二話 ちなみに桃は悪魔に全部食べられました
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「なるほど、それで魔法が使えるようになっちゃって困ってるんだ」
「ああ、人間で魔法を使えるのはきみだけだからな」
切り分けた桃を頬張りながら、リアーヌ。魔法のことはデリケートで、まだ使いこなせていない俺が再び暴走させて周りに被害を出さないようにと俺の部屋に移動したわけだが。
「ほーはへー。ほふひ、ひょーほふふふへほ」
「……何て?」
「むぐむぐ。そうだねぇ、もちろん協力するよぉ」
単に、桃を食べたかっただけなのかもしれない。頬を膨らませてハムスターみたいになった彼女を見ていると、俺の隣で人型に戻ったフィアがむすっとした顔で口を開いた。
「女騎士、錬金術士、貴族のご令嬢の次は聖女さまですか。はー、ヴァリシュさんは本当に人気者ですねー? お次は何ですか。人魚ですか、それとも天使ですか?」
「次はって何だ」
アレンスとマリアンは訓練に行った為に、部屋には俺とフィアとリアーヌの三人だけだ。ご機嫌斜めなフィアを見ながら、リアーヌがふわふわと笑った。
「うふふ、フィアちゃんってばヤキモチ焼いてるー。かーわいいー!」
「ふ、ふんだ! 何をわかりきっていることを」
「さあさあ、フィアちゃんも食べて。この桃、本当に美味しいんだよー。それに、桃は美容に良いしね」
「む……じゃあ、頂きます」
一口大に切り分けた桃をフォークで刺して、ぱくんと頬張るフィア。その顔が一瞬で蕩けたのを見るに、相当美味しいらしい。これは女性達に譲った方が良さそうだ。
それにしても、悪魔と聖女とは。今更だが凄い組み合わせである。
「でも、そっかー。ヴァリシュくんも魔法を使えるようになったんだ」
「使えるとは言っても、全く制御出来ていない以上はどうしようもないがな」
車を持っているのに免許どころか、操縦の仕方すらわからない気分だ。溜め息混じりにそう言うと、リアーヌが少しだけ表情を曇らせた。
いつも笑顔の彼女が、珍しい。
「……ねえ、ヴァリシュくん。ヴァリシュくんは、魔法をどういう目的で使っていきたいのかな」
「目的?」
「そう。魔法って、イメージすることが大事なんだよ。誰かを癒したいとか、動けないようにしたいとか」
「なるほど、イメージか」
現代の魔法と言えば、呪文を唱えたり魔法陣を描いたりと行使する方法は様々だったが。この世界の魔法はそういったものが必要ない。
フィアがたまにもにょもにょと呟いていたりするが、よく聞くとそれは「大人しく私の足元に跪きなさいっ」とかだったりするし。
「そうだな……左目と引き換えに手に入れた力なのだから、出来るだけ俺が得するように使いたい」
「得するように?」
「遠隔で敵を迎撃したり、相手の動きを止めたり。この力を悪魔との契約で手に入れたということは秘匿しなければならないことなのだから、なるべく目立たないように且つ効率よく利用したい」
最初は魔法騎士らしく、炎とか風とかを使いこなして格好良く戦いたいと思っていたが。実際に炎で大臣の書類を燃やしたし、魔法って前世からの憧れだし。
でも、と、桃を頬張るフィアを見やる。そんな派手なことをすれば、俺が悪魔と契約したことに気付く者も出てくるだろう。未だ悪魔への忌避感が強い状況で、騎士団長の俺が派手に魔法を駆使するのは愚行だ。
「えー、そこは人間と悪魔を支配し且つ、新たな悪魔王になりたいって言いましょうよ!」
「やかましい。というか、そもそも悪魔王になんかなるつもりはない」
「あはは。そっかー、それじゃあ安心かな」
「安心?」
「うん。最初から、ヴァリシュくんが魔法を悪用するなんて、思っていなかったけど」
ほっと安堵の息を吐いて、リアーヌが笑った。でも、すぐにまた表情が曇ってしまう。
「でも、やっぱり魔法は悪魔のものっていう認識が強いよね……」
「リアーヌ、何かあったのか?」
「……うん、ヴァリシュくんには先に話しておこうかな」
俯き、膝の上で両手を握り締めながら。それは嫌悪というより、畏怖に近いだろう。
「私が魔法を使えるのはね……悪魔の血を引いているからなの。父にあたる人が悪魔だったんだって。だから私は聖女じゃなくて、半分悪魔なんだよ。七大悪魔の一体だった、ルインが言ってた。ルインは私の双子の姉だったの」
「へー、そうだったんですか。ルインさん、いつも仮面で顔を隠していたのでわかりませんでした。言われれば、体格も髪の色も似てますね!」
決死の告白をするリアーヌに対して、フィアが暢気すぎる答えを返した。そういえば、そうだったな。久しぶりに前世の記憶を思い出す。
嫉妬のルイン。悪魔の中で唯一、翼を持たない悪魔だった。そしてその実態は、リアーヌと生き別れた双子の姉だった。
この目で本人を見ることはなかったが、本当に瓜二つな姉妹だったのだ。
「……ヴァリシュくんは驚かないんだね」
「知っていたからな」
「そう、なんだ。ラスターくんに聞いたの?」
「え、あー……そうなんだ、この前聞いた」
マズい、これは俺が知る筈のないことだった。リアーヌが知ったのも、悪魔王討伐の直前だったのだから。
とりあえず、ラスターから聞いたことにしておこう。こういう時にはとても頼りになる男だ。
「ルインの嫉妬は凄かった。自分は翼を持たない異形の悪魔として、ずっと苦労していたのに。私は人間の世界で聖女として、何の苦労もせずにぬくぬくと暮らしていたって。私が魔法を使えるのは神さまの加護を受けたからではなく、悪魔の血をこの身に引いているから。私、彼女が仮面を外すまで姉が居たことすら知らなかった……」
リアーヌの声が震える。そうか、記憶ではラスターが俺の死を乗り越え、その勢いで七大悪魔を葬り悪魔王も討ち倒したところまでで終わっているから予想出来なかったが。彼女はずっと悩んでいたのか。
自分と同じ顔で、悪魔として生きた姉の存在を。
「……はあ、そうなんですか。でも、何であなたが思い悩んでいるんですか?」
「え?」
「たとえ同じ親から生まれようが、あなたはあなた、ルインさんはルインさんでお互い他人同士でしょう? しかも、存在を知らなかったなら尚更です。他人を思いやれるのは人間にとって美徳かもしれませんが、悪魔にとっては美味しい弱点です。ルインさんはそれを利用しただけ。だから、あなたの生き方は人間で、ルインさんの生き様は悪魔だった。気に病む必要なんて無いし、無駄ですよ」
フィアはそう言って最後の桃を食べると、まだ物足りないのか菓子が入っている棚に飛んでいって物色し始めた。何とも自分本位な彼女らしい考え方だが、俺も同意である。
「リアーヌ、フィアの言う通り……と言うのも何だが。きみは魔法を使えるから聖女なのではなくて、その力を他人の為に使えるからこそ聖女だと慕われているのだと俺は思うぞ。もしもきみの出生を暴き、魔法の力を愚弄する者が現れたとしても、きみは何も負い目を感じる必要はない」
それに、これはルインの回想でしか得られなかった情報だが。彼女達の父親は悪魔とは思えない程優しくて、二人の母親である女性と偽りのない恋に落ちた。そして彼女達が生まれたが、ルインの方は赤子の頃から魔力が暴走状態で死にかけていた。だから、父親はルインを助ける為に悪魔の世界へと帰り、母親はリアーヌを護る為に人間界へ残った。
残念ながら、両親はそれぞれの事情で早くに亡くなってしまったが。少なくともリアーヌがルインを悼むことはあれど、自分の出生に思い悩む必要はない。
「ヴァリシュくん……えへへ、ありがとう。そっかー、ヴァリシュくんがモテる理由がわかった気がする」
「は? な、なんでそうなる」
「ふっふっふ、こっちの話だよー。あ、話が脱線しすぎちゃったね。特訓は明日するから、今日中に自分がどういう風に魔法を使いたいかイメージするんだよ? 宿題だからね」
そう言って慌ただしく立ち上がったリアーヌが、そのまま逃げるように部屋を出て行った。去り際の彼女の顔が真っ赤だった理由は、俺にはわからなかった。