∥004-01 少年は僻地へ向かう
#前回のあらすじ:ジャージメロン、それと猫
深夜。
上空に浮かぶ月はうすく弧を描き、白くたなびく雲を青白く染め上げている。
その下に広がる鬱蒼とした森の木々は青々とした葉を茂らせ、仄かな月の光にその輪郭を浮かび上がらせている。
更に下へと目を向ければ、地面が見えぬほどにびっしりと熊笹の生息地が広がり、葉の上には一匹のヤブキリが羽根を持ち上げ、今まさに夜の調べを奏でんとする姿があった。
しかし―――周囲を満たしているのは耳が痛くなる程の静寂であった。
大ぶりな枝を離れ、落葉するシイの葉は下生えの上に影を落としたまま空中に縫い留められていた。
糸に絡め取られた雀峨にその牙を突き立てようと覆いかぶさる絡新婦は、牙をむき出したまま凍り付いていた。
木々も、草花も、虫達も、その総てが切り取られた一枚の絵画のように静止していた。
―――『時間凍結』。
通常の物理法則を超えるこの現象こそが、高次元世界より飛来する【彼方よりのもの】がこの場に居る事実を如実に証明していた。
そして、その脅威に対抗する存在も―――また。
「気を付けろよ、反応からしてそろそろ遭遇する筈だ」
「便利ですねそれ・・・バスの時は何で誰も持ってなかったんだろ?」
「それはまあ、彼奴等が来ると分かっているのならば、態々手荷物を増やす道理も無いですからな」
動くものなど何一つ無い筈の空間で、荒れた砂利道を踏みしめ進む小集団がそこにあった。
頭数は5、先頭には手のひら大の板を覗き込む長身の少女が一人。
その右後方には両腕を組み悠々と進むシンプルな着物を纏った男性―――何故か着ぐるみの頭部を被っている――が一人。
更にその横手をちょこまかと周囲に視線を散らしながらついて行くのは―――
我等が主人公・丸海人その人であった。
先程注意を促した、すらりとした体躯を地味なジャージ上下に包んだ少女―――会取明は会話を続けつつ、きびきびとその歩みを進める。
脚の動きにつられ、たっぷりとした臀部を包むジャージが左右に揺れる様を思わず注視しそうになり、ぼくは慌てて視線を横にずらした。
するとその先には間の抜けた表情の猫頭―――寅吉の顔と、その後ろに隠れるようにしてついて歩く白髪の少年―――叶の姿が。
何ともまあ、バリエーションに富んだ面々だとしみじみと感じ入っていると、前方より凛とした声が再び上がり、ぼくは胡乱な考えを打ち切り先頭を進むジャージ姿へと向き直った。
「【彼方よりのもの】の中でも小物は残留思念―――土地やモノに染みついた精神エネルギーへ集まる。逆にそういう手合いは人間の生息圏から離れる傾向があるから・・・」
「廃墟とか、道路脇の放置車両だとか、そういう所は連中の巣になってる事が多い―――だったわよね。最初の頃よく言われたわ」
「ふむふむ、それって例えば―――心霊スポットとか?」
「・・・ひっ!?」
新入り向けと思われるその説明を引き継いだのは、世にも不思議な二足歩行するゴリラ―――ではなくアルトリア嬢だった。
人目が無いせいか、平素より落ち着いた様子でぼくの後方を歩くその姿は今日もとってもイケメンだ。
そして何気なく入れた合いの手に可愛らしい悲鳴が上がり、視線を戻すとそこには落ち着かない様子でかぶりを振る叶君の姿が。
何だか申し訳ない気分になり、華奢な肩をぽんと叩くと少年は顔を上げる。
長く伸びた前髪の間には紅くきらめく大ぶりな瞳が揺れていた。
綺麗だな、と思いつつぼくは意識して明るい調子で声を掛ける。
「ごめんごめん、ただそういう場所に多そうだな・・・って思っただけだから、気にしないでね?」
「いえ・・・その、今向こうで何か光ったような―――」
「止まれ」
小首を傾げ、おそるおそるといった様子で進行方向を指差した叶少年の表情に緊張が走る。
弾かれるようにして視線を戻すと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「―――どうやら、お出ましのようだ」
「UFO・・・!」
夜空を横切るように2つ、5m大の菫色の光が音も無く高度を下げ、少し先の開けた空地へ音も無く降り立つ。
いつでも動けるよう身構えつつ見守っていると、葉巻型の胴体部が音も無く開き、その中から小柄なシルエットがふらりと歩み出た。
全長60cm程、その表面はてらてらと不可思議な光沢を帯び、か細い手足に不釣り合いな大きな頭部には濡れたように黒く、大きな目が二つ、間隔を開けて並んでいた。
その姿は正しく―――
「う・・・宇宙人!?」
夏の特番でお馴染みのグレイ型宇宙人そのものであった―――!!
今週はここまで。




