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お釜大戦  作者: @FRON
第四章 怪奇!月夜の廃屋にリトルグレイの姿を見た!?
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∥004-A マル家の日常風景・第4話時点

#前回のあらすじ:新歓コンパ無事終了



[マル視点]



全開にした換気扇がごうごうとうなりを上げるキッチンにて。

ぼくは煮えたぎる油の中で踊る鶏肉を真剣な面持ちで睨みつけていた。


ぱちぱちと子気味のいい音をさせながらたゆたう3つの塊が、衣の白色からこんがりキツネ色になるその瞬間をまんじりともせず見守る。



「―――ここだ!!」



カッと両眼を見開き菜箸を突き入れると、油にまみれた鶏肉をキッチングペーパーを敷いた目の粗い金網の上へ移してゆく。

一度ひっくり返してしっかりと油を切った後、ぼくは小ぶりなものを一つ選んでガブリとかぶりついた。


カリッ!と揚がった衣をかみ砕くと、中からはアツアツの肉汁がたっぷり染み出して舌の上を踊る。

ほどよく火の通ったモモ肉はプリプリで、噛めば噛むほどに旨味が溢れ出してくるようだ。



「あつっ、あつつ・・・でも、うーまーい!」



ちょっぴり舌をヤケドしそうになるも、揚げたての唐揚げをごくんと呑み込んだぼくはニッコリ満面の笑顔を浮かべる。

会心の出来だった。


―――【揺籃(ようらん)寮】の新人歓迎会があった、激動の一日からはや数日。

(かなえ)君のお姉さん―――(あきら)さんから貰ったレシピを試す機会をようやく得たぼくは、愛用の花柄エプロンを身に纏い意気揚々と台所に立ったのであった。


試食した唐揚げの残り半分をひょいと口へ放り込む、ジューシィな鶏肉の旨味が口いっぱいに広がる。旨し。

洗い物が大変だし換気扇は汚れるしで、普段から敬遠しがちな揚げ物だが、これだけ美味しいのなら今後はもっと献立の比率を上げていいかもしれない。


もう一つ、と思わず手を伸ばそうとしたところで、ふとあることに気づいたぼくはくるりときびすを返す。


向かったのは部屋の中央にある大テーブル。

その上に置かれた小さなボウルを手に取ると、ラップを剥がし中の液体を一さじ掬い取る。


小皿に液体を移し替え、先ほど揚がったばかりの唐揚げをその中へ投入。

裏返してまんべんなく全体に液体をまぶし、それをぱくりと口の中へ放り込んだ。



「ピリ辛で酸味が利いてて・・・これもまたうーまーい!!やめられませんなーとまりませんなー」



イッヒッヒ、と怪しく笑いながら残る唐揚げへも手を伸ばす。

出来立ての唐揚げは数分と経たず、全てぼくの胃の中へと納まるのであった。



「普段からこんな調子だからなかなか痩せられないんだよね。・・・でもまあ、いっか!この方が色々と都合がいいし・・・」



ぼくはそう一人ごちるとからりと笑い、コンロの横に置いた深皿を取り上げる。

中には白き衣を身に纏いし鶏モモ肉達が、所せましと詰め込まれていた。


それを菜箸で摘まむと、慣れた手つきでひょいひょいと油の中へ放り込んでゆく。

仕込みは十分、調理はまだまだ始まったばかりなのであった―――




  ・  ◆  ■  ◇  ・



「・・・美味い」


「やたっ♪」



油淋鶏(ユーリンチー)を一口、じっくり噛んで味わった後呑み込んで発したその一言に、思わずガッツポーズ。

マル家の食卓には先刻、たっぷり作り上げた中華風唐揚げが主菜として並んでいた。


父子家庭であり働き盛りの父を持つぼくは、忙しい父に代わり家事の大部分を担っている。

中学の頃に一念発起して始めてからのこととなるので、主夫歴は今年でおよそ3年だ。


最初の頃こそ失敗してばかりだった料理も、今ではこうしていっぱしの品をお出し出来る程度にまで上達している。

我ながら、あの頃とは随分生活様式が様変わりしたものだ。


―――などと、一人回顧に浸りつつ白米を噛みしめているぼくへ、テーブルの対面からじっと視線が注がれる。

2個目の油淋鶏(ユーリンチー)を嚥下すると、彼はしばし考え込むようにうつむいた後にゆっくりと口を開いた。



「・・・珍しいな?」


「はえ?・・・ああ、揚げ物のことね。実は()―――じゃなくて、最近できた友達の家でご馳走になった時に教えてもらったんだ。カリッと香ばしくてピリリと辛くて、あの味を再現したい!って思って。今回の出来は・・・んーまあ、70点くらい?」



流石に学園(あちら)での事をそのまま伝えるわけにも行かず、微妙にボカしつつその質問に答える。


若干の罪悪感を感じつつ、ぼくはもっと精進しなくちゃね、と付け加えると小麦色の塊をひょいと摘まみ上げて頬張った。

そんな様子を珍しいものを見るように眺めつつ、3個目をじっくりと平らげた父はひとつ頷くと、ぽつりと口を開く。



「その子とは、仲が良いのか?」


「んー・・・結構打ち解けられたかな。人見知りな子なんだけれど、お姉さんも居てそちらも交えつつって感じ。・・・あ、レシピ教えてくれたのはそのお姉さんの方ね。ぼくと同い年なのにしっかりしてて、なんて言うか格好いい人。まるで―――」


「?」



放課後の生徒会室、風になびくカーテン、栗色のサイドテール。


意図せず口をついて出た一言に、胸の奥で()()()と古傷がうずく。

もう二度と届かなくなった背中が、焼き付いた記憶のように脳裏によみがえる。


ぼくはひとつ深呼吸すると、努めて何事もないようにやんわりと笑顔を浮かべた。



「―――ええと、()()()弟さんの方とは似てないちぐはぐな姉弟って事ね。でも仲はいいみたい」


「・・・そうか」


「そうそう」



そんなやり取りの後に、何となく会話が途切れ沈黙が流れる。

普通気まずくなりそうな状況だけれど、基本寡黙な父ちゃんが相手だとわりとこういう感じになることが多い。


これ幸いと、ぼくは平静を取り戻そうと軽く目をつぶり、お茶を一口飲み込んだ。


危なかった。

ぼくは一体何を口走ろうとしてたんだ。


ゆっくりと深呼吸を繰り返す、平常心平常心。

ようやく落ち着いてきた鼓動に密かにほっと息をつくと、もう一度お茶を飲もうと湯飲みを手に取る。


えんじ色の湯飲みの内側で揺れる水面を目にしたその時、歓迎会の夜、烏龍茶を片手に見たあの笑顔を思い出してしまった。



「・・・海人?」


「な、何でもない、何でもないから―――!」



訝しげに放たれる一言に、ぼくは真っ赤に染まった顔を見られまいと必死に顔を背ける。

再び暴れ出した心臓を必死でなだめつつ、ぼくは状況を誤魔化す言い訳をひねり出そうと頭脳をフル回転させるのだった―――



今週はここまで。

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