∥001-09 お嬢様無双
#前回のあらすじ:お嬢様はたぶんS
[マル視点]
―――ここで、少し場面を戻そう。
バス襲撃の時間軸へ出発する前、謎空間にて。
戦いを切り抜ける為の『秘策』を伝授されたぼくは、サマードレスの少女とふたり向き合っていた。
目にもまばゆい純白の地平を背景に、ヘレンはぱん、と薄い胸の前で両手を合わせ、にっこりと微笑む。
「―――さて!これでお兄さんは晴れて【神候補】の仲間入り、いつでも本番に臨めるってワケですねー」
「本番・・・つまり、『ぼくが死んだ要因を排除する』って事?」
「ですです」
にこやかに告げられた言葉とは対照的に、表情を曇らせるぼく。
―――いまさら言うまでも無いが、ぼくは既に死んでいる。
それを覆す為には、死の直前に戻って、自らの手でその『元凶』を排除しなくちゃならない。
本来ならば無理筋の話だが、それを可能にするお膳立てを目の前の少女はやってくれた。
更には、戦う為の力と助っ人まで手配してくれるのだという。
本当に有り難い話だ。
ここで奮い立たなきゃ、日本男児として名折れだ、と思う。
―――それはそれとして、怖いものは怖いのだった。
緊張した面持ちでごくり、と唾を飲むぼくをじっと見つめると、彼女はそっと囁いた。
「・・・とは言いましても。荒っぽいコトに不慣れな人にはこんな事、荷が重い!って、感じちゃうかも知れませんね?」
「そ、そんなことは無いですよ!?」
「ふっふっふ、私の目は誤魔化せませんよー?お兄さんのその、滝のような汗が証拠です!」
「ギクーッ!?」
びしっ、と指先を突き付けられて、ぼくは思わずその場で数㎝飛び上がってしまった。
どうやら、内心ちょっとビビっていたのも、彼女には全部お見通しだったらしい。
頭の後ろをかいて恥じらうぼくに、ヘレンはあっけらかんとした口調で語り掛ける。
「大丈夫!お兄さんには先程お渡しした『秘策』もありますし、何より・・・。今回に限っては、心配する要素がほぼゼロなんですよねー」
「へ?それって一体・・・?」
「まあ、詳細はヒミツです。ぶっちゃけお兄さん『自身』は、座って待ってるだけでも何とかなると保障しますよー?」
「えぇ・・・?」
「まあまあまあ、ここは一つ騙されたと思って送り出されて下さいな」
持って回った言い回しに、ひとり首を捻るぼく。
対するヘレンはそれを誤魔化すように、ぼくの背後へ回るとぐいぐいと背中を押し始めた。
アゴを強調するジェスチャーと共に拳を突き上げる少女に倣って、首を傾げつつも右手を振り上げる。
「迷わず行けよ・・・行けばわかるさ!」
「イ○キかっ!」
・・・そんなこんなで、バスの中へと送り出されたのだが。
ぼくはすぐに、彼女の言葉の意味を知ることになるのだった―――
・ ◆ □ ◇ ・
そして、現在。
ぼくは今、ヘレンちゃんの言葉の意味をはっきりと理解していた。
「はあああっ!【Crimson Whip】―――!」
「【現し筆・墨虎招来】!!」
白昼の下飛び交う銀盤の群れ、そしてそれを追い詰め、次々と撃破する少女達の姿。
窓ガラス一枚を隔て、バスの車外では目を疑うような光景が繰り広げられていた。
エリザベスが手にする【髭鞭サイクラノーシュ】が赤熱すると、バスの外を飛び交う円盤が豆腐のように切り刻まれてゆく。
二度、三度と黒褐色の軌跡が閃く度に、無数にいたUFO達は目に見える程にその数を減らしていた。
編隊をかき乱され、散り散りになってゆくUFO達。
その孤立した個体を狙うようにして、墨黒の虎が空を駆け、次々に牙と爪を以て引き裂く。
倒された円盤は煙のように空中に溶け、菫色の光の粒子となって消滅した。
そうして瞬く間に、バスの周囲は夜空のごとく、煌めく菫色の燐光に包まれていた。
『Tuli!!』
「【ネフェルティティ】・・・みんなを守って」
「(にゃーん)」
やられっぱなしではないとばかりに、円盤達からの反撃も行われている。
楕円状のボディから放たれる菫色のビームは、槍のように鋭く伸びて少女達の身体に突き刺さる。
―――かに見えたが、両者が接触する前に立ちはだかる物があった。
表面に猫のレリーフが入った、宙に浮かぶ石板の盾だ。
少女達に殺到した攻撃はことごとくが石盾によって防がれ、逆に彼女達の攻撃は着実にUFO達の数を減らしてゆく。
【猫女神の盾】と名付けられた浮遊盾によって、戦況は早くも一方的な様相を見せていた。
現在、彼女達が居るのはバスの周囲―――空中に張り巡らされた回廊の上だ。
先程から、可愛らしい鳴き声を上げながら影絵の猫がとてとてと戦場を歩き回っている。
短い四つ足が踏みしめるのは、何もない空中だ。
重力を無視するかのように空中を進む、厚みの無い小猫が通過した後には、ひとりでにくすんだ灰色の足場が生成されていた。
【石灰岩の回廊】と名付けられたそれは、マルヤムが喚び出した壁画猫――【ネフェルティティ】の力の一つである。
灰褐色の舗装道を足場として、彼女達は宙を自在に駆け回り、UFO達を相手取っていた。
(ヤバイ・・・この娘達マジ強い)
近距離-中距離を中心に、隙なく広範囲をカバーするエリザベス。
自立型の墨絵で遊撃・追撃を自在にこなす清水嬢。
派手に立ち回るこの2名に目が行きがちだが、彼女達のコンビネーションの柱はその後ろに控えるマルヤムだ。
【石灰岩の回廊】による陣地構築、【猫女神の盾】による鉄壁の防御に加え、絶えず戦場全体に気を配り、他の2名とアイコンタクトを交わしている。
彼女が司令塔となり、エリザベス嬢が前線へと斬りこみ、清水嬢がそれをカバーする。
どうやらこの形が、彼女達3名の戦法のようだった。
「ふぅ・・・こんなものかしら。呆気ないわね」
「リズ?あまり油断が過ぎると―――」
「大丈夫よ」
艶やかな金髪をかき上げ、髭鞭を腰に当て息をつくエリザベス。
そのブルーの瞳に映るUFO達は、既に残すところあと僅かとなっていた。
戦闘開始から数分、正しくあっという間の出来事である。
そんな状況もあっての発言であるが、気の緩みを疑い、傍らに佇む和装の少女から友人をたしなめる一言が飛ぶ。
すっぱりとそれを否定した彼女であるが、その内には元より油断はおろか、ひとかけらの緩みも存在していなかった。
エリザベスにとって、今回の任務は絶対に失敗できないのである。
内心ではこのまま何事もなく終わる事を願いつつ、金の令嬢はそっと後方へと視線を向ける。
その先、【石灰岩の回廊】の隙間から覗く後部座席には、一人の少女が微動だにせぬまま解放の時を待っていた。
誰にも聞かれぬよう、少女は小声で一人ごちる。
(そう、今回だけは、失敗する訳にはいかないのよ―――)
※2023/09/11 文章改定