∥004-14 実録!!人肉屋敷の奥底でスカイフィッシュの影を見た!!!
#前回のあらすじ:知らない天井だ(2回目)
部屋から抜け出し、薄暗い廊下を進む。
長い期間放置されていただけはあり、路面の状況はすこぶる悪い。
ひび割れたコンクリート床には大小様々な石片が散らばり、隙間からは繁茂した雑草がところ狭しと背を伸ばしている。
上に目を向ければ天井から垂れ下がった配線や蜘蛛の巣などが点在し、前へ進もうとするぼくに度々足止めを食わせていた。
そうして、何度目かとなる蜘蛛の巣へ頭から突っ込み、ねばつく糸と干からびた獲物の残骸を振り払っていたその時。
右手前方から聞こえた何かをひっくり返すような音にぼくは足を止める。
「物音・・・?」
そのまま油断なく耳を澄ませていると、再び同じ方角からうなり声のようなものを聞き取り、ぼくはそちらへ足を向けた。
少しの間荒れた廊下を進むと、一つの部屋へとたどり着く。
そこは、古ぼけたテーブルが幾つか並ぶ、中程度の広さを持つ一室だった。
砂粒のように埃が堆積したテーブルには流し台が隣接して設けられていた。
水垢がこびり付いた排水口のヘドロのような色合いに思わず目をそらすと、部屋の一角に菫色の燐光が乱舞している光景が目に入った。
「なに、あれ・・・?」
それは4対の翅を両側に持ち、のっぺりと節のない細長い胴体をくねらせながら宙を舞っていた。
形状としては―――細長い胴体を持つトンボのような何か。
ぼくの脳裏に出発前、明さんから受けたレクチャーの内容が蘇る。
(あれは―――確か、スカイフィッシュ?)
―――空飛ぶ円盤を模した【UFO型】、リトルグレイ型宇宙人を模した【宇宙人型】。
これまでに遭遇した他にも、【彼方よりのもの】には様々な種類が存在する。
その多くが超常的な力を有し、また共通して時間凍結空間内での活動を可能としている。
時間が静止した状態で精気を喰われるダメージは生命体にとって致命的であり、通常の戦力では奴らに抗う事が難しい原因にもなっている。
時間凍結下でも活動が可能な【神候補】こそが現在のところ唯一、奴らに対抗しうる存在だという事は、既に皆もご存じのとおりだろう。
―――そして、【彼方よりのもの】が他の形態へ分化する前の幼体期と見られているのが【スカイフィッシュ型シング】なのだそうだ。
それ単体では時間凍結能力を持たず、主に他の【彼方よりのもの】が作ったコロニー内に棲む。
そして獲物――野生動物や迷い込んだ人間――に纏わりつき、少量の精気をかすめ取るのだという。
形状といい動きといい、あれは話に聞いた【スカイフィッシュ型】で間違いないだろう。
体長数㎝程のそれが雲霞のごとく群れを作り、音もなくぐるぐると部屋の内部を行き交っている。
その動きには明確な規則性があり、付かず離れず中心にあるものを取り囲むように包囲していた。
<< フシャアアアアッッッ!! >>
先ほど耳に届いた唸り声が再度響く。
スカイフィッシュ型の群れを前に両前足を床に付け、威嚇を繰り返すのは―――ぼんやりと光る小柄な人影だった。
(誰か襲われてる・・・!?)
だとすれば事は一刻を争う。
ぼくは意を決して部屋へ飛び込むと、掌を掲げて強く念じた。
「・・・メル!!」
『・・・!』
瞬く間に中空に生じた輝く水塊に、一瞬スカイフィッシュ型の動きが止まる。
その隙を逃さず体当たりを仕掛ける。
青い奔流と化したメルは十数匹のスカイフィッシュ型を巻き込み、勢いのままコンクリート壁へと衝突した。
一瞬、建物全体が鈍く軋みを上げる。
衝突と同時に壁一帯へ放射状に広がった後、すぐに収縮して元の水塊へと戻るメル。
後に残されたスカイフィッシュ型はぐったりと力を失ったままぼとぼとと床へ落下し、菫色の粒子となって崩れ落ちていった。
「・・・まだ、やるか!」
残る群れへと掌を向けると、慌ただしく飛び交うスカイフィッシュ型の群れは散り散りに逃げていった。
それをしばらく見守った後に、ぼくはゆっくり息を吐いて強張った全身から力を抜いた。
「ふう。・・・ええと、それできみは―――?」
<< ・・・・・・!? >>
ぼくが近寄ると、人影はびくりと肩を震わせて一歩飛び退く。
その仕草は人間というよりは、警戒心の強い野良猫のようだった。
「―――というか、猫そのもののような・・・これ、何?」
<< ウルルル・・・!! >>
―――暗さのせいでよくわからなかったが、それは人影・・・というより人を象った影そのもののようだ。
人間でいうところの顔のあたりにちろちろと燃えるような光点が二つ、怯えるように瞬いているのが見える。
その姿は、気を失う前に広場で見た亡霊達の姿を想起させた。
ようやくぼくは、明さんから聞いていた注意するべき事項の中に該当するモノがあったことに思い至る。
常設任務の目的地は主に廃墟や遺跡、そういう場所を好むのは何も連中だけではない。
「浮遊霊や地縛霊、それが変じた妖怪が出没する事もある―――ってつまり、これ・・・!?」
<< フシャーーーッッ!! >>
「うわっ!?」
不用意に近寄りすぎたのか、肩をいからせて威嚇音を放った影が一転、部屋の隅へと一目散に走り去る。
あっという間にコンクリート壁の隙間へしゅるりと飛び込むと、それきり気配は消え失せてしまった。
「・・・逃げられちゃった。もっと落ち着いて接した方が良かったかな?」
『・・・』
メルのなめらかな体を眺め苦笑を浮かべると、紺碧色の相棒は無言のままこぽりと小さく気泡を浮かべるのであった。
気を落とすなよ、と慰めてくれてるように思える。
―――何はともあれ、探索を続けた方がいいだろう。
建物内に敵がいることもわかったし、何より目当ての人物を見つけられていない。
ぼくの脳裏に目の前で葉巻型UFOに吸い込まれる叶くんの姿が浮かぶ。(そのすぐ後にぼくも一緒に吸い込まれたが)
あの時、こっそり忍び寄る敵の姿にいち早く気づいて駆け寄ったが・・・ミイラ取りがミイラになっただけだった。
結果としてこうして敵地に潜入できたはいいが、彼も無事とは限らない。
助けるなら急いだほうがいいだろう。
ぼくは決意を新たにすると、きびすを返し部屋を後にするのであった―――
そして無人になった部屋の中。
遠く響くマルの靴音に誘われるようにして、コンクリート壁の亀裂からひょっこりと顔を出したものがいた。
それは人を象っているが、ヒトではない。
目鼻口はなく、目らしき箇所には火花のように燃える小さな燐光が宿っていた。
亀裂からぴょんと降り立つと、すんすんと油断なく匂いをかぐようなしぐさで周囲を警戒する。
やがて、廊下へそろそろと近づき首を出す影。
そこには誰もいない。
しばしの間、じっと廊下の奥に広がる闇を睨むように佇んでいた影であったが―――意を決したように四つん這いの姿勢で歩き始める。
その先は、マル少年が向かった方向であった。
今週はここまで。




