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お釜大戦  作者: @FRON
第三章 ようこそ揺籃寮へ!
58/319

∥003-08 故アルトリア=ジャーミンとその家系に関する事実(中)

#前回のあらすじ:呪われた血脈!



[アルトリア視点]



姿見の中で、小柄な中年男がにやにやと笑っていた。


思わず背後を振り返る。誰も居ない。

物置を改造した自室には、収集した物品――ここ一年程の涙ぐましい努力の結晶――がうず高く積み上がり、戸板を打ち付けられた窓から漏れるわずかな光の筋によりぼんやりとその輪郭を浮かび上がらせている。


書物、呪具、密林(ジャングル)の部族に伝わる魔除けの像に至るまで、それら全てが唯一の目的―――変わり果てた肉体を元に戻す為に集められたものだ。

結局、なんの効果ももたらさなかった品々から視界を切り、私は身長に合せてあつらえられた姿見へと振り返る。


結果は変わらない。

私―――アルトリア=ジャーミンの類人猿めいた醜い姿の背後に、小さい頃祖父から聞いた通りの奇怪な男が佇んでいる。


―――変化は三日前の朝から始まった。


起床した私が顔を洗い、水の滴がしたたる類人猿(わたし)の姿を鏡の中に見つけうんざりする、そんな儀式めいた日課を消化していた時、ふと視界の端に人影めいたものを捉えたのだ。

弾かれたように振り返った私は家の中をさんざ探し回ったにも関わらず、侵入者の痕跡を見つける事はできなかった。


やはりあれは見間違いだったのかと胸をなで下ろしたその翌日。

今度ははっきりと背後に立つ異相の男を目にし、金切り声を上げた私はベッドに飛び込み毛布を被ったまま震えていた。


そのまた翌日には男が鏡の中にだけ存在することに気付き、いよいよもって正気(SANITY)を失ったのかと、自分に流れる呪わしき血筋に思わずうめき声を上げていた。


そして今日、私は一つの決意を胸に秘め、この場に立っていた。


他人が聞けばそれこそ正気を疑うような行動だが、なりふり構っていられるような余裕など今更無い。

鏡の中の異相(おとこ)を睨みつけ、私は大きく息を吸い込み早打つ鼓動を押さえつける。



「あなたは―――誰?」


『・・・・・・』



返事は無い。


しかし、男の笑みがほんの少し深くなったような気がした。

それを目にした瞬間、自分の中で何かが爆発したような感覚に突き動かされるままに質問を続ける。



「私のこの姿は何?元に戻す方法は?あなたはお祖父ちゃんの言っていた英国人(フィリップ)?なぜ黙っているの―――答えて!!」


『フィリップ』


「―――え?」


『おれの名前だよ。子猫ちゃん(キティ)―――それとも小猿(モンキー)の方が良かったかな?小猿ちゃん(モンキー)小猿ちゃん(モンキー)、やあ傑作だ。ひひひひひひひひひ』



質問を始めた身ではあるが、まさか返事があるとは思っていなかった。

そも、鏡に向かって問いかけるという行為自体が精神衛生上、推奨されるべきものではない。


ただでさえ自分は発狂しているのかと疑い始めている今、それを助長するような行動を取っていると自覚しつつ、それでも止める事ができなかった。

それほどまでにこの数日の出来事は彼女を追いつめていたのだが―――結果はどんな予想をも遥かに上回っていた。


鏡の中で小男は続ける。



『おれは、おまえのひいひいひい・・・じいさんだよ。何、信じられないって?ならそれで結構。おれは一向に構わないぜ。何しろおれはずうっと待っていたんだからな。お前のお袋も、その親父も、どいつもこいつも駄目だった』


「駄目?一体なんの話・・・?」


()()()()()だ』



何時の間にか、私の前に男は立っていた。

鏡一枚を隔て、異相の男は落ちくぼんだ眼窩の奥からぎらぎらと瞳を輝かせ、歯をむいて笑う。



『アーサーは幼いし何より()()()()、その点お前は合格だ。血が薄まったせいで素質はカスみたいなもんだがちゃんと()()()()し、こうして声も聴ける。これで―――ようやく取り返せる』


「さっきから一体何の話を・・・!?私はこの姿を元に戻したいだけなの!わけのわからないことばかり言わずにちゃんと答えて!!」


『怒った!小猿が怒った!!ひひひひひひひ』



鏡の中で男がげらげらと笑う。


手を叩き飛び跳ねるその仕草は滑稽で、だからこそ余計にその異様さが際立っていた。

私は恐怖と興奮で青ざめた瞳を懸命に見開き、痙攣したように笑い転げる男をもう一度睨みつけた。



()()()()()()()()()


「えっ―――?」


『忘れ去られた石造都市から奪われた秘宝が何処にあるか、おれは死ぬまでの間あらゆる手を尽くして調べ上げた。()()()()()()()()()()だ。足りないのは財力(カネ)と血―――お前にはその手段になってもらう』


「な、何を・・・」


『元の姿に戻りたいと言ったな?』



男は何時の間にか笑い止んでいた。


それまで顔に貼り付けていたにやけ面は剥げ落ち、その下から能面のような貌がじっとこちらを見つめている。

思わず唾を飲み込み、収縮した喉が貼り付く不快感にようやく私はひどく喉が渇いている事を自覚した。


緊張のせいか耳鳴りがひどい。

物置兼自室は物音一つなく静まり帰り、静寂の中で男のしわがれた声がきいきいと耳障りに響く。


緊張した様子の私ににうっすらと猫のような笑顔を浮かべ、男はこう続けた。



『おれの言う事を聞けば戻してやる』



それは、正しく悪魔の囁きだった―――



今回はここまで。


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