∥004-26 本当の歓迎会はこれからだ!
#前回のあらすじ:ただいま!
「あ、お帰りー。結構遅くなったね?」
「わぁ・・・!」
「これは・・・!?」
【イデア学園】におけるマイホームである【揺籃寮】。
永遠に続くようにも思えた戦いを終え、心底疲れ切ったぼく達を出迎えたのは、チェック柄の黄色いエプロンを身に纏った楓さんの笑顔。
―――そして、玄関先の小広間にでんと置かれた特大のテーブルと、その上に所狭しと並ぶごちそうの山だった。
まさかの出迎えに呆気に取られつつも、その光景に目を輝かせるぼく。
レンズの奥でアーモンド形の瞳をいたずらっぽく細めると、小柄な先輩はよくがんばったね、と穏やかな笑顔を浮かべた。
「え、ええ・・・そりゃもう、色々ありましたから。ところで楓さん―――これ全部あなたが?」
「勿論!・・・と、言いたいところだけど残念ながら違うよ。僕はあくまで仕上げと温め、それに配膳をやっただけ」
「黙っててごめんなさい、本当は入寮者が来ると決まった時からずっと準備を進めてたのよ。だから下ごしらえと料理の大半は―――」
「拙者含め、寮の全員で用意したでござる」
彼の言葉を皮切りに、次々と告白が続く。
知らなかったのはぼく一人、実のところ寮の全員でこの場の準備を進めていたのだった。
事態の展開についていけないまま、テーブルの上をゆっくりと見渡す。
大皿の上にこんもりと盛られたパスタに、その周囲を彩る付け合わせの生野菜の数々。
あちらに見えるのは小エビのフリッターに、烏賊のリングフライだろうか。
そのどれもが目を楽しませるよう色とりどりに配膳され、それでいてまた実に美味そうであった。
これら料理の数々を用意した当人たちへと視線を戻す。
どこか気恥ずかし気に微笑む彼らの間からジャージ姿の少女が姿を現すと、驚きのあまり言葉もないといったぼくの様子ににんまりと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ドッキリ大成功―――というわけで、新人歓迎会はここからが本番だ。お前ら存分に食べて飲んで騒ぐといい、今夜は無礼講だ!」
「「イヤッホーーー!!」」
「お・・・おーーー!」
ノリのいい二名に続いて、真っ白い頬を染め、控えめに両手を上げた叶くんからも小声で歓声が上がる。
脱いだエプロンを畳みながら、その様子をうんうんと頷きつつ見守る楓さん。
少し離れた所には椅子の上で頬杖を突きつつ、ニマニマと猫のように微笑む明さんの姿も見える。
彼らの姿をゆっくりと見渡すうち、ぼくの胸にようやく『帰ってきた』という実感が沸き上がってきた。
そう―――帰ってきたんだ。
ここが、【揺籃寮】が【神候補】としての、これからのぼくの家となる。
その実感が、ようやく胸の奥にすとんと落ちた気がした。
「―――ただいま!みんな、ありがとう・・・!!」
自然と胸の内から、こみ上げる思いが湧き出してくる。
それを大声で言葉にすると、ぼくは満面の笑みを浮かべるのだった。
・ ◆ □ ◇ ・
「―――おいしい!」
噛みしめた鶏肉からじゅわっと溢れ出る甘い肉汁に、思わず感動の叫びを上げる。
まずは馴染みのある料理からと、手に取った唐揚げのクオリティの高さにぼくは一人感動にうち震えていた。
キツネ色にからりと揚がった衣の上には、糸のように細く刻まれた鷹の爪とたっぷりニンニクを利かせた甘辛いソースが掛けられている。
表面はカリッとした食感を残しつつ、中はしっかりと火が通っていてアツアツだ。
たまらずもう一つと大皿の上に視線を移すと、既に目を付けていたのか肉食性のゴリラがうず高く戦利品を積み上げた小皿を手に、ほくほく顔で離れていく所だった。
サニーレタスの上に所せましと並んでいた唐揚げも半数以上が姿を消している。おのれ。
これ以上持っていかれてはたまらないと、少し多めに確保するぼく。
テーブルを離れ何となく周囲を見回すと、一つ取り上げてぱくりと口の中へ放り込んだ。
うん、うまい。
「―――それにしても、こんな味付けの唐揚げもあるんだなあ。甘くてちょっとピリッとしてて、うちは専ら塩コショウばっかり使ってたから目からウロコだよ」
「・・・唐揚げというより油淋鶏だけどな。そういう感想が出てくるあたり、ひょっとして普段から料理してるのか?」
「あ、叶くんのお姉さん・・・。うち男所帯なんで、まあちょっとだけ。ところでもしかして、この料理って―――?」
「明でいい。下ごしらえとレシピは私からの提供だ。他の何品かもそうだが・・・レシピ、教えようか?」
「おながいします!!!」
「じゃ、後で纏めて渡すよ。―――さて、揚げ物ばかりじゃ喉が渇くだろう。ちょいと待っててくれ」
土下座も辞さない勢いで頭を下げるぼくに、苦笑しつつ頬をかくジャージ姿の少女。
綺麗な亜麻色の長髪を靡かせくるりと後ろを向くと、飲み物の入ったコップを手に取り再び振り返る。
ほれ、と手渡されたコップをのぞき込むと、淡い琥珀色の液体が小さな気泡を水面に浮かべ揺れていた。
ぺこりと軽く頭を下げると、コップを傾け一口呑み込む。
舌の上で弾ける気泡に混じり、つんと強い香気が鼻孔を駆け抜けた。
「―――ってこれ、アルコール入ってるじゃないですか!?」
「違います、あくまでこれは泡の出るジュースです。証拠にほら、うちの愚弟も飲んでるが何の問題もない」
「おかわひー。」
「・・・な?」
ずい、と肩を掴んで小柄な少年が前に押し出される。
ふわふわの雪みたいな前髪の下で真っ赤なおめめを回しながら、色素の薄い頬を真っ赤に染めた叶くんが勢いよく琥珀色の液体を飲み干すと、やたら元気な様子で空のコップを高々と掲げる。
若干目の座った彼の吐き出す息は、もはや言い訳の利かないレベルで酒臭かった。
わなわなと震える指でそれを差しつつキッと睨め付けるが、この惨事を引き起こした主犯はにへらと笑うばかりで反省の色が微塵も見えない。
業を煮やしたぼくは、塗り箸で焼き魚の骨を器用により分けていた猫面の男に助け舟を求めることにした。
「な?じゃないでしょ!すでに呂律が回ってないでしょうが!!・・・寅吉さんも言ってやってくださいよ!」
「このぐらい水と変わらんでござるよ?」
「ねー」
小骨とは別に積み上げていたほぐした白身を、これまた器用に被り物の下からぱくりと放り込みグラスを傾ける。
あっという間に飲み込まれてゆく液体を絶望の表情で見上げる。
こいつ・・・ザルだ!
愕然とした表情を浮かべるぼくの横から、中華風唐揚げを食べつくしたゴリラがぬっと現れる。
手に握られた緑色の瓶は既に、半分以上が飲み干されていた。
こいつ・・・直飲みしてやがる・・・!?
「こんな酔っ払いだらけの場所にいられるか!ぼくは一人でも逃げ出してやる―――ひっ!?」
「やあ。」
味方のいない絶望的状況に後じさるぼくの肩に、白くほっそりとした手がぽんと置かれる。
恐る恐る振り返った先には半月型の笑みを浮かべた黒縁眼鏡が居て―――ぼくの口へ逆さにひっくり返した瓶を突っ込んだ。
「さっきも言ったが今夜は無礼講だ―――遠慮せず飲め」
「もがーーーー!!??」
有無を言わさず流し込まれるアルハラに、ぼくの意識はたまらず暗闇に呑み込まれるのだった―――
今週はここまで。
この作品はフィクションです。
実在の法律や団体とは全く関係ありません。




