から要人が来る予定であることは皆も知っているだろう? レジェス殿も護衛として同行しているのだが、空き時間に我々の訓練の様子などを見たいと言い出したらしい。大国からの無茶振りというやつだ」


 はあ、とため息。友好条約を結んでいるとはいえ、デルフィリード王国はオルディーネ王国よりも格上の存在なのです。

 うう、改めて思い知ってしまって自分も胸が痛い。


「でも、あの『闘技場王国』の副騎士団長に興味を持ってもらえたってことですよね? 凄いじゃないですか! もしかして、ヴァリシュ様に決闘を挑まれるんじゃないですか!?」

「やめろランベール、物騒なフラグを立てるな」


 目をキラキラと輝かせるランベールくんに、ヴァリシュ様はさらに顔をしかめます。そう、それこそがデルフィリード王国の唯一にして最大の不安要素。

 別名、闘技場王国。デルフィリード王国は王城ではなく、巨大な闘技場を中心に広がっており、決闘という文化が生活にとても深く根付いているのです。

 どれくらい根深いかと言うと、新しい法律を決めるために反対派の代表と決闘したり、結婚を申し込むために相手の親と決闘したり、どちらが格好良いかを決めるために親友と決闘したり。

 とにかく理由を見つけては闘技場に駆け込んで決闘する。そういう変わったお国柄なのです。

 オルディーネの騎士である我々も、必要があれば決闘はしますが。デルフィリードは規模も熱量も圧倒的なのです。


「ええー、何でですか? おれ、前にデルフィリードの闘技大会を見たことあるんですけど、とにかく熱気が凄かったんです。飛び入り参加自由なんで、今度ヴァリシュ様も参加してみましょうよ! ヴァリシュ様の格好良さと強さと素晴らしさを他国に見せびらかしてやるんです!!」

「……エルー隊長、そこのよく回る口をしばらく塞いでおいてくれないか?」

「お任せを」

「もがが!」


 エルー隊長が後ろから押さえつけるようにして、ランベールくんの口を手で塞ぎました。最初はおっかなびっくりでしたが、ヴァリシュ様はすっかり彼の扱いに慣れたようです。


「そういうことだから、明日はいつも以上に真面目に励むように。以上だ。アレンスとマリアンは明日のことで確認があるから、後で執務室に来てくれ」

「は、はい!」


 話はそれで一旦終わり、皆様はそれぞれの役割に戻りました。キリキリと痛み始めるお腹を擦りながら、自分もアレンス様と一緒にヴァリシュ様の執務室へと向かいます。


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