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お釜大戦  作者: @FRON
第四章 怪奇!月夜の廃屋にリトルグレイの姿を見た!?
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∥004-C ウチくる?(下)

#前回のあらすじ:このままおさらばって訳にはいかないみたい



[マル視点]



「ねえきみ、うちの子になるかい?」



椅子の上にぽつんと置かれた金色の鈴。

その前へ屈みこみ、ぼくはゆっくりと小さい子へ言い聞かせるように語り掛ける。


もの言わぬ器物へ向かって話しかけるという、他人に見られれば正気を疑われかねない光景であったが、ぼく本人も、それを見守る人達の表情も真剣そのものだ。


その場に居る誰もが一言も発さず、事の推移を見守る中。

それまで微動だにせず小ぶりな椅子の上に鎮座していた鈴が、唐突に震えた―――かと思いきや、わずかにぼくの方へと転がり出た。


ちりん、と澄んだ音が小さく響く。

それを目にして、ぼくは一つうなずくと満面の笑みを浮かべた。



「決めました―――この子を、ぼくの【式神】にしようと思います」


「即決だね。でも・・・本当にいいの?」


「いいんです、ぼく自身の気持ちはもう決まりました。それに、この子の意思も・・・今、見せて貰いましたから」



(フォン)先輩の疑問に、晴れやかな笑顔を浮かべて答える。

しかし彼はひとつかぶりを振ると、小太りの少年をじっと見据えつつ再び口を開く。



「君のそれが錯覚や、一時の気の迷いではないと本当に証明できるかい?先程言ったように、既に【式神】を所有している者はこの学園に存在する。だけど興味を失い、共に戦った【式神】を手放してしまうケースもあるんだ。君のその意思が揺るぎないものだと、僕も信じたいけれど―――」



そこで言葉を切ると、先輩は試すようにじっとぼくを見つめる。


ようやく理解した。

今、この人はぼくがこの子の主として相応しいか、それを見定めようとしているんだ。


ペットをわざと逃がしてしまう飼い主のようなものだろうか、【式神】を勝手に放棄する人もこの学園には居るようだ。

少なくとも今、ここで、ぼく自身がそういう人間ではないと示さなければならない。


その為には―――



「この気持ちが、錯覚や一時の気の迷いじゃないという証明―――か」



何を答えるべきか。

しばし目を瞑って考えるが―――すぐにやめた。



「決まってます。そんなのできるわけないですよ」


「・・・えっ?」


「ま、マルさん・・・!?」


「ふむ」



あっけらかんと言い放った一言に、三者三様の反応が周囲から返る。

それを見渡しながら、ぼくは小首を傾げながら言葉を続けた。



「そもそも、好きだの嫌いだの自体が一時の気の迷いですしね。今感じているこの気持ちを証明する手段なんて無いし、()()()()()()()()と思います。―――なので、ぼくが証明するのはただ一つ。これからこの子の家族として、お互いの事を知って、わかり合って、もっともっと好きになる努力を続ける。その事だけです」


「・・・・・・・・・」



目の前で椅子に腰かけたまま、黒髪の先輩はぽかんとした表情を浮かべていた。

やがて我に返りこほん、とひとつ咳ばらいをすると、半眼のままじろりとぼくを睨みつける。



「・・・また随分とぶっちゃけたね?」


「えっへっへ、いやあそれ程でも。・・・まあ、それはそれとして。今のがぼくの偽らざる本心ですよ」


「今の気持ちを証明する手段なんて無い―――か」



ぽつり、と何かを噛みしめるようにつぶやくと、彼は小さく息を吐く。

そしてすぐに表情を改めると、真剣なまなざしでぼくを見つめた。



「―――うん、『努力を続ける』という君の言葉を信じることにするよ。それじゃあすぐにでも始めよう、明君、契約札は?」


「はいよ」


「流石、用意がいいね」



先輩の一声に、何処からか大ぶりな呪符を取り出すと、投げ渡す(あきら)

朱色の墨で複雑な呪文が描かれたそれを片手で器用に受け取ると、二人の間に置かれた椅子に広げ、先輩はその上にとん、と小さな鈴を置いた。



「さて。ここから先は後には引けないけれど、一応―――異存はないね?」


「―――はい!」



小ぶりな銀縁眼鏡がきらりと光る。

レンズの奥から見つめる眼差しの真剣さにごくりと唾をのむと、ぼくははっきりと頷いた。



「更に言うと、お金(ジェム)がかかります。霊体の修復とは別料金で貰うけれど、いいね?」


「は―――い。そのう・・・お、おいくら程で?」


「ちょいとお耳を拝借」



続いて告げられた一言に、若干表情をひきつらせながらも頷く。

あまり豊かとは言い難い懐事情に、内心早まったかな、なんて弱気が顔を出しかけるが、必死にそれを押さえつける。


そんなぼくの背後から、こっそり忍び寄ったジャージ姿の彼女が、耳元でぼそぼそと概算となる金額を告げる。

ざあっ、と血の気が引く音が聞こえた。


今の全財産を余裕で超すどころか、3回破産してもお釣りの来る額だった。

笑顔のままダラダラと脂汗を流すぼくの背後で、黒縁眼鏡の少女がにやりと嗤う。



「お客さん―――今でしたら特別に、無利子で融通いたしますよ?」


「えっ!?いや、でも・・・本当に?何て言うかその・・・大丈夫??」


「大丈夫大丈夫」


「明殿の融資は無利子無担保無期限、返すつもりさえあれば多少追加で融通して貰っても無問題でござるよー」


「たまーに、無茶な仕事に突き合わされたりする位よ・・・フフ・・・この前のは死ぬかと思ったわ」


「・・・・・・これっぽっちも大丈夫そうじゃないんですけれど!!??」



何時の間にか這い寄っていたのか、猫面の男とゴリラが左右に張り付いたまま、うふふと不気味な笑いを顔に貼りつけ囁く。

その姿はオイデオイデと借金の海へ誘う船幽霊もかくやという有様だった。


ダークブロンドの剛毛に覆われたつぶらな瞳には光が無く、何を思い出しているのかどんよりと淀んでいた。

その様子に思わずごくりと唾を飲むと、ぼくは呪符の上に転がる小さな鈴を見つめる。



「ぬうぅ・・・ええい、男は度胸!その位の金額払ってやろうじゃないか!!」


「まいどありー」


「・・・知らないからね?まあ、いいか。それじゃ―――救急如律令!!」



ジャージ姿の少女が半月型の笑みを浮かべる。

その姿に、内心早まったかと表情をひきつらせるが今更後には引けない。


そんな様子を苦笑しつつ眺める先輩であったが―――気を取り直し指を二本立てて印を結ぶと、空を幾度か切った後に鋭く叫ぶ。

刹那、呪符を中心に光の奔流が巻き起こり、ひとりでに浮き上がった鈴が丁度目の高さで静止した。


その光景に呆気にとられていると、横合いから一本の小刀がそっと差し出される。

明の手からそれを受け取ると、ぼくは冷たい光を放つ刃を見つめた。


これをどうすればいいのか、その疑問はすぐに楓先輩の口によって説明された。



「―――所有者との間に縁を結ぶ。それで鈴に血を一滴垂らして」


「う・・・うん、わかった」



ぼくは緊張した面持ちで頷くと、小刀で指先をちょっとだけ刺す。

ちくりと走る痛みの後、滴り落ちる赤い雫を金色の鈴へ落とした。


鈴を中心に、まばゆい光が形をなして―――



「わぷっ!?」


「「「・・・!?」」」



―――そして何も見えなくなった。


違う、()()が顔の前に張り付いていて、視界を遮ってるんだ。

息苦しさと、顔前面と後頭部にかけて感じる生暖かいぬくもりがそれを証明していた。


若干混乱しつつも、耳の上らへんに掛かった部分をとっかかりにそれを引きはがす。

ぷはぁと胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込むと、ようやく人心地ついたぼくは顔に張り付いていたものを確かめた。


それは七・八歳くらいの、小さな女の子だった。


アーモンド形のくりくりとした大きな瞳に、明るい茶色に焦げ茶の斑模様の髪。

産毛なのか、金色の鈴が光る首元から胸にかけてうっすらと真っ白な毛が生えている。


その下には桜色の―――



「・・・・・・そぉい!!」


「・・・!!?」



ぼくは瞬間的に上着を脱ぎ去り、目の前の女の子へ頭からすっぽりと被せる。

突然の出来事に驚いたのか、真ん丸く目を見開き女の子はきょろきょろと周囲を見回している。


―――危ない所だった、と言うか・・・



「この子なんで服着てないのさ!?」



びし、と指さすと、ぎくりと肩を震わせた謎の幼女はちらちらとこちらを窺いつつ、すんすんとぼくの服の匂いをしきりに嗅いでいる。

その仕草は全体的に猫っぽい―――と言うか、ほぼ猫そのものであった。



「そりゃあまあ、普通猫に服なんて着せないからねえ」


「猫・・・猫ぉ!?いやでもこれ、どう見ても幼女―――」



苦笑いしつつ、鷹揚に答える黒髪の先輩。


ひとしきり匂いを嗅いで満足したのか、にゃあ、と一声上げた幼女は屈みこむと―――

見る見るうちに縮んで、服の中へすっぽり納まってしまった。


何が起きているのかさっぱり理解が追い付かないぼくの前で、シャツの襟首からぴょこりと一匹の茶トラが顔を出す。

そのままぼくの足元へ座りこむとぼくを見上げ、なおうと細い声で一つ鳴いた。


じっとこちらを見つめる二つの瞳。

その後ろには、ふりふりと()()の尾がゆらめいていた。



「・・・あの。こ、これ―――」


「予想通りではあるけど、いきなり()()するとは思わなかったね。こういうのは日本じゃ『猫又』って呼ぶんだっけ」


「妖怪化してるーーーーー!!?」



薄暗い部屋の中、頬に手を当てたぼくの叫びが響く。

これが、【イデア学園】において長い付き合いとなる、『りん』との初めての出会いだった―――


今週はここまで。

次回はまた日曜投下の予定です。

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