∥004-08 実家を乗り越えた先に
#前回のあらすじ:ガチャはわるいぶんめい
「フ―ー―フフフ、フハハハハハハ!!」
月夜を背景に飛び交い、怪光線を浴びせてくる葉巻型UFOを相手にすること数分。
突如として湧き上がった哄笑に、思わずぼくは背後を振り返る。
果たしてそこには、青白い月の下高笑いを上げる―――ゴリラがいた。
間違えた。
確かにゴリラ顔だが彼女はれっきとした白人系女性・・・つまるところ人間だ。
首と両腕をだらりと下げた姿勢のせいか、ダークブロンドの頭髪に覆われその表情は現在位置ではうかがい知れない。
しかし、その下に覗く歯をむき出し歪む口からはくぐもった笑い声が漏れだしており、明らかに尋常でない変化が彼女に起きていることが見て取れた。
異様な雰囲気に眉をしかめつつ様子を見守っていると、彼女の背後に怖気をふるうような強烈な気配が集まり、一つの像を結ぶ。
それはざんばら髪に狂笑を浮かべた―――半裸の黒人男性の姿だった。
「来たり!来たり!我は来たり!!!」
「くっ!?」
「ひゃう!?」
ごう、と猛烈な突風が突如として巻き起こり、周囲に土煙が立ち込める。
思わず目を瞑ったぼくが再び両目を開いた時には、それまでの綺麗な月夜が嘘のように上空を分厚い黒雲が覆い尽くしていた。
月明かりによりかろうじて視界が保たれていた森は、墨をぶちまけたかのようにあたり一面漆黒に包まれている。
黒一色となった視界の端、もぞりと蠢くなにかを感じたぼくはそこへ意識を集中させた。
鬼火だ。
心凍てつくような色で燃え上がる焔が、ちろちろと青白い尾を引きつつ宙を横切ってゆく。
更には、無数の鬼火の群れが何時の間にか周囲を満たし、静寂に包まれた広場をほの青く染め上げていた。
その中心には哄笑を上げるアルトリアが―――
否。
彼女の肉体を借り顕現したモノが、その背後からぎらぎらと青白い眼光を放ち周囲を見下ろしていた。
もはや明確な像を結んだ怪人は壮年の痩せこけた男の姿で、夜の闇に溶け込むような色合いの肌にはびっしりと得体の知れない刺青が刻まれている。
くせの強いちぢれ毛は肩口まで乱雑に広がり、醜く垂れ下がった鼻の表面には吹き出物により細かな凹凸が浮き出ている。
見る者をぞっとさせるようなその笑顔は奇妙な引力を孕み、雷火のように輝く二つの眼窩からぼくはしばし視線を外すことができないでいた。
やがて哄笑が収まると、辺りを睥睨した怪人はうってかわって消え失せた表情のまま口を開く。
『控えよ』
「「「「―――!!?」」」」
その言葉は、物理的な圧力を伴って大気を震わせた。
ぼくを含めた【神候補】達は皆一様に膝をつき、得体の知れない恐怖感に全身を硬直させている。
同時にバブルシールドも解除されていたが、怪光線がぼくの身体を焼くことは無かった。
葉巻型UFOの群れも同様に墜落寸前の様相をていし、大混乱に陥っていたからだ。
その様をゆっくりと見渡し、満足したようにひとつ頷く乱髪の怪人。
乱れ髪の奥に輝く冷徹な光を細め、再び蟇が鳴くような声で言葉を続ける。
それとシンクロするようにアルトリア嬢の口も動き、重なった声色は音一つなく静まり返った夜の森を満たした。
『我こそは悪霊の王、世を混沌に満たし君臨するもの―――ングウォレカラである』
<< オォ・・・・・・!! >>
葉擦れのようなざわめきが鬼火達の間に広がる。
それは王の君臨を祝福する、冥府の臣民たちが上げる歓声だった。
何時の間にか更に数を増し、人の輪郭を取った鬼火達は首を垂れ、アルトリアを中央に整然と跪いていた。
手に槍や弓を携えた戦士、呪術師とおぼしき奇妙な装飾と木彫りの仮面を付けた者達など、そのいでたちは実にバリエーションに富んでいる。
その列の間を二体の骸骨が進み、無言のまま王の御前へと進み出る。
アルトリアの前で立ち止まった骸骨は地面の上へと折り重なり、またたく間に2人分の人骨で構成された玉座へと変貌した。
満足したようにうなずくと、その上へと体重を預けるアルトリア。
その姿はまさしく魔性を総べる存在―――魔王そのものだった。
「頂の魔王―――ングウォレカラ様とお見受けいたします」
死霊の軍勢が集う謁見の間と化したその空間へ、一人の生者が足を踏み入れる。
紫紺のジャージを身に纏った少女は玉座の前まで歩みを進めると、うやうやしく臣下の礼をとった。
玉座の手前に控える戦士の死霊が立ち上がり、槍を交差させるがアルトリアが片手を上げそれを制止する。
手すりに頬杖をついたまま眼前に佇む明をしばし眺めると、彼女はふん、と興味なさげにひとつ息を吐いた。
『何用だ、小娘』
「―――お初にお目にかかります。私、会取明と申します。不肖の身ながら、御身の憑代であるアルトリア=ジャーミンとは寝食を共にする間柄でございます」
『ふん―――』
玉座の上で脚を組み替え、アルトリア(へ憑依したモノ)が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
『ぺらぺらと口が回る、貴様の事なぞ興味は無い。言いたいことがあるならとっとと話せ―――余は気が短い』
頬杖をついたまま、半眼のまま実につまらなそうに告げるアルトリア。
普段なら絶対に見せないであろうその姿に、本当に全く別の人格が宿っているのだと驚きを深めつつ、ぼくは固唾を飲んで二人の様子を見守る。
先程から思い切り上から目線なアルトリアの態度に、爆発でもしやしないかと内心ひやひやしつつ明の背中を見つめる。
しかし彼女は一向に意に介さぬ様子で顔を上げる。
「ご発言を許可頂き誠に有難うございます。此度は殿下に奏上したい儀がございまして参上した次第にございます。つきましては―――あちらに居並ぶ悪逆の輩、異次元世界よりの侵略者【彼方よりのもの】を殿下のお力にて悉く滅ぼして頂ければ・・・と」
澱みなくすらすらと、ぼくであれば2・3度は噛みそうな長文を唱える明。
その内容に驚愕する皆を尻目に、彼女は言葉を切ると不敵な笑みを浮かべるのであった―――
今週はここまで。




