∥004-06 ふえるしんぐちゃん
#前回のあらすじ:スキルは人それぞれ
[アルトリア視点]
「はっ―――!?私ったら、一体何を・・・」
ガバッと勢いよく起き上がる。
後ろ手に体重を支える細かな毛に覆われた両手に、かさりと触れるものを感じ視線を下ろす。
そこには体重でならされたのか、平らに圧し潰れた熊笹のマットレスが敷き詰められていた。
そのまま周囲をぐるりと見回す。
現在地から一直線に、こちら側へへし折られ折り重なった大木がずらりと並んでいる。
中央の下草は通り過ぎた何かによってきれいに吹き飛び、露わになった土肌がこの光景を作り出した元凶がどこを通過したのかを如実に物語っていた。
「ひょっとして―――私また、やっちゃった?」
「そうだな」
背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
環境破壊どころではない惨状に茫然と一人ごちると、横合いから突如上がった合いの手にぎょっと声の主を見返す。
そこには野暮ったい紫紺のジャージを身に纏った、亜麻色の髪の少女の姿があった。
明は幹の半ばからへし折れた木々を見渡すと、やれやれといったふうにひとつため息をつく。
しかしこの光景について特に追及する気は無いらしく、興味なさげに視線を外すとこちらへと向き直った。
「森はヘレンが後で何とかするだろ。それより今優先するべきなのは―――上だ」
「上?」
<< トゥリ トゥラ >>
<< トゥリ トゥラ >>
明が指差す先をつられて見る。
そこには夜空を覆うように菫色のスペクトラムを振りまき飛び交う―――葉巻型UFOの群れがあった!
「1,2,3,4・・・なんか多くない?」
「6体は居るな」
―――いつの間に増えたのよ!?
理不尽な状況に思わず突っ込むと、明は軽く肩をすくめてみせる。
「私達がちまちま宇宙人型の相手をしてる間に増援を呼ばれたらしいな。サイズがサイズだけに大した圧迫感だ―――そら、来たぞ」
<< トゥリリリ――!! >>
「きゃあああ!?」
編隊を組み飛行する葉巻型UFOのうち一体がわずかに高度を落とし、楕円形の胴体から数条の怪光線を放つ。
思わず目を瞑り屈みこむが、直撃コースを辿ったように見えた攻撃はいつまで経っても到達する様子が無い。
おそるおそる目を開けると、球状の水の膜が私達の身体をカバーするように広がり、投射されるビームを遮っていた。
更に幾度かの攻撃に晒される紺碧色の水膜だが、何事も無かったかのように月の光を受けてらてらと艶を放っている。
その手前には、水の膜に向けて両手をかざす小柄な少年の後姿が見えた。
「・・・流石はバブルシールドだ、ビームくらいじゃ何ともないぜ!」
「た・・・助かったわ、ありがとう」
「どういたしまして―――とは言え、このままじゃジリ貧ですね」
彼―――マル少年は私達の無事をみとめるとほっとしたように笑顔を浮かべる。
どうやら今の攻撃を防いだ水膜は、彼の力によるものらしい。
マルは私達の無事を確認すると、再び水膜へ向き直る。
再び両手を掲げ防御の維持へと意識を戻したその背中は、人一倍小柄ながらなかなかに頼もしいものだった。
「・・・ガンニョムネタ挟む余裕があるなら、当分は放っておいても問題ないんじゃ?」
「本当に放置されると困るんで早急になんとかしてくださいおねがいします!」
そこへぼそりと呟やかれた容赦のない一言に、本当に放置されては敵わないとばかりに悲鳴が上がる。
ちなみにガンニョムというのは、寮の仲間の言によると巨大ロボットを操る少年の戦いを描いたカートゥーン作品の名前―――らしい。
なんでも世界各地に熱心なファンがおり、先程のような作中用語でのみ会話する集まりもあるのだとか。
・・・それはともかく。
こうして軽口を叩きあってはいるが、彼の言うとおりこのまま守りに徹したところで埒が明かない。
何かいい打開策は―――
そんな事を考えていた所を、何者かがぽんと肩を叩く感触に私は顔を上げる。
―――そこには半月型の笑みを貼り付けた明の姿があった。
「私にいい考えがある」
月の光を受け黒縁眼鏡がぎらりと光る。
低く告げられたその一言に、何故か悪寒を感じ私は人知れず肩を震わせるのであった―――




