六話 魔力という燃料で機械を動かす、それが魔導
しかし、俺の頼みにシドはいい顔をしなかった。いや、鎧なので表情は変わらないのだが。明らかに何かが納得いかないようだ。
瞬きをするかのように、両目をチカチカと光らせている。
『……人間は許可。しかし、勇者と聖女、悪魔は不可』
「なぜだ? ラスターとリアーヌだって人間だ。それに悪魔とはいえ、この二人はスティリナを荒らすような者たちではないぞ。シズナはリネットの助手だし、フィアは今日の夕飯のことしか考えてないからな」
「私の扱いひどくないですか!? 明日の朝食のことだって考えてますよっ」
『では、そこの二体のみを特例として、悪魔の立ち入りを許可。しかし、勇者と聖女は不可。勇者はスティリナに破滅をもたらした者。これ以上、スティリナの地を踏みにじらせるわけにはいかない』
「う……」
シドが大剣を手にすると、ラスターとリアーヌが身体を強張らせた。シドの目が青いままなので、ひとまず前回のような戦いを仕掛けてくることはないだろうが。
ううむ、シドの勇者嫌いは相当だな。まさか悪魔よりも嫌がるとは。勇者のせいでスティリナは滅びてしまったわけだから、彼が恨むのも理解は出来る。
理解は出来るが、このまま引き下がるわけにはいかない。
「シド、スティリナを滅ぼしたのは先代勇者トビアスであって、そこでデカい図体を縮こませてべそべそ泣いているラスターではない。だから、あまりいじめてやるな」
「泣いてねぇよ!」
『勇者である以上は同じかと。勇者は己こそが世界を救う光であり、己こそが正義だと疑わない。だからこそ、己の光に目がくらみ、本当に正しいことは何であるかが見えない』
「ふむ……なかなかに的を射ているな」
勇者は人間にとって、まさに光だ。悪魔を打ち滅ぼす正義である。だからこそ、勇者の行いは常に正しいと信じられている。周りも、仲間も。そして、勇者自身も。
勇者トビアスが愚かであった、と言ってしまえばそれまでだが。俯瞰して考えてみれば、人間であるにもかかわらず魔法と共に生きるスティリナという国は、トビアスでなくとも異質に見えるだろう。
そしてデイル達が言うように、この国は悪魔の味方だと思い込んでしまったのだ。
「シド、お前が勇者を許せない理由はわかっている。どのような理由があったとしても、凶行に走った勇者トビアスのことを愚かであった。でも、だからと言って俺は、ラスターとトビアスが同じだとは思わない」
『何故?』
「俺がこの通り、生きているからだ」
両手を軽く広げてみれば、シドだけではなくラスターまでハッとしたようだった。
「トビアスと同じなら、ラスターは俺のことを真っ先に斬る筈だ。そうだろう? こいつは俺とフィアが一緒に居ようとも、目の前で魔法を使おうとも、なんなら魔法の試し撃ちのマトにされても逃げ回るだけの小心者だ。おそらく歴代勇者の中で一番の弱虫だ」
「弱虫扱いされた……結構頑張ってるのに……泣くぞ、マジで泣くぞ」
「リアーヌも、シドが考えるようなことをするような人間じゃない。俺が保証する」
『……王がそこまで言うなら』
俺の説得に少しだけ間を置くと、渋々といった様子でシドが頷いてくれた。
わかってくれたようで、よかった。ほっと胸を撫で下ろすと、リアーヌが俺の傍に寄ってきてニコリと笑った。
「うふふ。味方してくれてありがとう、ヴァリシュくん」
「別に。昨日ノーヴェ神殿できみが言ってくれた言葉へのお返しだ」
「えー? ふふ、なんて言ったか忘れちゃったなぁ」
リアーヌが照れ臭そうに笑って、今にも日陰でしゃがみ込んでしまいそうなラスターを慰めに向かった。
「ねえねえシド。アタシはリネット、よろしく! 錬金術師なの。だから、この国に生えてる草とかお花とか土とか水とか色々欲しいんだけど、採取していい?」
『錬金術師リネット、新規データ登録完了。素材の採取を許可。ただし対象範囲を屋外に限定。屋内に存在する物品に関しては、それぞれ個別に判断。無断での持ち出しは不可』
「わかったわ。建物の中にあるもので気になったものがあったら、その都度シドに聞くわね。あ、あとシドの鎧の中も見てみたいんだけど! 一体どういう構造で動いているの? フィアやシズナの魔法とは、根本的に仕組みが違うわよね!?」
『不可。我は魔導機構の端末であり、この体内構造は国家機密に該当。ゆえに、開示要求は全て拒否』
「なにそれ、ちょっとくらいいいじゃないの! ケチ!」
動く鎧を前に、全く物怖じしないどころか中身を見せろとねだるリネット。コミュ力おばけ過ぎるだろ。
「あ、ああああの! じじじ、自分はマリアンと申します! ヴァリシュ様の下で働く騎士です! よっよろしくお願いします!」
『騎士マリアン、新規データ登録完了』
「じ、自己紹介する流れなの……? シズナ、悪魔、よろしく」
『悪魔シズナ、新規データ登録完了』
なぜだか始まった自己紹介に、シドが目をチカチカと光らせている。それを終えると、再び俺の方を向いた。
『王よ、我からも願いがあります』
「ん、何だ?」
『現時点において、魔導機構の半数以上が損傷しているため、これらを修繕して頂きたい』
こちらへ、と歩き始めたシドの後を皆でついて行く。彼の話によると、スティリナは騎士を持たない国だった。
ならば何が国や国民を護っていたのかと言うと、魔力を利用した防衛装置がいくつか存在していたのだそう。
そもそも魔法とは、悪魔などの特定の生き物が魔力という目に見えない力を思うように操る技である。リアーヌが傷を治療することも、アスファが武器を顕現させていたのも全て魔法だ。しかし魔法は、あくまで使った本人が居なければ継続出来ない。アスファを倒した時に、彼の槍が跡形もなく消えてしまったのはそのせいだ。
だが、スティリナでは魔力を魔法とは異なる、独自の技術で活用していた。その技術で守護者であるシドを作成し、更には畑や養殖など人々の生活を支えることにも利用していた。
これらの技術を総じて、魔導と呼ぶのだとか。
俺たちが最初に探索したスティリナ神殿と呼ばれるあの遺跡も、魔導機構の一つ。元々あの遺跡は神殿などではなく、外部からの侵入を防ぐ城壁、もしくは国境門のような施設だったらしい。
「じゃあ、ここが雪山の頂上なのにそれなりに暖かいのは、そのナントカ機構のおかげなのね?」
『いかにも。しかし勇者による襲撃、その後、王の不在による管理不備の状態が続いたために、いくつかの魔導機構が起動不可状態。現状継続の場合、五年以内に全ての魔導機構が停止する可能性大』
興味津々なリネットに、シドが肯定する。魔導機構が故障し、全て停止すればこの国はすぐに雪に埋もれ、餌を求めた魔物が蔓延るようになると言う。
人が居なくなった国の末路としては相応しくもあるが、スティリナの場合は少々事情が異なる。
「それは……かなりマズイな。魔物は魔力の影響を受けやすい。この国が魔物の巣になったりしたら、豊富な魔力のせいで凶暴化した魔物が大量発生するぞ」
「うん、そうだね。今はまだ安定しているけど、それが停止したらとんでもない量の魔力が溢れ出しちゃうよ」
「そ、それに。豊富な魔力が溢れる土地だなんて、悪魔が放っておく筈がないわ。魔物じゃなくて、悪魔がこの国を乗っ取るかもしれないわね……」
ラスターとリアーヌがそれぞれ深刻な顔を見合わせ、シズナがぶつぶつと呟く。魔物だろうが悪魔だろうが、この国の存在が知られたら確実に面倒なことになってしまう。
「人々の生活を支えていた……ということは、スティリナの国の人は飢えることなく毎日美味しいものをお腹いっぱいに食べられていた、と?」
『食料は全て魔導により生産される。また、保存や加工も全て管理。我が国の民は飢える必要無し』
「ふおおおお!? ということは、毎日何もしなくてもご飯が勝手に出てくると? 聞きましたか、ヴァリシュさん! 今すぐこの国を復興しましょう! こんな素晴らしい国、このまま廃れさせてしまっては勿体ないですっ」
「そうだな。全ての国民が、お前のような食っちゃ寝生活を送れるのはとても素晴らしいことだ」
キラキラと目を輝かせて、フィアが勢いよく抱きついてくる。今でも同じ生活を送っているというのに、これ以上を望むとは流石悪魔。一人だけ脳天気なフィアと俺を見比べるシドの目の光が、なんかじっとりしているのは気づかないフリをするとして。
なんにせよ、このままでは危険だと言うのなら出来る限りのことはしてやりたいが。
「シド、俺は魔導のことなど何もわからないぞ。魔法でさえ、まだ扱いきれてないんだ」
『問題ありません。王よ、貴方は『リーリスの指輪』をお持ちか?』
「指輪って、これのことか?」
昨日、ホレス大神官から貰ってきた指輪を取り出して見せる。シドがそれです、と頷いた。
『それこそがリーリス……スティリナの王の証。魔導機構を管理するための鍵なのです』
そんな話をしながら歩いていると、やがて国土の中心である王城へと到着した。王城とは言っても、オルディーネ王国の王城と比べればかなりこじんまりとしている。