∥004-19 神子の覚醒
#前回のあらすじ:ベ〇チャンクサイ!
[叶視点]
「あちゃあ・・・」
「誰も、いない・・・?」
白銀の月の下、黒々と広がる森にぽっかりと空いた草地。
数刻前に目にしたこの場所は現在、ボク達二人を除きまったくの無人だった。
勘を頼りにここまで戻ったはいいが―――仲間と合流するという当初の目的は振り出しに戻された形となる。
「あっちもぼくらを探しに移動したっぽい?」
「途中どこかで行き違いになったんでしょうか・・・?」
「かもね。・・・あ、でも途中の道って結構曲がりくねってたし、最初に来た時とは別のルートでここに着いた可能性もあるかも」
マルさんがそう言いつつ指さした先には、草地が途切れ林道が続いていた。
同じような林道への出口が見渡すだけで3つはある。
方角的には、あの中のどれかから道をたどれば先程の廃墟へ着くことも可能に思えた。
ボク達は少し思案した後、互いに顔を見合わせうなずく。
「とりあえず、じっとしてるのも何だし・・・行ってみる?」
「そうですね・・・っ!?」
その時だった。
辺りを青く照らしていた月が陰る。
上空を横切る何者かの気配にぎくりと肩を震わせ、恐る恐る目だけで姿を確かめると―――いた。
葉巻型UFOだ。
<< トゥリ トゥラ トゥリ トゥラ >>
<< トゥリ トゥラ トゥリ トゥラ >>
数は3…4体。
林道に注意を向けていたせいか、接近されるまで気づけなかったようだ。
「静かに・・・!動かなければ、勘づかれないハズ―――」
ボクらは声をひそめ、身を縮めてやりすごそうとする。
その上を菫色の燐光をたなびかせ、ゆっくりと飛行する葉巻型UFOの一団。
サーチライトのように、周囲へ投げかけられる怪光が側を通過する度に鼓動が早まる。
冷や汗が背筋をつたう感覚をこらえつつ、じりじりと時間が過ぎるのを待つが―――
ある事実に気づき、慌ててボクはマルさんの手を引く。
「ちょっ、まだ動いちゃ―――」
「ダメです・・・影が!!」
上空では、葉巻型UFOの一団がその動きを止めていた。
つるりとした細長い胴体部からは、ボク達二人が居る地点に向け一筋の怪光が投射され―――
足元から長く延びる、二つの影をはっきりと浮かび上がらせていた。
舌打ちを一つ、事態に気づいたマルさんはポケットに手を伸ばす。
握りしめたものを地面に叩きつけると、ボクに続いて広場の出口に向け一目散に走り始める。
色合いを強めた菫色の怪光線が雑草を焦がしつつその後を追うが、突如もうもうと立ち昇った白煙に阻まれ二人の姿を見失う。
発煙筒だ。
「マルさん―――道に!」
「まだいたのか!?」
出口付近の熊笹の茂みをかき分け、道の両側から数体の宇宙人型シングが続々と姿を現す。
このままだと行く手を塞がれる―――!!
「これでも、食らえ!!」
即座に小柄な少年が無げ放ったのは、掌にすっぽり収まるサイズの物体だった。
宇宙人型達の手前に落下したそれは、雑草の上を数度跳ねて砂利の上へと落ちる。
「あれは―――桃の種?」
<< ・・・!? >>
商品の仕入れの際見た覚えのある、大ぶりな種だ。
宇宙人型達は一瞬、怪訝な様子で立ち止まるが―――突如、ごつごつした表面の殻が二つに割れ、警戒するように種の周りを取り囲む。
種の中からは―――にょっきりと大きな新芽が顔を出した。
白くなめらかな芽は光を求めるように上へ上へと伸び、葉をつけ、枝分かれしてその体積を急激に増してゆく。
いつかTVで見た発芽経過の早送り映像のように、しかしそれをはるかに超える冗談のようなスピードで―――
ついには1m程の高さまで成長した桃の若木は、あっという間に花を咲かせ、それが散った後には芳醇な香りを放つ桜色の実が残されていた。
<< ウマソウナ ニホヒ・・・ >>
<< モウガマンデキナーイ!! >>
花に群がる蟲のように、桃の実へと殺到する宇宙人型達。
もいだ実を両手に携えかぶりつく姿を横目に、その側を素早く走り抜ける。
しかし実につられなかったのか、林道には二体の宇宙人型が林道に残されていた。
思わず走る速度を落としたボクに小ぶりな容器を投げ渡すと、マルの小柄なシルエットが夜道を駆ける。
「それを右の奴に―――メル!!」
『―――!』
<< モガガッ!? >>
「抜き・・・胴ぉーーーっ!!」
碧く輝く水塊が中空に現れるやいなや、左手の宇宙人型の頭部に張り付きその視界を塞ぐ。
続いて駆け寄ったマルさんが桃の木剣を横一文字に振りぬくと、力なく砂利道に倒れこんだ宇宙人型は痙攣した後に菫色の粒子となって消滅した。
それを見届けることなく、ボクは手の中の容器を握りしめ行く手を阻むもう一体の宇宙人型をキッと睨みつける。
こんなボクに―――任せてくれたんだ。
だったら・・・応えるしかないだろ!
「・・・えいっ!!」
<< エンガチョ!? >>
右手を振りかぶり、力いっぱい投げつけた容器は幸運にも、宇宙人型ののっぺりした頭部へ命中していた。
パリンと割れ、中身が付着し強烈な臭気を放つ。
たまらず転げまわり悶える宇宙人型を置き去りにし、ボクは小柄な少年の後について夜道をひた走る。
しかし―――その頭上を追い越し、音もなく下降した葉巻型UFOの巨体が行く手に立ち塞がった!
「光が―――」
「このっ・・・バブルシールド!!」
即座に放たれる怪光線に対し、咄嗟に水幕の盾を展開するマルさん。
特大シャボンのなめらかな表面を滑るように弾かれ、怪光線は砂利道に幾筋も黒く焦げ跡を作り出す。
防御が間に合ったことに安堵したのか、軽く息をつく小柄な少年。
だけど―――ボクは見てしまった。
横合いから密かに接近していた50cm大の小型UFOがボディを震わせ、目にもとまらぬスピードで体当たりを仕掛けるその瞬間を。
目標は―――マルさん。
目を見開き、それを避けようとするが―――間に合わない。
スローモーションのように、白熱化した円盤が胴体へと吸い込まれてゆく光景を前に、ボクは思わず目をつぶる。
きっと―――罰が当たったんだ。
ボクが、ボクなんかが何かに成れると期待してしまったから。
驚愕と無力感に固まったボクの耳元に、なにかが囁きかける。
『―――それは本心か?』
そうだ。
ボクのような存在は、何かを望んだりしちゃいけない。
『―――それが、真実に御子の望みであるならば』
意識の奥底の、深い深い場所からそれは響いてくる。
―――どこか、記憶にある声だった。
ずっと昔からだ。
危機に陥った時など、一瞬気が説くなった直後に見覚えのない場所へ移動している。
ボクはそんな出来事を幼少の頃から幾度となく経験していた。
そんな時、決まって今と同じ―――
傍らに佇む存在をボクは感じ取っていた。
―――その姿は見えない。
今ボクは固く目を閉じているから。
でも―――想像すればすぐ、瞼の裏にシルエットが浮かび上がる。
それは、ボクの胸程の背丈で―――全身をすっぽりとローブに包まれていた。
「あなたは―――ボクの【神使】?」
心の中で自問する。
応える声は低く―――澄み渡った湖面のように穏やかだった。
『御子がそう望むのであれば』
「なら―――」
それなら。
こんなボクにもまだ、できる事があるのなら。
―――脳裏に小柄な少年の、朗らかな笑顔が浮かぶ。
次いで、生まれた時から隣に居た、血を分けたたった一人の肉親の姿も。
こんなダメな自分だけれど、せめて―――
寄せてくれた期待にくらい応えたいと、もう少しだけ頑張りたいと。
そう、思ってしまうのだ。
「どうせ、って結果を恐れて足を止めるより―――」
くじけそうになる心に活を入れる。
今だけでもいい、ありったけの勇気が欲しい!
「出たとこ勝負でもいいから―――進みたいんだ!!」
だから・・・どうか力を貸して、ください。
『御意』
胸に熱が灯る。
目を閉じているのに、はっきりと周囲の状況が把握できる。
マルさんは―――無事だ。
まだ間に合う。
「神業―――」
ボクは目を開く。
力をふるうべき対象をしっかりと見据え、無意識の海から浮かび上がるままことばを発した。
「断絶の枷ッッ!!」
『我が力―――御子の御心と共に』
その瞬間、世界を形作る法則の一つが―――
ほんの僅かとはいえ、しかし確実に書き換わった。
その事実が示す意味をボクが知るのは・・・ずっと後の事となる。
今週はここまで。




