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美形悪役に生まれ変わった俺が、英雄になるまで  作者: 風嵐むげん
【第十一章】新たな闇落ちフラグが建設されました
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十二話 歪な存在

「う、ぐっ!!」


 息が、出来ない。堕天使は何もしていないのに、空気が一変した。重く、鋭く、冷たい。氷海で溺れた方がまだマシだとさえ思わされる。

 心臓を押し潰すかのような痛みに堪えきれず、俺はその場で膝を折った。フィアとリアーヌも、胸を押さえてその場に崩れ落ちる。

 ラスターだけはまだ立っていたが、もはや剣を振ることすら難しい。それでも、堕天使にとっては予想外だったらしい。


「おや、誰も気絶すらしなかったか。まあ、今の状態ならこれが限界だろうね」

「ッ、がは!?」


 堕天使はラスターの前に立ち、その腹に蹴りを放った。目で追える程度の動きだった。それなのに、彼は避けられなかった。恐らく俺と同じで、呼吸すら出来ないでいたのだろう。

 倒れる勇者。呆気なく逆転してしまった状況。膝をついた人間と悪魔を見下ろし、堕天使が満足そうに微笑する。

 月の光を集めたような銀色の髪は腰まで届き、角度によって繊細に輝く瞳は虹のよう。繊細に整った容姿に、細身でありながら強靭な身体。

 麗しい姿はまさに、完成に近い美であった。


「神の端末たるこの姿はどうかな。完全とはいえないが、これでも悪くないだろう? そうだ、殺す前に特別に見せてあげよう。私の本来の姿を」

「な……な、にを」

「美とは力。美とは完全。言っただろう? 私は、七つの悪徳によって形成されていると。つまり強欲と色欲、残り二つ核がこの手に戻れば私は再び完全な姿を取り戻す。まずは……」


 堕天使が魔力を操り、黒い刀を抜き放った。あれは傲慢の大悪魔、フーリの武器だった筈。

 切っ先から柄まで漆黒の刀。それを右手に携えたまま、彼はフィアの前まで歩み寄る。


 そして、切っ先で彼女の顎を上げさせ自分の方を向かせる。彼が何をするつもりか、予想出来るも遅かった。


「色欲のフィア、お前だ」

「ッ、やめ――」

「キャアアア!!」


 止めることも、庇うことも出来なかった。フィアが抵抗する間もなく、黒い刃は彼女の胸を貫いた。

 鼓膜を破るような悲鳴。そのまま刀で床に縫い付けられたフィアが、歯を食いしばりながら自分を貫く刃から何とか逃れようともがく。

 そんな彼女から視線を逸らす堕天使。彼が見つめるのは、スティリナの玉座だ。


「これでよし。次は魔力を回収して強欲の核を作り直そう」


 軽く地面を蹴り、ふわりと玉座まで飛んだ堕天使が手をかざす。すると、玉座に嵌められた指輪が眩しく光り始めた。

 城内が揺れ、照明が赤く点滅する。けたたましい警報音と共に、人工音声が狂う。


『緊急事態発生、貯蓄魔力の減少……守護者の再起動、不可……全ての魔導機構の活動停止……』


 最後の方は、人語として理解出来るような音声ではなかった。砂嵐のようなノイズが混じり、かき消され、それっきり何も聞こえなくなる。

 でも、そんなこと気にしていられない。いつの間にか動けるようになった俺は、フィアの元まで何とか這う。


「フィア、大丈夫か⁉」

「あ……ヴァリシュ、さん」


 いつもの彼女らしくない、弱弱しい声。大悪魔だからこそ、心臓を貫かれてもまだ何とか生きていた。でも、それも時間の問題だろう。

 刀の柄を掴むも、びくりともしない。流れる血は止まらないし、たとえ刀を抜けたとしても俺には傷を癒す力はない。

 ラスターとリアーヌも、ぐったりと横たわるだけで意識を取り戻す様子はない。勇者と聖女である二人が手も足も出せなかった。

 それなら、何者でもない俺に何が出来るというのか。


「ヴァリシュさん……」

「フィア、すまない……俺はまた、お前を助けられそうにない……」


 アスファの時と、同じだ。いや、あの時よりも状況はずっと悪い。あの時はまだ、俺には契約魔法が残されていたし、それで勝つことが出来た。

 でも、今は何もない。


「いいんです……あなたが、悪いわけじゃないから……」

「でも、」

「ヴァリシュさん……さっき、こっそり懐に入れた地図が役に立ちますね」

「地図……」


 血塗れになった彼女の手が、俺の腹の辺りを示す。確かにそこには、先ほど複製したオリンドの地図がある。

 はっとした。彼女も痛みを堪えて、力なく笑う。


「それがあれば、逃げられますよね? 私は……たぶん、もう無理なのでいいです。でも、ヴァリシュさん。あなたは逃げてください」

「お前……何を、言って」

「勇者と聖女、そこの二人が居ればきっとなんとかなります。あいつが邪魔をしてきても大丈夫、私がなんとかします。それくらいなら、なんとか出来ます。他の三人も大丈夫。シズナさんはあの通りビビリですから、きっと自力で逃げられますよ」


 笑う彼女の手を掴む。同じだ。彼女はまた、俺を護ろうとしてくれる。自分が死にそうなのに、俺の心配ばかりする。

 普段はわがままの言いたい放題なのに、俺からくっついて離れないくせに。こんな時ばかり、俺から離れようとする。

 

 ……許せない。


「お前……俺にまた、あんな思いをさせる気か」

「ヴァリシュ、さん?」


 どくんと、心臓が大きく鼓動する。体中の血が沸騰するかのような感覚に、今までに覚えがないほど魔力が湧き出す。全身の細胞が活性化し、自分が自分でなくなったかのようだ。

 同時に、左目が焼けるように痛む。頬を伝うのは汗か、涙か。


 でも、痛みなんか気にならない。


「ヴァリシュさん……目、が」


 フィアが目を見開く。俺も、自分の違和感には気が付いていた。濡れた眼帯に違和感を覚え、力任せに引き千切りそのまま捨てる。

 びちゃり、と粘着質な音を立てて床を汚す紅を見て、ようやく自分の左目が血を流していたことを知った。眼球の奥の血管でも切れたのだろうか。

 どうでもいい。あと一撃、堕天使を倒すための一撃。フィアを、皆を護るために。


 ……いける。


「……すぐに助ける。もう少しだけ頑張ってくれ、フィア」

「待って……ヴァリシュさ、ん」


 待って。そう言って縋る彼女の手を離して、代わりに俺は自分の剣を拾い立ち上がった。

 勝ってみせる、必ず。


「……⁉ どうしたのかな、お前。なぜ、動ける」


 堕天使がこちらを見て、声を震わせる。相手にとって俺が立ち上がったことは考えていなかったのだろう、随分と詰が甘い。


「俺は……勇者にも、この国の王にもなれなかった半端な男だ。でも、大切な人たちを護りたいという気持ちに偽りはない!!」


 その瞬間、俺は目に見えない枷を全て消し飛ばした。


 いける。これなら、勝てる!


「貴様は倒す、絶対に!」


 床を渾身の力で蹴り、大きく跳躍する。身体が軽い。重力を振り払い、自由を得た。まるで背中に見えない翼が生えたかのように感じる。


「……いいだろう。その剣、この身に届くか試してごらん!」


 堕天使が巨大な弓矢を手にし、構える。あれは怠惰の大悪魔、デシレアの武器だ。

 一度放った矢は百に増え、狙った相手へ雨のように降り注ぐ。見た目は弓矢だが、マシンガンに近い代物である。

 だが、怯む必要などない。行く手を阻む矢は薙ぎ払う。肩や脇腹を掠め、熱い血が噴き出すが、構うものか。


「貴様の、負けだ!!」

「っ――」


 俺の剣が、美しい顔面を両断する。たとえ超越した存在であろうとも、この一撃は耐えられるものではないらしい。

 手から落ちた弓矢が、解けるように消える。フィアを貫く刀も同じように消えた。


「……は、はは。避けなかったとはいえ、まさか本当に届くとは。やはりヴァリシュ、お前はこの世界が生み出した大きな歪みだ。世界の理を覆す者。我々と同じ」

「貴様なんかと同じにするな、と言った筈だが」


 平然を装ってみるが、俺の身体はすでに限界に達していた。ぐらつく視界に、冷たくなる手足。

 魔力を消耗しすぎた。我ながら、立っているだけでも奇跡だ。


「ああ、負けた負けた。わかった。今回は、大人しく消えてやろう。でも、また近い内に会いに行くよ。ヴァリシュ、お前は私の流転を堰き止め、崩壊させる邪魔者なのだから」


 美しくも禍々しい微笑でそう言い残し、堕天使は風に攫われるようにして姿をかき消した。

 終わった。気が抜けると同時に、俺は剣を投げ出しそのまま倒れ込んだ。ぐるぐると回る視界は貧血か、魔力不足か。

 何であれ、今回は気を失わずに済んだ。でも、この気持ち悪さはいっそ気を失った方がマシだとさえ思う。

 でも、フィアが。なんとか起き上がろうとするも、身体が動かない。


「ちょ、これ何事⁉」

「皆さん、ご無事ですか!」

「し、死んでる……皆、死んでるじゃない」

「死んでない……全員、まだ生きてる」


 バタバタと慌ただしく駆け込んできたのは、リネットとマリアンとシズナだ。三人は目の前の惨状に愕然としながらも、俺の声に気づいたらしい。


「ヴァリシュ、大丈夫!?」

「俺は大丈夫だ。でもフィアが……ラスターと、リアーヌも」

「任せて。シズナ、さっき試しに作ったこの薬をフィアに飲ませて」

「わ、わかったわ店長」

「ラスター様とリアーヌ様は自分にお任せを!」


 シズナに小瓶を渡すと、リネットが階段を駆け上がってきた。そして俺を見るなり、ぎょっと驚いた。


「ヴァリシュ、その目はどうしたの? 血だらけじゃない!」

「目? ……ああ、問題ない。どうせ見えていないからな」


 血は止まったようだが、左目は未だにジクジクと痛む。他にも細かい傷は身体中にあるが、死ぬような傷ではない。

 それなのに、心配そうな顔でリネットが俺の手に薬の小瓶を握らせた。


「とにかく、これ飲んで。詳しい話はその後で聞くから」

「これ……前にも飲んだ薬じゃないか」

「何よ、文句あるの?」


 手の中の小瓶に、思い出される苦行。見てるだけで口の中がジャリジャリしてくるが、背に腹は変えられない。

 蓋を開けて、一気に飲み干す。話すとは言ったものの、あまりの不味さのせいで、効果が出るまでしばらく何も話せそうになかった。

 

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