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お釜大戦  作者: @FRON
第三章 ようこそ揺籃寮へ!
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∥003-09 故アルトリア=ジャーミンとその家系に関する事実(下)

#前回のあらすじ:SANITYが足りてないようですね・・・



[アルトリア視点]



「誰だ!今撃った奴は!」「そう遠くへは行ってないはずだ―――探せ!」「糞っ・・・あのエテ公!見つけたらふんじばってやる!」



私が潜む低木の茂みへ複数の男達が砂利を蹴散らす音と、夜の闇に灯る松明の赤い光点が近づいてくる。

息を殺し身を屈めると脇腹から鈍い痛みが走り、思わず漏れそうになる声を歯を食いしばって必死に押し殺した。


頭の髄に響くようなずきずきという痛みに耐えつつ(そら)を仰ぐと、頭上には呆れる程の星空が広がっていた。

その美しさに心奪われ、痛みも忘れしばしの間見入る。


これほどの星空を見たのは一体、いつ以来の事だったであろうか。

ふとそんな疑問が浮かび、それが窓を開けることすら無くなった呪われた18歳の誕生日以前である事実を思い出し、思わず陰鬱な気分になってしまう。


―――コンゴの夜は闇が深い。


外洋貿易の要所であるマタディにおいてもそれは例外ではなく、木陰から見下ろすコンゴ川の水面は塗炭のごとく一面の闇に覆い尽くされている。

川べりに点在する民家は人のいとなみを示す橙色の灯を放っているが、その光量は暗闇を振り払うにはあまりにか細く、アフリカが未だ人類の生存に適さぬ試練の地である事実を如実に表していた。


だが―――この暗さは身を潜めるには好都合だ。


私は深く息を吐くと、今の状況に至るきっかけとなったできごとを思い起こすのであった―――




 ・   ◆   □   ◆   ・




「・・・ここね」



私は植民地(コロニアル)様式の洋館を見上げると、誰に聞かせるともなくそう一人ごちた。

続いて注意深く周囲を見回し、誰も目撃者が居ない事を確認する。


尤も、今の私はサシャ地のローブですっぽりと全身を覆い隠している。

醜く変貌した肉体を人目から隠す為の苦肉の策だが、正体を隠して行動するにはかえって好都合ではある。


―――内地にコーヒー農園を所有するベルギー人の屋敷に目的の人物が居ると判明したのは、今から2日前のことであった。


あの日、コンゴに漂着した英国人(フィリップ)を名乗る奇怪な男の言葉に従うことを決意して以来。

私はそれまで以上の熱意を以って()()()()に関する情報を収集していた。


鏡に映る類人猿めいた小男がしわがれた声で語る内容によれば、私の先祖―――英国貴族ジャーミン家はコンゴ奥地への探検の折、かつて密林の奥地で権勢を誇った()()()部族の末裔と接触を持ったらしい。

探検の帰路には部族の一員も同行し、ウェイド=ジャーミンは対外的にはポルトガル人と偽り子を成した―――それが全ての始まり。


謎めいた密林の民との混血であるフィリップは、彼の母親からひとつの『使命』を託されていた。

彼女の祖先が別氏族により滅ぼされた際、石造都市より奪われた秘宝――『()()()()()()()()()』――の奪還である。


私はフィリップの命じるままにあらゆる伝手をたどり、彼の母親の先祖を殺戮した氏族の若者が故郷を飛び出し、ベルギー人の豪農が所有する別荘で働いている事実を突き止めた。

―――そこから先は直接会って確かめる必要がある。


短い回想を打ち切り、私は屋敷の周囲を歩き回り乗り越えられそうな柵の低い箇所を見つけ出す。

今の肉体になってから奇妙に湧き上がるようになった()の助けを借り、私は2mはある木製の柵を軽々と飛び越え屋敷の敷地内へと降り立つのであった―――




 ・   ◆   □   ◆   ・




「それで結局見つかってるんだから、ざまあ無いわよね」



自嘲交じりにつぶやくと、それを肯定するように脇腹がじくりと痛む。

あれからどれだけの時間が経っただろうか、少なくとも夜はまだ明けていない。


周囲には松明の光は見当たらない、動くのなら今を置いて他に無いだろう。

私はゆっくりと立ち上がると、やぶをかき分けて移動を開始した。


途中何度か蜘蛛の巣に引っかかり、内心泣きそうになりつつ粘ついた糸を振り払う。

そうやって何度も喉元まで出かかる悲鳴を押し殺し、あえて茂みをぬってじりじりと進む。


永遠に思える逃避行を続けるうちに、木立が切れ轍の残る道路が視界に入った。

かなり大きい、恐らく内地の農場から港へ物資を運ぶ流通路の一つであろう。


松明の灯は見えない、今なら大丈夫だろう。


私はひとり頷くと足音を殺し、道路を横断し始める。

―――その時であった。



「あそこだ!誰か居るぞ!!」


「・・・!!?」



突如、横手から上がった男の声に反射的に立ちすくむ。

数瞬後に我に返って走り出した私だが、その時には既に手遅れであった。


道路を渡りきるまであと一歩という所で、背後から空を切って飛来した何かが背中に衝突する。

そのショックに思わず唾混じりの呼気を吐き出すと、私は走行中のスピードのまま道路の脇に続く茂みへと飛び込む。


その先は急斜面であった。



「~~~~~っっっ!!?」



ばきばきと進路の低木をへし折り、私の身体は勢いに乗ったまま斜面を転がる。

全身に硬い木の枝が突き刺さる激痛を必死にこらえ、身を縮めているとふいに地面の感触が消え失せた。


一瞬の浮遊感の後、どぼんと全身が濡れた感覚に包まれる。

私は暗く深い水の底に沈んでいた。


混乱する頭で思考する、ここはどこ?何も見えない、息ができない、水面は?上下感覚が消失している。

わからない、わからない、わからない。


背中が焼けるように熱い、その中心に冷たい金属の刃が突き立ち、そこからゆっくりと血液が流出してゆくのを感じる。


どうやら私は松明に頼らず、夜の森で狩りを行うハンター達の存在を忘れていたらしい。

明かり一つない暗闇の中正確に投擲されたナイフは獲物(わたし)の背後を捉え、今こうして確実にその生命を奪いつつあった。


黒く澱んだ川の水をたっぷりと吸い込み、酸欠にあえぐ私の脳裏に走馬灯が走る。

空、深緑、光、レンガ造りの倉庫とお祖父さんの笑顔。



お前も英国貴族の末裔として、その血と誇りに恥じぬよう―――




・ ◆ □ ◆ ・




「―――いやあ、全く災難でしたねえ」


「・・・・・・・・・えっ」



次に目覚めた時、私は床も天井も無い地平線まで真っ白な空間に居た。

空には太陽の姿は無いが、不思議と空間は穏やかな光に満たされており、十二分に視界は保たれている。


もしやと思いじっと掌を見るが、ダークブロンドの細かい剛毛に包まれた両手を目にした私はそのままぺたぺたと顔の輪郭を確かめ、相変わらずのゴリラ面にがっくりと膝をつく。

それをやんわりと苦笑しつつ見守っていた浅黒い肌の少女は、純白のサマードレスの裾をひるがえしくるりと器用に一回転してみせた。



「まあまあ、色々と混乱されてるとは思いますが、まずはお話しましょうかー」


「・・・お話し?」


「ですです。単刀直入に申しますと―――アルトリアさん。貴女、神様になりませんか?」




今回はここまで。

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