∥004-25 二つのお別れ
#前回のあらすじ:急急如律令!
[マル視点]
「お、居た居た」
「あ・・・」
「―――姉さん!無事だったんだね!ずっと心細かっ―――ぶにゅう!?」」
がさがさと下草をかき分け、一人の少女が木立の中から姿を現す。
それに気づいた面々の反応は様々だった。
うつむいたまま言葉少なに応じる者、立ち上がり笑顔を咲かせる者。
近くの木の幹へ背中を預け、猫の被り物の下でどんな表情を浮かべているのかさっぱりわからない男や、表情の読みにくいゴリラまで。
林道から外れ、森林へと深く分け入ったこの場所に今、マルを含め仲間たち全員が集っていた。
森の上空にて、【彼方よりのもの】との戦いに決着がついてよりおよそ十数分後のことである。
駆け寄ろうとする白髪の少年を掌で押し返し、居並ぶ面々が無事であることを確かめた黒縁眼鏡の少女は軽く息を吐くと、小首を傾げ疑問を口にする。
「・・・愚弟が連れてかれた時はどうなるかと思ったが、上手く合流できたみたいで良かったよ。所でお前ら、何でこんな何もないところに?」
「私たちが居た所からもドッカンドッカンやり合ってるのが見えてたし、わんさか沸き出した敵が一斉にこの辺へ向かって大移動を始めたから慌てて追いかけたのよ。そしたら向こうから連れ去られた子達が歩いてくるし、びっくりしちゃったわ。・・・ところで、そういう貴女こそ一体何処で何してたのよ!?心配したんだから!」
「すまんすまん。ちょっと野暮用でな、別行動中もちゃんと適度に敵を間引いてたから許してくれ」
「にょほほ。適度に―――で、ござるか」
本当に心配したのよ!? と身振り付きでアピールするアルトリアに、手を合わせ平謝りする明。
そのやりとりに小さく肩を震わせ、意味深な一言を呟く寅吉へ向け一瞬、ぎろりと鋭い視線が飛ぶ。
すると首をすくめ、ピーピーと下手な口笛を吹き始めた寅吉の様子に、呆れたように息をついた明は視線を落とす。
その先には、蹲ったまま表情を陰らせたマルと―――その足元にわだかまる、どこかおぼろげな半透明の人影があった。
「―――それは?」
「ぼくを―――庇ってくれたんです。あの怪物との戦いで、代わりにひどい傷を負って・・・ここまで連れてきたんだけれど・・・」
「見せてくれ」
無言で頷き、ぼくは一歩下がる。
落ち葉の上に力なく横たわったそれは、中型犬くらいの動物―――あるいは子供のように見えるもやの塊であった。
顔らしき部位には二つ、目らしき小さな光点が二つ灯っていたが、それも弱弱しく今にも消えそうに瞬いている。
その前に屈みこみ、しげしげと覗き込んでいた彼女はぼそりと呟いた。
「・・・動物霊、または子供の地縛霊といった所か。元はそれなりに力を持っていたようだが―――消えかけだな」
「あいつらの親玉に身体を掴まれたって話だから、きっとその時にドレインされたのね。私たちは精気を奪われるだけで済むけど、実体のないゴーストにとってそれは致命的だもの。酷なようだけれど・・・もう助からないわ」
「そんな―――!」
「ふうむ」
二人の話に思案気な表情を浮かべると、再び観察へ戻る明。
一方ぼくは、アルトリアの告げる残酷な事実に思わず悲鳴のように抗議の声を上げたが―――それも尻すぼみになってしまう。
自分でも判っているんだ、この子がもうすぐ消えてしまうんだって。
それでも―――!
「せめて、最期にお別れをしてからここを離れようと思っていたのに、それすらも叶わないだなんて・・・!」
ぼくが涙ながらに零した一言をきっかけに、周囲へ沈黙が落ちる。
無力感からにじみ出た涙で、力なく横たわる人影が歪む。
その場の誰もが自らの無力感を噛みしめていた。
―――かと思えば、そんな事知ったことかとばかりに行動を起こす人物が一名。
「よいしょっと」
「「「・・・!?」」」
ジャージ姿の少女は影を前にひとしきり頷くと、ザックをまさぐり手のひら大の小さな巻物を取り出し―――おもむろに封を解き放った。
突然の行動に驚愕の表情を浮かべるぼくの前で、開封された白紙の巻物へ向け横たわる影がひとりでに吸い込まれていく。
しゅぽん!とやや間抜けな音を残し、落ち葉の上から影は跡形もなく消えてしまった。
それを確かめるなり巻物を閉じると、くるくると器用に紐を巻き付け白磁の小瓶の中へと落とし込んでしまう。
呆然となったぼく達を前に栓を嵌められた小瓶を軽く振ると、明は一仕事終えたといったふうにひとつ頷いた。
「・・・よし」
「よし、じゃないでしょ!?いきなり何してんの!!?」
「あなた何考えてんのよ!?」
「ね・・・姉さん!?」
堰を切ったように周囲からツッコミが入る。
詰め寄ろうとするぼくを両手で押しとどめると、彼女はゆっくりとかぶりを振った。
「まあ、落ち着け。こうして封印しておけば早晩消滅したりする事は無い筈だ。慌てる気持ちはわからないでもないが・・・今のお前にどうこうできる状況でもない事くらい、分かってるだろう?」
「それ、は・・・そうだけど」
でも、なんだか納得いかない。
そんな内心が丸わかりだったのか、明は軽く苦笑を浮かべると立ち上がり、くるりときびすを返した。
長く艶やかな亜麻色の髪がふわりと広がり、月の光を受けて艶めく。
それを無意識に目で追っていたことに気づき、ぼくは何だかばつが悪くなり慌てて顔を振って誤魔化した。
彼女の所作は―――シャクだけど、いちいち様になっていてカッコいい。
「一人でどうにもならない時は先輩を頼れ。―――まあ、少なくとも悪いようにはしないさ」
「・・・・・・よろしくお願い、します」
「承知した。―――さて」
白磁の小瓶をザックの中へ突っ込むと、代わりに引っ張り出した板切れ――出発の時に目にした任務の受注証――を取り出した明は、それを空高く放り上げる。
くるくると回転しながら月に向けて舞い上がった受注証は、唐突にぽふんと白煙を上げて消え―――
そこには純白のサマードレスを身に纏った、褐色の少女が浮かんでいた。
「帰るか」
ヘレンが現れたことを確かめ、首だけ振り向いた彼女が軽く微笑む。
板切れと同じようにくるくると回りつつ、重力を無視してふわりとぼくたちの前へ降り立つと、サマードレス姿の少女はにっこりと満面の笑顔を浮かべるのだった。
それがぼく達が受けた、最初の任務の終わりだった―――
今回はここまで。