∥004-18 やめられないとまらない
#前回のあらすじ:天狗印のクラマスプレー(消耗品)
[叶視点]
輝く月に照らされ、青く浮かび上がる夜道を歩くこと数分。
かすかな足音を頼りにマルさんの後をついて進んでいると、前触れなく先導者が立ち止まる。
それに気づかず進もうとしたところ顎の先を軽くぶつけてしまい、慌てて頭を下げる。
しーっ、と押し殺した声が上がり、ボクは口を手で押さえ耳を澄ませた。
―――道の先から、砂利を踏みしめる音、ぼそぼそと複数の話し声らしきものが切れ切れに聞こえてくる。
小柄な少年の手招きに従い道端の針葉樹の影に隠れると、ボク達はひそひそと声を潜め囁きあう。
「・・・宇宙人型が数体いるみたい。見張りかな?」
「と、通り抜けられそうですか・・・?」
マルに続いておそるおそる覗き込む。
わだちの残る砂利道に広がるように、6・7体ほどの宇宙人型シング達がたむろする姿があった。
ここからの距離は20m程だろうか、少しの間様子を窺ってみるが、狭い範囲をうろつくばかりで他所へ行くようには見えない。
身をかがめたまま前方を睨みつけていた小柄な少年はひとつため息をつくと、こちらへ振り返り肩をすくめて見せた。
「隙間を抜けるくらいの間隔ならありそうだけれど・・・正直厳しいかな。姿は隠せても足音までは消せないわけだし―――」
「どうしましょうか・・・」
―――ボク達は今、背景に溶け込むように他者からその姿を認識できない状態にある。
よく目を凝らせば違和感くらい感じ取れるのだが、動かずじっとしていればそこに居ると気づくことすら出来ないだろう。
出発前にお姉ち――姉さんが持たせてくれたアイテムの一つ、クラマスプレーの効果によるものだった。
隠身の効果は当分の間は続く筈だが、何時までもこの場で立ち往生している訳にはいかない。
諦めて道を戻るか、若しくはいっそ森を突っ切ってしまうか―――
ボクがそんな思案に暮れている間、マルさんは既に次の行動を起こしていた。
「そりゃっ」
<< ・・・? >>
パリン、と遠くで何かが割れる音に顔を上げる。
見れば、宇宙人型が居る手前あたりの一角に陶器の欠片らしきものが散乱し、林道の路面に広がった液体が月の光を受け白く輝いていた。
それに興味を示したのか、数体の宇宙人型が液体に顔を近づけ―――弾かれたようにびくりと首を引っ込めた。
<< クサイ!クサイ! >>
<< モモタロサン クサイデスヨ >>
何が楽しいのか、顔を近づけては引っ込めを繰り返し、しまいには小躍りしながら液体の周りを回り始める宇宙人型達。
残りの個体も騒ぎに便乗したのかよたよたと近寄り、濡れた路面をぺたぺたと触りはしゃいでいる。
<< ヤメラレナイ トマラナイ >>
<< クサイノニカイジャウ クヤシイ! ビクンビクン >>
手のひらに液体を付着させた宇宙人型が他の個体を追い回し始めた。
わっと歓声が上がり、ばらばらに走り出す宇宙人型達。
何というか、とても楽しそうだ。
宇宙人型達の様子に気を取られていたところを、服の端を引っ張られはっと我に返る。
「今のうちに・・・!」
「えっ―――あ、はい!」
・・・今なら気づかれず通り抜けられそうだ。
足音を立てないよう細心の注意を払いつつ、ボク達は林道を走り抜ける。
曲がり道を越えて宇宙人型の姿が見えなくなるまで進んだところで、ボク達二人はそろって大きく息を吐きだした。
「っは~~~・・・見つからずに済んでよかったぁ」
「臭気球にあんな使い方があるなんて・・・」
凄いです、と尊敬の眼差しで見つめると、ばつが悪そうに黙り込む小柄な少年。
不思議に思い首を傾げると、たははと苦笑いを漏らしつつ彼はくるりとこちらへ振り返って舌を出した。
「いやあ、何と言いますか。・・・ほんとは何個か道に投げて、ニオイで連中を遠ざけようと考えてたんだけどね?」
「・・・逆に引き寄せちゃった、と」
「そうそう」
どうやらあの状況、臭気球を投げた当人にも思いもよらぬ不測の事態だったらしい。
怪我の功名、といった所だろうか。
「ううん・・・でも、やっぱり凄いと思います。廃墟から逃げ出す時もそうだし、ボクにはとても真似できそうにないや」
あの時も、彼は自分の能力と道具を思いもよらない発想で使いこなしていた。
それに比べ―――自分はどうだろうか。
むざむざ敵に捕まり、今もこうしてお荷物になっている。
姉が比較対象であればともかく、マルは【神候補】としての経験も浅く、体格も恵まれているとはとても言い難い。
病弱だったせいか女性と見まごうような体格の自分よりも頭一つ分は下という、なかなかお目にかかれない程の低身長だ。
そんな相手に一方的に助けられている現状に感謝しつつ―――ボクはどこか心の片隅にちりちりと焼けつくような痛みを覚えていた。
これは、嫉妬だ。
助けてもらっておいてこんな感情を抱くなんて。
本当にボクは度し難い。
急激に気分が下降しつつあるボクを知ってか知らずか、前を行く少年はてくてくと歩きながらうーん、と首を捻る。
「んー、別にそんな事ないと思うけどなあ?あれも思いつきがたまたまハマッただけだし、出たとこ勝負でも上手く行けばいいじゃない」
「でも・・・ボクじゃどうせ、上手く行かない」
ついつい自嘲するような口調になってしまい、更に気分が下降する。
もうやめよう、これ以上は本当に嫌われる。
ボクはきゅっと唇を引き結び、もう何も喋るまいと心に決めた。
そんな内心を見透かされていたのか―――
続いて彼が発した一言に、ボクは思わず目が点になってしまった。
「別にいいじゃない、上手く行かなくっても」
「―――えっ?」
「重要なのは失敗した原因を確かめて次に活かすことだしね。チャレンジできるうちは致命的な状況じゃないし、諦めるにはまだ早い」
あっさり声を上げてしまったボクに、歩く速度を落とした小柄な少年が並ぶ。
その表情はスプレーの効果で見えなかったが―――きっと穏やかに微笑んでいた。
「どうせ、ってやる前に諦めるより、やってからどうして、って振り返る方が建設的だし、叶くんのためになるんじゃないかな?結果を恐れて足を止めるよりも、こうして歩き続けてれば―――ほら」
「あ・・・」
道の先に見えた光景に思わず声を上げる。
そこには数時間前に見た―――葉巻型UFOと死霊の軍勢の激戦が展開された草原が広がっていた。
「―――こうして目的地にたどり着けるしね。さ、行こう!」
「は・・・はいっ!」
差し出された小さな手を取ると、ボクは広場に向けて夜道を走り出すのであった―――




