五話 一人で抱え込んでも、大体ろくなことにならないのでさっさと仲間に頼ろう
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次の日。俺たちは再びスティリナ魔導帝国へと降り立った。最初に来た頃から数月経っている筈なのだが、景色は全く変わっていない。
ここだけ時間の概念から切り離されてしまっているかのような、そんな不思議な感覚に囚われてしまう。
「さあさあヴァリシュさん、今日こそは金銀財宝を持って帰りましょう! そして世界旅行に繰り出して、世界中の美味しい料理を食べまくりましょう!」
「金銀財宝もいいけど、何か歴史的な遺産とか化石とか見つけられたらロマンチックじゃない? ね、ラスターくん」
「お前ら……暢気だな……オレは自分が勇者であることを、今までで一番悩んでるっていうのに……」
まだ見ぬ絶品料理に目をギラつかせるフィアと、わくわくで今にも駆け出しそうなリアーヌ。そして昨日のノーヴェ大神殿で聞いた話を気にしまくって、勝手に顔色を悪くさせているラスター。ここまでは、前回と同じ顔ぶれだが。
今日の目的は探索なので、さらに三人増やしてみた。
「きゃああああ! すごいっ何ここすごい! 見て、シズナ、マリアン! こんな場所見たことない!!」
「み、見てるわ店長……見てるから、あんまり耳元で叫ばないで……揺さぶらないでえぇ……」
「自分も見ています! 凄いです、まるで絵画のような世界です!」
未知の景色に大興奮なリネットと、彼女に肩を掴まれぐわんぐわんと揺さぶられるシズナ、カメラを構えてシャッターを切り続けるマリアンの三人だ。
彼女たちは全員、俺の左目のこと、そして魔法が使えるようになったことも知っているメンツだ。だから、スティリナのことや俺が王族の末裔であることも全部話した。
三人とも最初は驚いていたが、すぐに信じてくれた。頼れる仲間たちで心強い。
……決して、昨日話をしたにも関わらず今日こうしてついてきた彼女たちは暇なのだろうか、などとは考えていない。全く、本当に。
「ねえシズナ、ここって本当に魔力ってやつがあるの? どこにあるの?」
「どこって……ええっと、そこら中にあるわね。空気や水、土や草花、目に見える全てに含まれているわ」
「ということは、ここにある素材で薬を作れば、きっと魔力を回復させることが出来るわね。よーし、雑草一本すらも残さずに片っ端から狩り尽くしてやるわ!」
「リネットさんの勢いが凄い……うう、自分も負けていられません! ヴァリシュ様、自分は何をすればいいですか? 何でもします!」
鼻息の荒いリネットに、ハッとしたマリアンが急に役割をねだってくる。もちろん彼女にも、というか完全に脳内食べ物まみれなフィアと、顔面真っ青なラスターを含めた全員にやることはある。
だが、その前に。話をつけなければいけない相手が居ることを、忘れてはいけない。
『来訪者情報の解析……人物データとの照合完了、一部エラー。エラー対象の魔力解析結果、敵性反応無しと断定。我が王よ、よくぞお戻りに』
「うわあ!? なに、今度はなに!!」
聞き覚えのある、抑揚のない声。振り向くと、かつてスティリナ神殿と呼ばれていた建物から、あの鎧が何事か言いながら歩いてきていた。
前回と同じように大剣を携えているが、前回のように襲ってくる様子はない。リネットが驚きのあまりにひっくり返りそうになってシズナにしがみつき、マリアンとラスターが剣を構えかけたが、すぐに警戒を解いた。
「え、え? 何この鎧、誰も入ってないよね?」
『我はスティリナを守護する者』
宇宙人でも見るかのように、じろじろと観察するリネットと全く動じない鎧。マリアンも信じられないと、瞬きを繰り返しながら鎧を見つめる。
「な、なるほど。この方が、ヴァリシュ様がおっしゃっていた動く鎧の方ですね」
「ど、どうやって動いてるのよ……魔法? でも、それにしてはすごく安定しているというか……まるで全身に巡る血の代わりに、魔力が指先まで循環しているみたい」
「ほほう、シズナさん鋭いですね。私も今まさにそう言おうと思っていましたよ、ヴァリシュさん」
「フィア、しれっと嘘を吐くな」
驚愕するシズナに、なぜかフィアがふふんと胸を張った。何はともあれ、鎧はリネット達三人も俺の味方だと判断してくれたようだ。
……って、今更だがこの鎧を『鎧』って呼び続けるのもどうなんだ。
「あの……今更なんだが、お前の名前は何だ? なんて呼べばいい?」
『我はスティリナの守護者。名はありません』
当然のことのように告げる鎧。思わず、皆と顔を見合わせてしまう。
ならば守護者と呼ぶべきなのか?
「それなら、ヴァリシュくんが名前をつけてあげたらどうかな?」
「俺が?」
「いいですね! ヴァリシュさんの記念すべき一番目の下僕ですもの、名前をつけて可愛がるのは大事ですよ!」
リアーヌがぽんと手を叩いて提案し、フィアがうんうんと頷いている。下僕にしたつもりは一ミリもないので、誤解されそうなことは言わないで欲しい。
しかし、名前をつけるのはいいアイデアだ。スティリナが滅んでから今まで、ずっとここを護ってきた相手に名前を与える、というのは些か恐れ多いとは思うのだが。
彼もまた、同じスティリナの生き残りなのだ。
「そうだな……どうしようか」
「はいはい! じゃあ、『銀雪の中で孤独に戦う暗黒騎士』で!」
「リネットのネーミングセンスどうなってんだ?」
「名前って概念わかってます?」
「何よー! 頑張って考えたのにっ」
ラスターとフィアからダメ出しをくらって、リネットが頬をハムスターのように膨らませる。
そういえば、剣をくれた時にも何とかって名付けていたような気がするが、よく思い出せないな。アスファのせいだな、絶対に。
なんて考えていると、不意にとある名前が思い浮かんだ。
「よし、ならば『シド』というのはどうだろう?」
『シド?』
「あ、いいね。シドさん……うん、ぴったりだと思う」
「シドか……覚えやすくていいな。でも、どこから出てきたんだ?」
「……昔読んだ小説に出てきた、騎士の名前だ」
嘘だ。本当は、前世の記憶から思い出した名前だ。元々はエル・シドと言って、レコンキスタで活躍したカスティーリャの騎士だったか。
詳しいことは覚えていないが、名前の響きが格好いい。鎧も、リネットの提案した名前は完全に無視していたが、俺の方には興味を持ってくれたらしい。
「そうだ。主……というわけではないが、この国が紡いだ縁の末端に位置する者として、今まで戦い続けた騎士に名前を贈りたい。どうだろうか?」
『なんと……! 我はスティリナの防衛機構として生み出された者。この国を護ることこそが目的であるのに、名前を頂けるとは……有り難き幸せ。ならば改めて、貴方を我が主として仕えさせていただく』
俺の前で片膝をつき、頭を垂れるシド。表情がわかりにくいが、喜んでくれたようで何よりだ。
「早速だがシド。俺が末端とはいえ、この国の王族の血を受け継いだ者だということは理解した。しかし、スティリナのことはほとんどわかっていない。だから教えてくれないか? この国はどのような文明を築き、どのような暮らしを送っていたのかを」
『御意』
「それから、ここに居る全員にスティリナへの立ち入りを許可して欲しい。これは、俺一人で抱え込んでいられる問題ではないからな」
これはノーヴェ神殿で思い知ったことなのだが、どうにも俺はスティリナのことになると自分を見失ってしまう。ラスターへのコンプレックスで闇落ちしかけていた頃とは異なり、俺だけの問題ではないからだ。
だが、フィアが止めてくれたおかげで、立ち止まることが出来た。だから一人で抱え込めないことなら、信用出来る仲間たちにも助けてもらうことにしたのだ。
これで、新たな闇落ちフラグは回避出来る……筈。