∥004-12 叶の原点
#前回のあらすじ:伝家の宝刀・アブダクション!!
[叶視点]
「じ―――人肉屋敷?」
「そうだ。叶、お前――ーと他の3人には、この場所まで行ってもらう」
あまりと言えばあまりにおどろおどろしいその名称に、思わず顔をひきつらせながら上げた声に眼前の少女が頷く。
彼女の手に握られているのは、学園が発行している常設任務の受領札だった。
長さ8cm程のシンプルな長方形のプレートに、受託済の印と細かい字で場所・注意点など、任務に関する留意事項が記載されている。
中指と人差し指でプレートを挟んだまま、左右に振りながら彼女は説明を続ける。
「場所は日本。N県の山間にある―――まあ、言ってしまえば僻地だな。元は町外れに建てられた商業施設だったが、不況の煽りで潰れた後は野良猫が住みついたり不良が住みついたり、あれよあれよという間に立派な心霊スポットに・・・という至極ありふれたパターンだ。当然、連中もわんさか居る」
「うぅ・・・」
心霊、というワードに自然と身体が縮こまってしまう。
怖いのは、苦手だ。
常設任務とは―――学園が管理している任務の中でも、常に参加を受け付けているものを指す。
全世界で常時発生している突発的な襲撃とは別に、各地には既に「【彼方よりのもの】の巣窟となってしまった」場所が存在する。
それは迎撃に失敗し、犠牲者の出てしまった襲撃場所であったり、奴らの好む環境が整ったポイントであったり―――
そういった場所にヘレンの力で転送して貰い、遭遇する敵を撃破するのが常設任務の主な目的となる。
【彼方よりのもの】の勢力を削る為に必要な行為であり、また安定して収入を得る手段として、【神候補】達からは認識されていた。
そして―――大抵の場合、目的地は廃墟となる。
そういった場所には人由来の残留思念が色濃く残されており、【彼方よりのもの】の中でも小物が好んで寄りつく事が知られている。
・・・それだけならまだ、いい。
小ぶりなUFOやら矮躯の宇宙人が相手なら、身体的な危険はあっても苦手意識まではまだ、無い。
でも―――もし、それ以外のものと遭遇したら?
浮遊霊に地縛霊、滅多に目撃例が無いが―――妖怪。
そういった人外どもが出没する条件を、災難なことに目当ての場所はバッチリ満たしてしまっていた。
イデア学園に在籍する者は、すべからく何らかの形で【覚醒】を果たしている。
つまり―――見えるのである。
うっすらと青白く発光する、目も鼻も口もない人型の物体に追い回され悲鳴を上げたあの日のことは忘れたくても忘れられない。
その時は確か、任務を放り出しその場から逃げだした末。自室で―――
「おい―――おい!聞いてるのか?」
「あっ・・・ご、ごめんなさい!」
ついつい回想に浸り過ぎたらしい。
たしなめるような鋭い姉の一声に僕はぎくりと身を震わせる。
おそるおそる視線を上げると、黒縁眼鏡の奥からブラウンの瞳がじっとこちらを見つめていた。
そんなことは無いとは思いたいが、ついついその視線に非難の色が混ざっていると感じてしまう。
身体が無意識に強ばり、猫背のまま僕は椅子の上で小さくなる。
そんな内心を知ってか知らずか、姉は少しの間じっとこちらを伺うと、ひとつ息を吐いてから再び口を開く。
「―――聞いているなら、良い。続けるぞ」
「うん・・・」
「現場は町外れの丘陵地、しばらく放置されているせいか随分と荒れ放題のようだ。当然、道も整備されてないから覚悟しておいた方がいいぞ。最初は周辺を回ってはぐれ個体があれば蹴散らして、最後に廃墟を攻略する。ここまでで何か質問は?」
「あ、えっと―――お姉ちゃ・・・姉さんは、ついて来てくれるの?」
「お前たちだけで十分だろう」
「そんな・・・!」
素っ気ないその一言に、思わず悲鳴のような声を上げる。
姉は、何も言わずじっと僕を見ていた。
その視線に、続けようとした抗議の声も尻すぼみとなってしまう。
ごにょごにょと蚊の鳴くような呟きを喉の奥に押し込めると、僕はうつむいたまま黙り込んだ。
しばしの間、部屋に静寂が満ちる。
しんと静まり返った部屋の中、じくじくと羞恥心と自分への怒りが胸の内に広がってゆく痛みに僕は悲鳴を上げそうになる。
―――どうして、僕はこんななんだろう。
静寂に必死に耐える間、劣等感と無力感の海に沈むように気分がどんどんと下降してゆく。
きっと―――こんな僕を姉は苦々しく見つめているだろう。
涙が零れそうになるのを堪え、服の端をぎゅうと強く握りしめ俯いていると、やがて小さく息を吐く音が聞こえた。
「―――今回だけだぞ」
「・・・!?」
ぎぎ、と椅子を引く音が響く。
慌てて顔を上げると、立ち上がった姉が椅子を戻し、そのまま振り返らず部屋の外へ歩いてゆく所だった。
「少し出てくる。そのうち新入りがここに来るはずだから、適当に出迎えでもしておいてくれ」
「待っ―――」
何か声を掛けようとするが、開いた口からは何も出てこない。
そうこうしているうちに木製の簡素なドアが締まり―――僕は部屋に一人残された。
伸ばしかけたその手の先で周囲の景色が暗転し、僕は光ひとつ差さない暗闇の中に取り残される。
そこでようやく、これが自分が見ている夢の中なのだと僕は理解した。
「・・・お姉ちゃん」
脳裏に姉の姿が浮かぶ。
最初に思い浮かべるのは、病床から見上げるまだあどけなさの残る姿だ。
当時、僕は虚弱体質だった。
頻繁に体調を崩し、高熱を出しては寝込んでを繰り返していたという。
―――伝聞調なのは、自分でもその頃の事をあまり憶えていないからだ。
あの頃はまだ両親も健在だった筈だが、仕事で忙しかったせいか記憶に残るのは心配そうに覗き込む姉の顔ばかりだ。
月日が経ち、次第に体調が落ち着くようになってからも僕はもっぱら金魚の糞のように姉について回っていた。
行く先々で小石に躓いては転び、陽に当たり過ぎて寝込み、ウルシでかぶれた手の痛みにわんわんと泣き喚いた。
思い返すと本当に、考え得る限りの迷惑を掛けていたのだ。
そんな自分を姉は甲斐甲斐しく泣き止ませ、痩せぎすの僕をおぶさり家路につくのだった。
よくもまあこんなお荷物の世話に心が折れなかったものだとつくづく思う。
頻度こそ減ったが、時折寝込んだ折に見上げる顔はやはり姉のそれであった。
―――彼女は、とても美しいひとだ。
十年足らずの短い間ではあるけれど、これまで姉より綺麗な人を僕は見たことが無い。
成長の半ばにも関わらず、将来の美貌の片鱗を覗かせるその目鼻立ちは既に完成された美術品のようだった。
濡れたように輝く濃茶の瞳は、見る者を例外なく引き付ける引力を放っているかのようだった。
おぼろげにしか覚えていない母親も、人づてに聞いた話では綺麗な女性であったらしい。
そんな姉はひそかに僕の自慢であり、同時に耐えがたい苦痛をもたらす『毒』でもあった。
―――なぜ双子でこうも違うのか。
事情を知らない人が見れば、僕達は2・3は歳の離れた姉弟だと思われるであろう。
髪、瞳の色、身長、体格、性格。
その総てが僕にとっての理想像であり、他者に比較される度に決してたどり着けない大きな壁として、強烈なコンプレックスを刻み付けた。
―――そんな彼女が、自分の容姿を隠すようになったのはいつの頃からだろうか。
決定的な転機は、故郷の農村から首都圏へと移り住んだあの時だ。
姉は同郷の伝手を頼りに居候を始めた家で、目元が丸ごと隠れる大ぶりな黒縁眼鏡を常に身に着けるようになった。
記憶に残る限り、姉の視力が落ちたという事は無かった筈だ。
服装も体型のわかり辛い、地味なものを意識して選んでいるように見えた。
急激に訪れた姉の変節に、僕は戸惑うと同時に奇妙な優越感を覚えていた。
あのひとの本当の姿は、僕だけが知っている―――
そんな屈折した想いを燻らせながらも、僕が完全に腐らずに済んだのはひとえに、姉に恥じない自分でありたいと最後の一線を踏み越えなかったからだろう。
尤も、今でも迷惑を掛け続けている自分がたまらなく嫌なことには変わりがないのだけれど。
あの当時の姉が何を考えていたのか―――
それは、現在に至るまで聞けずにいる。
何に悩んでいるのか、彼女の身に何が起きたのか。
話してくれない事を、僕はとても寂しく思っていたのだ。
「だって・・・僕たちは世界で唯一残された、二人だけの家族なんだから」
にじみ出た涙が一滴、目の端をつたって流れ落ちた。
・・・意識がゆっくりと、覚醒に向かうのを感じる。
うっすらと瞼を開けると、知らない天井が広がっていて―――
そこには僕を覗き込む誰かのシルエットが映っていた。
「―――お姉ちゃん」
無意識にそう呟く。
何時までもこうしてはいられない。
せめて、あの人の隣を歩けるように。
僕は涙をぬぐうと、冷たい床に手をついて起き上がった。
何て声をかけようか、迷いながら先程のシルエットに目を向けると―――
<< オキタ オキタ >>
<< マチクタビレノスケ >>
―――そこには3体の宇宙人型シングがいた。
口から出かけた挨拶が引っ込む。
宇宙人型達はぱちくりと目を瞬かせると、互いに顔を見合わせた。
<< ナンフンマッタ? >>
<< ジラサレルノモ マタイッキョウ >>
<< ジュクセイサセルト ウマミモイッパイ >>
「な、な、な―――」
混乱するまま周囲に視線を走らせる。
ひび割れたコンクリートの床、配管がむき出しの壁、割れて破片の飛び散った窓ガラス。
荒れ放題の部屋だった。
―――廃墟と言っていい。
そこでようやく、意識を失う前最後に見た光景を僕は思い出した。
頭上に迫る葉巻型UFO、光の柱、必死の形相で駆け寄ってくる小太りの男の子。
ここは―――奴等の拠点の、中!?
<< ドウスル? >>
<< ニタリ ヤイタリ >>
<< ソノママイクノモ オツナモノ >>
<< ビショウネンハ ナマデモイケル >>
顔面蒼白のまま表情をひきつらせる僕を前に、宇宙人型達の口が限界まで開かれる。
つるりとした表皮の内側には、ヤスリのような細かい歯がびっしりと並んでいた。
<<< イタダキマーーース!!! >>>
「ひゃああああーーーッッ!!??」
絶体絶命の危機を前に、僕は目を固く瞑り絹を裂くような悲鳴を上げるのであった―――
今週はここまで。




