∥004-E ねことおでかけ(中)
#前回のあらすじ:やべーぞ変態だ!
[マル視点]
「うちの子達―――あ、クランの若いメンバーのことなんですけどね?そのぉ・・・いまいち話題が合わなくって」
「あー、ジェネレーションギャップって奴ですか?【イデア学園】でもそういうのってあるんですねえ」
「そうそう。おじさん歳だからもーああいうノリについてけなくって。そのくせ妙に持ち上げられてるもんだから、なんだか気疲れしちゃって。皆は悪くないんだけれど・・・最近はこうやって、無心に土いじりしてる時間が心のオアシスになっちゃってるのよ」
「大変なんですねえ・・・」
さんさんと輝く太陽の下、中腰の姿勢でまばらに生える雑草を抜いていく。
時折鎌の刃で地面の中をほじくりつつ、根を残さないよう丁寧に掘り起こすと、後ろへぽいと放り投げる。
木の皮で編んだザルの上は既に雑草が山積みになっており、飛来した雑草はその頂上にぽすんと着地した。
その一部始終をしげしげと観察していた一匹の虎猫――ぼくの【式神】であるりん――はそこへ近寄ると、鼻をひくつかせ興味津々といった様子でニオイを嗅いでいる。
しばし手を止め、振り返ったぼくと隣の中年男性―――マックおじさんは目じりを下げてりんの姿に見入っていた。
「猫は自由でいいですねえ―――私もできればペットなんか飼ってみたいんですけど、うちのが私以外の動物を家に入れるな!ってうるさくって」
「ご家庭の事情ってやつですね―――え、私以外の動物??」
「あ、そこはまあ、その・・・エッヘッヘ」
哀愁漂う表情でしみじみと語るおじさんに、相槌を打ちかけたところで会話に紛れ込んでいた妙なフレーズに首を傾げるぼく。
それを曖昧な笑いで答える彼に疑問を深めていると、背後からずしずしと重量感あふれる足音が近づいてくるのに気が付いた。
雑草の山に顔を突っ込んでいたりんが、慌ててぼくの後ろへ逃げ込む。
振り返って見上げた先には、そびえ立つように巨大なシルエットが、太陽を遮り立ちはだかっていた。
逆光になり浅黒い肌をなお黒く際立たせたその青年は、にこやかに笑顔を浮かべ口元に白い歯を輝かせる。
その肉体には――― 一切の衣服を身に着けていなかった。
全裸だ。
「やあ!皆さん精が出ますね。それにマル君!初対面なのに手伝わせてすまない、他のみんなもここらで小休止と行こうか。冷えた果実水もあるよ!」
惜しげもなく肉体美をさらけ出した偉丈夫―――Arnavがパンパンと手を叩き、携えたカゴを持ち上げる。
その中には、色とりどりの液体が入ったガラス瓶が詰め込まれていた。
互いに顔を見合わせると、ズボンに付いた土を払い立ち上がるぼくたち。
畑のそこかしこでは、同じように農作業に勤しんでいた人々が手を止め、紺碧色の象に跨る変態に視線を注いでいた。
あぜ道の反対側に広がる畑からも続々と集まり、彼の周囲にはあっという間に十人以上の人だかりが出来上がるのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
―――少し話を戻そう。
ぼくとりん、一人と一匹で出かけたお散歩の途中、丘と平野の広がるのどかな学園北部地域にて。
ぼくらは変態と出会った。
訂正。
全裸で変態だけれど人柄は明るく爽やかなイケメン、Arnavさんと出会った。
聞くところによると、彼はそれなりの規模を誇るクラン――複数の【神候補】が所属するギルド的なもの――を主宰するクランマスターなのだそうだ。
そして、クラン運営の傍ら、戦闘に向かない【神候補】達を集めて農場を経営しているのだという。
鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒したまま、鮮やかな橙色に色づいた柑橘系の果実水を片手に浅黒い肌の偉丈夫は語る。
「―――誰もが戦士として生まれつく訳ではないからね。人は寄り合い、力を合わせて生きていくよう元から定められている。ここで育てられた作物は戦場へ向かう【神候補】達の飢えを癒し、その力となる。これもまたこの地で生きる一つのカタチという訳さ」
「なるほど・・・」
その言葉にぼくは素直に感心してしまった。
何となく流れで農作業を手伝うことになったが、まさかこの場所にそんな背景があるだなんて、つい先程まで想像すらしなかった。
そっとその場に居る面々へ視線を巡らせる。
めいめいに楽な姿勢をとり休息する彼らの顔ぶれは様々だ。
その多くは十代後半の少年少女。
中にはマックおじさんのように壮齢の男性も居るが、この中ではマイノリティにあたるだろう。
女性陣の比率がやや多いだろうか、うち何名かは全裸でくつろぐ変態をチラチラと落ち着きなく盗み見ている。
一部の男性も熱っぽく彼を見つめている―――気づかなかったことにしよう。
皆動きやすい簡素な服装で、熱中症対策か麦わら帽子を被っている人も居る。
彼らの表情には一様に心地よい疲労感と、仕事への充実感がうかがえた。
「何と言うか・・・こういう過ごし方もあるんですね。最初ヘレンちゃんから話を聞いた時は連中―――【彼方よりのもの】と戦うことだけが【神候補】の役目だとばかり思ってました」
「実のところ、最初はそうだったんだ。ヘレンが用意するものと『召喚組』がこちらへ持ち込む物品でも、最低限の備えは賄えるからね。そこへGによる貨幣経済と、【神候補】をバックアップする流通システムを築き上げた先駆者達が居たのさ」
「何だか、映画や社会派ドラマみたいなお話ですね・・・」
思わずため息が漏れてしまう。
よくよく考えてみれば、先日森の中で消費しまくったお助けアイテムの数々にも、それを考案した者、更にはそれを制作し流通させた者が居る筈なのだ。
これまで見えていなかっただけで、【イデア学園】でぼく達を取り巻くものによって、自分は知らず知らずのうちに助けられていたのだった。
傍らで寝そべるりんの背中をそっと撫でる。
彼女と【式神】として契約できたのも同じだろう。
ぼくは密かに【揺籃寮】の皆に感謝の言葉を告げるのだった。
そんなぼくらの様子へ視線を注ぎつつ、Arnavは続ける。
「農業に限らず、漁業に林業といった分野でも同じように活動している【神候補】は存在するよ。中にはそれこそ神話や伝承に出てくるような、幻力の込められた不可思議な品々を造り上げる者まで居る。『神化』によって得られる力は様々だからね、もし君の【神使】が生産向きの力に目覚めた時は―――今の言葉を思い出すといい」
「えっ―――?」
ぱちくり、と目をしばたかせると、ぼくはりんへ視線を下ろす。
見られているのに気づいたのか、まん丸く開かれた大きな緑色の瞳がこちらを見つめ返してきた。
そこへきてようやく、ぼくは彼が大きな勘違いをしていることに気が付いた。
「―――ああ!違います違います、これはりんって言って、ぼくの【式神】!そんでもって【神使】は―――メル!!」
『・・・・・・』
慌てて両手を振って否定すると、ぼくは片手を空にかざす。
みるみるうちに中空へ青い水玉が生じ、それは30㎝大の紺碧に輝く塊へと変じていた。
周囲からざわめきが上がり、驚きと興味の交じった視線がそこへ集まる。
「驚いた・・・非生物型、それも不定形とは珍しい」
「紛らわしいコトしちゃって、何だかすみません・・・」
「ハハハ、気にすることは無いよ、勝手に勘違いしたのはこちらの方だ。しかし・・・これはまた、色々と使えそうな―――」
「あ、あの・・・私たちも見せて貰っていい?」
「いいよー。ほい、っと」
メルのつるんとした表面に辺りから視線が集うのを感じる。
何だかくすぐったいような感覚に身じろぎしていると、周囲に人が集まり始めていることに気づいた。
その中からおずおずと声をかけてきた一人に対し快諾し、見やすいように目線の高さにまでメルを浮上させる。
わっ、と再び声が上がり、コバルトブルーの水塊の周囲に興味津々といった様子でそれを観察する人だかりがあっという間に出来上がった。
物言わぬ我が分身はこぽり、と大きめの水疱を浮かべると、宙に浮いたままくるりと一回転して見せた。
もしかするとあれが彼(?)なりのファンサービスというやつかも知れない。
「ほうほう、粘度もない普通の水なのか。浮いているのはどんな原理で・・・?どれ、味は―――」
その様子につられたのか、Arnavまでが身を乗り出し夢中でメルの動きを見つめている。
―――引き締まった剥き出しの雄尻がふりふりと目の前で揺れる光景に、ぼくは若干の頭痛と共にちょっとだけメルを出したことを後悔した。
「その―――ありがとうございます」
「・・・えっ?」
「あんたの【神使】、見せてくれた事よ。Elly・・・って、この子の事なんだけど、こっちに来てから一度も自分の出せてなくってさ、それで―――言いたかないんだけど、ここじゃ居場所無いのよ」
「・・・・・・」
鼻の頭にそばかすの浮いた、おさげ髪の女の子だった。
ためらいがちに感謝を伝えるその子に首を傾げていると、ベリーショートの勝気そうな少女が代わりに進み出て、親指で先程の子を示した。
ショートヘアの少女の後ろに半ば隠れるように、遠慮がちな視線を感じる。
―――どこかで聞いたような話だ。
確か、つい先日までの叶君が丁度同じ境遇だった筈だ。
もしかすると、【イデア学園】全体で見れば少なからず似たようなケースがあるのかも知れない。
「いえいえ、別にお礼されるような事じゃないですし、その―――何かのきっかけになるならこの位、お安い御用ですよ」
「あ・・・は、はいっ!」
「―――居るところにゃ居るもんだね、底抜けのお人よしって奴は。そこの変態と言い、あんたといい、さ」
にっこりと微笑むと、ほっとした様子でEllyと呼ばれた少女がぺこりと頭を下げる。
それを眺めていたショートヘアの少女が、若干呆れたように―――しかし穏やかな苦笑を浮かべるのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「―――果ての海?」
こてん、と右に首を倒し頭の上にハテナマークを浮かべる。
それを見上げるりんが真似をしているのか、くりんと器用に首だけ右に回して見せた。
対面で腰に手を当て白い歯を見せるのは、相も変わらず全裸の偉丈夫、Arnavである。
太く節くれだった指先が伸び、広げた地図の中心部分を叩く。
そこは学園中央部、今しがたの呟きの通り『果ての海』と記された箇所だ。
外壁と同じくほぼ真円を描くそれは、実に学園の敷地全体の三分の一を占めている。
「世界の果てに繋がってる―――そんな噂のある、巨大な汽水湖さ。学園を歩いて回るのなら、寄ってみる価値はあると思うよ」
「汽水というと、海水と淡水が混ざり合ってる水の事―――で、合ってましたっけ?」
「そうそう。海の幸と川の幸、どちらも齎す豊穣の海さ。どうだい、興味が湧いてきたかな?」
「・・・ムクムク湧いてきました!」
握りこぶしをつくってやる気アピールすると、褐色の偉丈夫は白い歯を覗かせ快活な笑い声を上げた。
彼の背後には先程、メルを囲んでいた人たちを含め十数名が見送りに集まっている。
一度言葉を交わした少女達が二人、その中に混ざっているのを見つけると、そちらへ向けぼくは笑顔で手を振った。
「皆さん!ちょとの間でしたけど・・・お世話になりました!また手伝いに来ますねー!!」
めいっぱい手を振って見せると、おさげ髪の彼女がはにかんだように微笑み、その隣でショートヘアの少女は軽く肩をすくめて見せた。
それを見届けると、ぼくはくるりときびすを返し小道を歩き始める。
「―――我等が小さき友人に、水天の加護があらんことを!」
背後から聞こえたその言葉に、ぼくはちょっとだけ振り返り―――
―――勢いよく振られる腕につられて、股間の腕もぶらぶらと左右にゆれる様子が目に入ってしまい、振り返ったことをちょっとだけ後悔するのであった。
今週はここまで。
次回は多分、日曜日投下です。




