∥004-20 エスケープ・フロム・葉巻型UFO
#前回のあらすじ:ショタ覚醒
[マル視点]
やられる。
視界の端で突撃の準備に入る小型UFOを認識した時、ぼくに出来たのは体を丸めて衝撃に備えることだけだった。
―――しかし、来ると思っていた衝撃は何時まで経っても訪れない。
一体何が起きたのかとおそるおそる目を開く。
果たしてそこには―――息がかかるほどの位置に静止する、小型UFOのつるりとしたボディがあった。
「・・・・・・え?」
わけがわからない。
つい先程までぼくは、葉巻型UFOから放たれる怪光線を防いでいた。
そこを、横合いから完全に不意をつかれる形でもろに突進を食らった―――筈だ。
思わず扁平な小型UFOのボディをまじまじと観察してしまう。
本当に動かないのか、木剣の先でつついて確かめてみる。
「あそこから何がどうすればこんな状況になるのやら・・・つんつん。もしもーし、起きてますかー?―――おや、これは」
「・・・マルさん!!」
叩いてもつねっても小型UFOは微動だにしない。
そうしていると、背後から聞き覚えのある声が上がりぼくはぐるりと首だけで後ろを振り向いた。
「はいはい・・・どうかしたの?」
「すいません!少しの間しゃがんでてください―――断絶の枷っ!!」
「・・・うわ!?」
<< トゥリリリリ!!? >>
声の主――叶くんが真っすぐ右手を突き出す姿に、ぼくは咄嗟に頭を抱えしゃがみ込む。
直後、頭上を何かが高速で通り抜ける感覚の後、背後から甲高い音が上がる。
ぼくが再び振り向いたその先には―――混乱したように身体を明滅させる葉巻型UFOの姿があった。
楕円形のボディ中央あたりには半透明の立方体がめり込んでおり、そこをを中心に菫色の燐光が急速に失われてゆく。
―――葉巻型UFOの巨体がもの言わぬ彫像と化すまで、1秒と掛からなかった。
「これは、一体・・・?」
「マルさん、よかった・・・間に合って」
「あ、うん。叶くんこそ無事で何よりだけど、その―――」
ほっとしたように表情をほころばせる白髪の少年に相槌をうつと、ぼくは先程からずっと気になっていた疑問を口にする。
「隣の方は?」
「となり?―――ああ!」
ぼくの一言にきょとんとした表情で首を傾げる白髪の少年。
その傍には―――全身をすっぽりローブで覆った怪人物の姿があった。
人物、とあえて表現したが―――外見からはどんな体格なのか杳として知れない。
ただ、人間であるならよほど小さな―――ぼくのお腹くらいまでしかない、極端な低身長の人物だった。
「ええと・・・その、これは、ずっとボクの側に居たと言うか・・・」
「―――ひょっとして、それが叶くんの【神使】?」
「はい・・・た、多分」
ついさっきまでの雄姿はどこへやら。
しどろもどろな受け答えを済ませた後、あいまいな笑顔を浮かべた彼に苦笑を浮かべつつ、ぼくは横目で空中に磔になった小型UFOの姿を眺める。
葉巻型UFOと同様に―――銀色に光る円盤の後部にはぼんやりと光る、半透明の立方体がめり込んでいた。
察するに、触れたものを金縛りにするような神業なのであろう。
これをやったのがあの、ローブ姿の【神使】―――という事なのだろうか?
『主よ』
「うわ!?何今の声!」
その疑問を解消する間もなく、思考を揺さぶるように響いたその声にぼくはぎくりと肩を震わせる。
おごそかな、静まり返った湖を思わせる声だった。
若干混乱するぼくを尻目に、落ち着いた様子で叶くんは身をかがめてローブ姿の【神使】に問いかける。
「えっと、どうかしたの―――?」
『新手だ』
上空を横切るなにかが砂利道に黒い影を落とす。
弾かれるように首を上げると、数体の葉巻型UFOが燐光をたなびかせ空を覆っていた。
―――うち一体の胴体部分に光点が灯り、みるみるうちに肥大化し光を強めてゆく。
「まずっ・・・」
「お願い、もう一度力を貸して―――断絶の枷!!」
慌ててメルを呼び出すよりも早く―――いち早く反応していた叶少年の掌上に、虚空より半透明の立方体が生じる。
続いて、真っすぐに突き出されたてのひらから放たれた立方体は、目にも止まらぬスピードで怪光を放とうとしていた葉巻型UFOへと突き刺さった。
三度、空中に縫い留められる葉巻型UFO。
動揺したように残りの葉巻型UFOは攻撃を受けた個体から散会し、様子を窺うように上空を旋回し始める。
次の標的に探すように、空に向けて右手をスライドさせる白髪の少年。
「当たった!よ、よし、次は―――」
「・・・走って!」
「マルさん!?」
その手を掴み、ぼくは一目散に森へ走り出す。
たまらず上がる疑問の声に、無言のままぼくは上空の一点に視線を送る。
―――葉巻型UFOの一団を迂回するように、無数の小型UFOが別ルートから弧を描いて向かって来ていた。
「このままじゃキリがない・・・一旦逃げるよ!」
「ひ、ひゃい!!」
<< LILILILILI・・・!! >>
林道から外れ、広葉樹の木立の間を縫うように走る。
途中、すれ違った低木の葉で細かい切り傷が刻まれ、その痛みに顔をしかめる。
そのまま強引に突き進むが、背後から迫る空飛ぶ円盤達との距離はなかなか開かない。
―――スプレーの効果はまだ残っている。
今奴らは、背の高い雑草や藪をかき分ける音、吐息といったものを感知して追いかけてきているのだろう。
つまりどうにかしてこちらの所在を見失わせてしまえば、こちらがじっとしていれば上手くやり過ごす事も可能かもしれない。
隠身の効力が残っているうちに手を打つべきだ。
ぼくは逃げ足を緩めず素早く思考をめぐらせる。
「こっちへ―――!」
「ひい、ひい・・・!」
体力が無いのか、荒い息をつく叶の手を引いたまま方向転換する。
選ぶべきは藪や低木の少ないルートだ。
出来る限り物音を立てないように全速力で森の中をひた走る。
更に、ポケットに突っ込んだ指先で残りの発煙筒を探り当て、まとめて引っ掴む。
そのまますべて作動させると、背後から迫る音を頼りにノールックで放り投げた。
<< LLLLIIII―――!? >>
わずかな月の光で保たれた視界が白煙の壁に覆われ、完全にゼロになる。
煙が晴れた後には―――宙をうろつく円盤を除いて、動くものは何も残されていなかった。
しばし体の各部を明滅させながら、1m程の高度を行き来する小型UFOたち。
やがてその動きを止めると、すいっと高度を上げ木立の奥へと散らばっていった。
―――ぼくたちはそれを見届け、ゆっくりと身体を起こし注意深く周囲を見回す。
「―――ふう。2回目とはいえ、上手く騙されてくれてよかった」
「ほ、本当に出ても大丈夫ですか・・・?」
「大丈夫大丈夫、・・・多分だけど。ほら、髪の毛に葉っぱついてる」
「わぷ。」
おっかなびっくりといった様子の叶くんの手をつかんで引っ張りだす。
綺麗な白髪は枯れ葉やら折れた枝やらで酷いことになっていた。
ぼくは苦笑しつつ手招きすると、髪を整えてあげる。
仕上げに伸びっぱなしの前髪を片方に寄せると、その下から紅色の光を放つ大きな瞳が遠慮がちに覗き込んできた。
ここまで走ってきたせいか、抜けるように白い頬に赤みが差している。
目の端に張り付いた髪を一筋、つまんで耳の後ろに流す。
細く艶やかな白髪は汗に濡れたせいか、しっとりと湿り気を帯びていた。
「はい、美人さんの完成。本当―――なんでこれで自分に自信が持てないのやら」
「・・・えっ?」
「わしゃわしゃ~~~~」
「ひゃあう!?」
いつの間にか、その瞳に吸い込まれるように見入っていた。
そのことに気づき、慌てて髪をかき回すとぼくはくるりと後ろを向き深呼吸する。
大丈夫、ぼくはノーマル。何も問題はない。
背後から「何するんですかぁ」と抗議の声が上がる。
聞こえないフリ聞こえないフリ。
それよりも今後のことだ。
「―――さて、どうしよっか。発煙筒はもう品切れ、虎の子のスプレーは使っちゃったし・・・」
「それにしても、よく間に合いましたよねこれ・・・」
そんな事を一人ごつと、機嫌を直してくれたのかそれに乗っかってきた叶くんと二人並んで、ぼくらは先ほどまで潜んでいた茂みに目を向ける。
そこには何もない。
―――ように一見見えるが、よく目を凝らせば子供の背丈程の空間がわずかに揺らいでいる事がわかる。
クラマスプレーの隠身効果により、ここには低木の茂みが隠されているのだ。
―――先程、発煙筒のバーゲンセールを開催した後。
いい具合の茂みを見つけたぼくは、最期のスプレーを咄嗟に振りかけてその下に滑り込んだのだった。
お陰で追手を撒くことには成功したのだが―――
「あれだけあったアイテムも随分減っちゃった。ここからどう逃げ切ればいいのやら・・・」
「どうしましょうか・・・?」
すっかり軽くなってしまったザックの口を広げ、ぼくたち二人はむむむとうなり声を上げる。
どうやって仲間たちと合流するのか、敵と遭遇しないようにするには。
立ちはだかる難題は未だ山積みで、この逃避行は一向に先が見えないままなのであった―――
今週はここまで。




