∥004-22 そのころのゴリラ、ついでに猫
#前回のあらすじ:惜しいヤツを亡くした・・・
[アルトリア視点]
ニホン国N県郊外の廃墟――通称・人肉屋敷――の討伐任務。
数ある常設任務の中でも、どちらかと言えば初心者向けな―――いわゆるイージーな仕事というやつだ。
廃墟とはいえ人里からほど近く、周囲の森林にも程よく人の手が入っており、移動面での不都合もあまり感じる事はない。
更に、主な敵である宇宙人型シングは子供に毛が生えた程度の強さしか無く、よほど気を抜かなければ怪我をする心配も皆無。
本来ならば、鼻歌交じりに行って帰ってくるだけの簡単な仕事なのだ。
アキラもそれを踏まえた上で、新人への通過儀礼としてこの任務をチョイスした筈。
―――その、筈だったのだ。
「それなのに・・・何が!どうすればこんな状況になるのよーーーッ!!?」
「ニョホホホ、あるとりあ殿はこんな時でも元気でござるなあ」
視界を埋め尽くすのは―――おびただしい数の宇宙人型。
上空に目を移せば大小様々なUFO達が飛び交っており、その攻撃から逃れる為、私たちは森の中へと飛び込みここまで逃げてきたところだった。
木立の間を落ち葉を蹴散らし、必死に走る私の横で猫面を被った男が暢気に笑い声を上げる。
得体のしれない同居人のふざけた態度に若干の苛立ちを覚えつつ、覚醒者特有の鋭い感覚を頼りに視界のほとんど無い森の中を駆け抜ける。
その背後には子供の背丈ほどのシルエットがわちゃわちゃとひしめき合い、私たちが付けた足跡を数秒遅れで踏み越えてゆく。
・・・こちらのスタミナにも限界はある、なんとか追いつかれる前に手を打たねばならない。
私は背後から迫ってくる足音を頼りに、振り返りざま片手に握りしめた投石器を引き絞り―――放った。
狙いをつけるまでもない、あれだけ密集していればよほど見当はずれな方向へ飛ばない限りどれかに当たる。
ぐえ、と背後から上がる悲鳴を置き去りに、前へ向き直った私は逃げ足を早めつつ、こうなるまでの経緯にしばし思いをはせる。
―――広場での戦いの後。
連れ去られた叶とマルを助けに行く方向で意見を統一させた私たちは、ひとまずの目的地として件の『人肉屋敷』を目指し移動を開始した。
だがしかし―――
本来中ボス格である葉巻型UFOが早々に、しかも団体で出現したという事実を、私たちはもっと重く受け止めておくべきだったのだ。
その結果がこれである。
「ああ!もう!恨んでやるわ、やっぱり外になんて出かけるべきじゃなかったのよ・・・!」
「・・・かと言えど、働きもせず寝食を繰り返すばかりでは先立つモノも目減りするばかり。あるとりあ殿も大分懐が寂しくなってきた頃合なのでござらんか?」
涙声でぼやく私に向け、ぼそりと呟やかれたその言葉に私はそっと視線を逸らす。
意識した途端に腹の虫が主張を開始した。
夜の森に物憂げに響く鳴き声に、猫面の男は全てを察しため息をつく。
「このところ朝夕2食しか食べてないわ、それもモヤシか塩パスタばっかり・・・」
「拙者も先日、ちと派手にスッったお陰ですっかり素寒貧でござるよ・・・」
二人の間に沈黙が流れる。
そこへある意味空気を読んだのか、行く手を阻むように宇宙人型・小型UFOの混成部隊がずらりと姿を現した。
慌てて急ブレーキをかけ、互いに背を合わせ身構える二人。
「全く・・・こんな時にアキラは何処をほっつき歩いてるのよ!?」
「花摘みと言っていた故、つまるところ厠でござろうなあ。ちなみに山間では同じような場合『雉を撃つ』と言うのだとか。まっこと日本語とは面白きものにござる」
「ムダな雑学知識披露してる場合!?」
―――等と、軽口を叩き合いながらもせっせと手は動く。
つるべ打ちに放たれる礫弾がにじり寄ってくる宇宙人型を次々と排除してゆくが・・・所詮は焼け石に水。
一向に数の減る気配を見せない敵の群れに、私たちはじりじりと追い込まれてゆく。
背後を向けば、よたよたとおぼつかない足取りで迫りくる宇宙人型の群れが。
更には四方八方からも同様に敵が迫り、二人は森の中で完全に包囲されつつあった。
雑魚ばかりとはいえ、この数にたかられて無事で済むとはとても思えない。
背筋を冷たい汗がつたうのを感じつつ、私は逆転の一手を求め周囲へ視線を巡らせる。
―――その時。
「月が―――?」
枝葉の合間より夜の森にか細い光を投げかけていた月が、ほんの一瞬陰りを見せる。
そう感じた次の瞬間―――周囲に一陣の風が巻き起こった。
ごう、とうなりを上げそれが通り抜けた後、視界を埋め尽くしていた宇宙人型の大半が菫色の粒子となり夜の闇に消えていった。
幻覚でも見たのかと眼をこするが、状況は変わらない。
私は|投石器《スリング》を手繰る手を止め、呆然とつぶやく。
「な、何が起きたってのよ・・・!?」
「ニョホッ」
自分たちの身に何が降りかかったのか、その場の誰も把握できない中―――
猫面の下でにやりと嗤い、一人の男がまばらに残った敵の間を縫うように走る。
地面を舐めるように独特の軌道を描き、寅吉が通り抜けた後には胴を横薙ぎに割られ、崩れ落ちる宇宙人型のみが残されていた。
目を丸くする私を前に息一つ乱さず、にょほほと奇妙な笑い声を上げる寅吉。
「はてさて。物の怪の仕業か人の所為か、首を捻っても判らぬ事ばかりなれど―――今この時、すべき事は何かハッキリしているでござろう?」
「わかってるわよ・・・あの3人を見つけ出したら、こんな所さっさとおさらばしてやるんだから!」
挑発するような一言に、私は舌打ちをしつつウエストポーチに素早く手を差し込む。
目当てのものを指先で探り当て、投石器につがえゴム紐を強く引き絞った。
狙うは――― 一列に固まった宇宙人型の一団。
「とっておき―――!!」
<< トキガミエル・・・ギャー!! >>
まばゆい菫色の燐光を纏い、投石器から放たれた大ぶりな【魂晶】から膨大なエネルギーが開放される。
彗星のように長く尾を引き、一直線に宇宙人型の胴体を貫いた一撃はそのまま夜の闇を引き裂き、地平の彼方へと消えていった。
「あああ・・・なけなしの100Gがぁぁ」
「ぼやいてる暇があれば残りも片付けるでござるよ?」
「・・・わかってるわよ!!」
威力は絶大だが財布にダメージを与える諸刃の剣――【魂晶弾】。
自らの選択とはいえ、残る貯蓄でどうやって食いつなげばいいのか考えるだけで頭が痛い。
私は眼の端に涙を浮かべつつ、敵の残党に向け半ばヤケクソ気味に投石器を引き絞るのであった―――
今週はここまで。




