∥004-09 王様と詐欺師
#前回のあらすじ:高レアきたよ!
―――ングウォレカラは、ファン族の伝承にその名を残す悪霊たちの王である。
ボサボサの髪、醜く垂れ下がった鼻に腫れ上がった厚ぼったい唇という異様な姿で現れ、無数の悪霊を己が配下として意のままに操るという。
コンゴに伝わる精霊を降霊術によりその身に降ろす、シャーマンとしてアルトリアが扱える最強の力と言える。
だが―――
『断る』
その力を、彼女はまったく扱えていなかった。
「・・・理由をお伺いしても?」
厚く層を成した黒雲により闇に閉ざされた森の中。
悪霊達が放つ燐光により、青白く浮かび上がったジャージ姿が放つ問いかけに、整然と並んだ戦士達はくぐもった笑いで応える。
くつくつと響く声の中、実につまらなそうに人骨の玉座へふんぞり返ったゴリラ―――もとい、悪霊の王の憑代となったアルトリアが口を開く。
『くだらん。興味が無い。そもそも我は死者の王であって生者なぞ気まぐれに惑わす程度の存在に過ぎぬ。叶えたい望みがあるのならば自分でやれ』
「・・・・・・なるほど」
取りつくしまもないその態度に、ぼくはは内心らはらしつつ背後の様子を覗う。
明が言っていた『空中戦に長けた精霊』が現在、アルトリアの肉体を占拠している存在なのだろうが―――あの様子ではとてもじゃないが協力なぞしてもらえそうにない。
では、どうするのか―――?
ぼくは何か良い手はないものかと、思考をフル回転させつつ手ひどくふられたばかりの明の様子へと意識を向けた―――その時。
「つまり―――怖いんだな?」
ぼくは思わずぎょっとした。
落ち込んでいるのではと思っていた彼女の表情が―――薄く笑っていたからだ。
『なんだと?』
<< ザワザワ・・・ >>
ぴくりと眉をしかめる悪霊の王。
さざ波のように鬼火達の間からざわめきが漏れる。
そんな死者達の様子をあざ笑うかのように、黒縁眼鏡の少女は半月型の笑みを貼り付けたまま、芝居めいた大仰なしぐさで肩をすくめた。
「だってそうでしょう、貴方は音に聞こえた亡者の王で、率いる軍勢は一騎当千の兵ぞろい。なのにやりたがらないとなれば―――合理的な結論はひとつ」
明はゆっくりと片手を上げ、空の一点を指し示す。
そこには混乱から立ち直り、菫色の燐光を纏い空に浮かぶ葉巻型UFOの一群の姿があった。
「ビビッたんだな?―――まあ無理も無い。奴等は図体がでかい、それに鳥より早く飛べるし、仲間だって呼べる。ちゃちな弓矢でぺしぺし撃ったところで蚊が刺したほどにも効かないだろう。ならしょうがないさ」
<< ・・・!・・・!! >>
<< トリケセ・・・! >>
コミカルな仕草で弓を放つジェスチャーをとる明へ向け、ぶわっ、と悪霊の軍勢から濃密な殺気があふれ出す。
青白い燐光を放つ眼窩から刺すような視線が放たれ、今や広場を埋め尽くす死霊たちの注視は一人の少女へ集められていた。
―――やりすぎだ!
挑発して譲歩を引き出そうという狙いはわかるが、あまりの緊迫感にさっきからずっと冷や汗が止まらない。
ぼくはさっきとはまた違う意味ではらはらしつつ、背後の趨勢を見守る。
視線の先の彼女は、馬耳東風といった涼しい表情で薄笑いを浮かべつつ更にこう続けた。
「―――取り消す?事実でしょうに。現に貴方がたは我が物顔で空を埋め尽くすデカブツをただ指をくわえて見てるだけじゃないか」
<< ブジョク・・・! >>
<< コロス・・・!! >>
「ははははは、おやまあすごい殺気だこと。肌を刺すくらいビンビン伝わってくるね。―――連中には手も足も出ないくせにさ」
小娘一匹脅す度胸はある訳だ―――。
と両手を腰に当て、ねめ上げるようにして挑発的に微笑む明。
ぞくりとするほど美しいその姿を、不機嫌を通り越して完全な無表情で眺める悪霊の王。
玉座の上から底冷えするような声が響き、おびえるように鬼火達がちろちろと青白い光を瞬かせた。
『結局何が言いたいのだ、貴様は』
「何も?だがしいて言うのなら―――」
薄笑いを消し、真顔になった明が続ける。
「男なら、兵の自覚があるのなら―――もっと強い相手に挑めよ。こんな所でクダ巻いてないでさ。それとも・・・お前等の槍は奴等相手にゃ通用しないのか?」
<< アナドルナ・・・! >>
<< ワレラノキバハ、スベテヲヒキサク・・・!! >>
『静まれ』
死霊の軍勢は興奮のあまり立ち上がり、脚を踏み鳴らし槍と楯を高く掲げる。
騒然となりかけた広場は、唐突に上がった王の号令によりぴたりと収まった。
広場に再び静寂が満たされる。
静止の一声を放った悪霊の王は、脚を組み替えると表情を消したまま眼前の少女へ問いかけた。
『・・・安い挑発だな、貴様の魂胆なぞ見え透いておるわ。部下どもは浮足立っておるようだが―――そうはゆかん。少なくとも我にとって何の利にもならん些事に指一本動かしてやる気なぞ毛頭ないわ』
「メリットが無ければ動く気は無い、と?」
『無論』
玉座の上でアルトリア――に憑依したモノ――が薄く笑う。
元より協力する気など無いし、交換材料を提示されても難癖つけて断ればいい。
眼前の小娘が悔しがる様を脳裏に浮かべつつ、悪霊の王はこう続ける。
―――その小娘の口元が、ひそかに微笑んでいることを知らずに。
『そも、貴様のような小娘に我の心を動かす程の財を用立てる術なぞあろうはずも無いがな』
「対価なら―――ある」
再び、周囲にどよめきが広がる。
鬼火が放つ青白い燐光に照らし出された広場の中心で、死霊たちの視線は少女が取り出した―――掌の上で輝く拳大の宝玉へと注がれていた。
遠目ではっきりとわからないが―――あれは【魂晶】だ。
この距離からでも、その内部に凝縮された濃密なエネルギーをはっきりと感じる。
死せる存在にとってもその力は魅力的なのか、つい先程まで怒りに染まっていた鬼火たちの色は、今や好奇に満ち溢れたそれに変じて周囲を染め上げていた。
掌上の【魂晶】を高く掲げ、少女は不敵に笑う。
「秘蔵の一品だ、これ一つで数万G換算にはなるだろう。【彼方よりのもの】はこちらの世界から消滅する際、肉体を構成する霧を含め高次元世界から漏れ出た物質が残されることがあるが―――そこには凄まじいエネルギーが凝集されている。利用価値はそれこそ千差万別、私達が神化に使ってるようにな」
『・・・最初からそれを餌に、我と交渉する氣であったか』
これまでの流れが全て目の前の少女が立てた筋書きの上だったと気付き、うめくように吐き捨てる悪霊の王。
その内心は穏やかならぬものだろうが、視線は煌めく宝玉を捉えて離さない。
そんな様子に内心ほくそ笑むと、にっこりと柔和な笑顔を浮かべ明は小さく首を振った。
「滅相も無い。これはあくまで勝者に与えられる名誉の証、御身はあくまで―――頭上に立ちはだかる不敬の輩を誅するだけでございます」
『よく言うわ、女狐めが』
多分に呆れを含んだその言葉に、彼女はお褒めにあずかり光栄、とつぶやくと、居住まいを正し深々と頭を下ろすのであった―――
今週はここまで。




