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親友を殺すその前に

作者: 日野下 幸


 魔王城のとある一室に、青年と少女が座っていた。

 青年は黒目黒髪といったこの世界では珍しい、また地球で言うなら日本人らしい容姿をしていて、その穏やかな顔つきをみれば今まで戦いとは無関係だったということがわかる。

 

 「君が勇者を殺しに行くって噂を聞いたんだけどさ、それ本当?」

 

 少女特有の高い声であるにも関わらず、まるで何年も生きてきた老人のような重みのある声。もっとも、この世界では見た目と実年齢が比例しないことなどざらにあるし、そんなこと青年だって知っているが、それでももともとこの世界の住人ではない青年にとって違和感が拭いきれるはずもないのだが、今はそんなこと関係ない。


 「ああ、俺は殺すつもりだよ。もう覚悟はできている」


 青年はそう答えたものの微かに声が震えており、またそれに気づけないほど少女も甘くなかったが、それも仕方がないことだ。

 勇者を殺す、それは魔族にとってそれは悲願であり、しかし誰一人としてそれを成し遂げた者はいない。たとえ魔王だとしても。

 この世界は魔王と勇者が衝突し、最後に勇者が勝つ。そんな歴史を代々続けてきて、今の今までそれに例外などなく、人類は勇者の死亡など疑うこともないし、魔族も今では折れかけている。おそらく、この戦いで負けたが最後魔族は二度と人間に逆らわなくなる。

 しかし、青年が恐れているのはそんなことではない。勇者を殺す殺さないではなく、友達を殺してしまうという恐れから、青年は震えているのだ。そう、青年と勇者は親友であった、少なくてもこの世界に来るまでは。


 「あはは、馬鹿だね。君とても馬鹿だよね。君が彼を殺せるわけないじゃん」


 少女は青年を指差し、笑う。それは青年の覚悟を踏みにじる行為であり、許されることではないが、青年はそんなに気にすることもなく、ただただしかめっ面をするだけである。

 すこし考えてから青年は少女に質問をした。


 「自分でもわかってるさ。それより、お前はなにをしに来たんだよ。俺を笑いに来たわけではないだろう?」


 そもそも、少女は魔王軍ではない。かといって人間側でもなく、常に中立の立場にいるはずなのだ。最も中立などと言ってみたが、気に入らなければどっちでも殺すという危険な思考の持ち主であり、そんな暴論をも実現できる力を持っている。何百年も生きる魔女、異次元の異物、限りなく神に等しい生物、など痛々しく、しかしそういっても過言ではないそんな人物なのだ。中にはありとあらゆる世界に行くことができる、そんな噂もある。


 「止めに来た。つもりだったんだけど、君の顔を見たら無理だと悟ったよ。はぁ、どうしてボクの友達はすぐに死んでしまうのかな」


 青年としては、少女と友達になった記憶などなかったのだが、少女に何を言っても無駄だと経験からわかっていた。少女に構っていると、ただ疲れるだけなのでスルーをきめこむ。


 「それで、ボクは最後の温情として聞いておくけどさ、何か言っておきたいこととかある?決意とか、意思表示とか、誰かに言っておいた方がいいらしいよ。それに、ボクとしても聞きたいしね。親友を殺すその前に、人は何を思うのか」


 平気な顔で人の心をえぐってくるのが、残念ながらこれが少女の素である。話し相手としてはたまったもんじゃない。


 「いつ、俺が親友を殺すなんて言った? 俺が殺すのは勇者であって、親友ではない」


 少女は青年の言ったことに、わけがわからないといった顔をしていたが、少し時間をおき青年の意図を読み取り、大声で笑いはじめた。


 「あっはははははは!!! いまだにそんなことを思っているんだ! 勇者が心変わりをしてくれるなんて、そんな奇跡が本当に起こるなんてことをさ!」


 親友を殺さず勇者を殺す。それはつまり親友に勇者を辞めさせるという意味が込められていて、それは勇者を殺すことよりも難しく、まさしく無謀。少女が笑うのも無理はない。

 だが、青年は信じていた。親友ならきっと気付いてくれると、きっと目を覚ましてくれると。

 青年は思い出す。あの王国がいかに狂っていたかを。 


 『異世界からきた勇者様よ。どうか悪しき魔王を倒してください』

ーー今ならわかる。魔王だからといって、別に悪いことをしているわけではないことを。

 『魔族によってたくさんの人々の命が失われています』

ーー今ならわかる。人間と魔族は休戦していたため、後数百年は戦争の危険性はなかったことを。

 『あぁ、なんということだ……私達の村が魔族に焼き払われてしまった……』

ーー今ならわかる。村を焼き払ったのは魔族ではなく、王国の仕業だったことを。

 『勇者は一人で十分なのですよ。あなたは邪魔です』

ーー今ならわかる。彼等の意図が、醜さが、欲望が。

 

 「でも、いいの? もし勇者が心変わりしたとしても、それは君が死んでからだと思うけど」


 勇者を辞めさせるとは、つまりそれ相当の衝撃がなければならない。魔王がすでに死んでいたとか。王国は実は腐っていて、守る価値もないゴミだった。あるいは唯一無二の親友を殺した、とか。

 しかしその少女の質問に、青年は鼻で笑う。それも含めて覚悟を決めてきたのだから。


 「誰かのために死ぬなんてもったいないと思うけどなー。もっと……こう……自分のために生きるのも大切だよ」


 「何をいってるんだ、親友のために死ねるなんて最高に幸せだろ? どれもこれも自分のためだぜ」


 これは青年の本音であることと同時に、長年の夢でもあった。青年は勇者のように勇気もなく、全員を救うヒーローのようにはなれないけど、それだったらせめて、大切な誰かを守れる男になりたい。そんなふうに考えていて、今もなをそれは変わっていない。


 「……実は君の方が勇者に向いているんじゃないかな」


 「それには少し、鈍感さがたりねーよ。俺にはな」


 しかし、親友も親友でいささか鈍感すぎるのではないかと、青年は心の中で考える。

 すこし考えれば王国が怪しいことぐらいわかりそうなものなのだが……

 青年の考えていることは半分正解であったが、半分は不正解である。たしかに、よくよく考えればおかしなところもあったかもしれないが、人を疑うなんてして知らない少年少女は気付くはずもなく、こっちの世界にきて一日半で気付く青年も青年なのだ。


 「ふぅん、ま、いいけどね。それが君の、君にとっての幸せならボクは否定しないさ」


 「そりゃどうも。さて、用がすんだならさっさと出ていってくれないか? 明日勇者に会うための準備をしないといけないからさ」

 

 おそらく、今の青年が勇者に会ってしまったら、十中八九殺されてしまうのだろう。今の青年は『裏切りの勇者』と言われており、人間側に誰一人として味方がいないのだから、親友にも今の自分がどう知らされているのかは、だいたいわかる。

 最も、最初に裏切ってきたのはあちらだが。

 

 「……もし、君が人間から『裏切りの勇者』と罵られようと、魔族から『一人で勇者に挑んだ愚者』と憎まれ口を叩かれようと、ボクだけは、君こそが親友のために命を落とした『英雄』だと覚えておくよ。ボクの親友はこんなにも優しかったんだよ。ってね」


 一瞬呆気にとられる青年だったが、すぐふっと顔を緩ませる。


 「そうかい、ありがとよ。そしてさよならだ」


 「うん、またね」


 少女はそう言うが否や、パッと姿を消すのであった。



$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$


 数日後、一つの話題が世界を賑わせた。

 それはたった一人の青年の死。

 しかし、それは人間側にとっての大きな脅威と、魔族側の大きな戦力の損失を意味していた。

 そんなこんなで、王国が今大きなお祭りを開いている。右も左も大喜びで勇者をたたえている。その勇者はただいま寝込んでいる真っ最中だったのだが、それもささいなことだろう。

 そんな中、一人の少女が座って考え込んでいた。その顔は祭にふさわしくないしけた顔である。まるで最近親友を失ってしまったかのような。

 少女は考えていた。自分のこの無様な姿は何なのだと。

 力を欲していた。昔、初めての親友を失ったとき、もう二度と同じ目には逢わないと誓って。

 あれから千年もの時を超えて、また同じことを繰り返した。

 力など、あっても無くとも変わらなかった。

 ここまで後悔をするのなら、親友を殴ってでも止めるべきだと思うかもしれない。しかし、それは出来なかった。

 彼の目は本気だった。止めることなど、無駄だとわかってしまった。

 親友を見殺すその前に、人は何を思うのか。

 そんなの、虚しいだけに決まってた。

 答えなど、とうの昔に知っていた。

 虚しいだけだった。悲しいだけだった。嘆くばかりだった。

 力の無かったあの頃は、ただただ自分の無力を呪った。

 でも、今は違う。

 今は力を持っている。

 親友と会いたいがために身につけたこの術は、二百年前に完成していた。

 自分の魔力を全て捨てて、死人が転生した世界に自身もまた転生するこの術は、しかしもう遅すぎた。

 あまたある世界のうちに、たった一つの魂を見つけるのは、誰にだってできない。

 だから、死んだ一週間の間にこの術を使用しなければなかったのである。

 完成させたその瞬間から、二度と使わないと決めていたのになぁ。

 自嘲気味に笑った後、少女はお気に入りのナイフを自分の心臓にあてた。

 さて、繰り返し少女は考える。

 親友を殺すその前に、自分は何が出来ただろうか?

 答えは決まっていた。

 親友を殺したその後に、自分は何が出来るだろうか?

 答えは決まった。

 

 「世界をまたにかけるのに、この体は重過ぎる」


 ナイフを突き刺した。


 頭の中に、自分の声が響く。

 今の自分は幸せか?

 少女は答える。

 親友のために死ねるなんて幸せだろ?


 化け物と言わた少女は、その日からパッと姿を消した。


ハッピーエンドといえばハッピーエンド。

バッドエンドといえばバッドエンド。

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