∥003-07 故アルトリア=ジャーミンとその家系に関する事実(上)
#前回のあらすじ:ゴリラとか言ってすんませんでした
18世紀―――
アメリカ独立戦争の敗戦を経て、未だ混迷の中にある英国。
アルトリア嬢のルーツを語る上で、この時代にアフリカ民俗学の分野において著名な活動を行った彼女の祖先――ウェイド=ジャーミン卿の存在を外す事は出来ないであろう。
彼は数度にわたるコンゴ内地への遠征の末、謎めいた彼の奥方と共に密林の奥へその姿を消した。
そして、その血を引く嫡子―――フィリップ=ジャーミンは奇妙なところが多い人物であった。
フィリップは父の名声を全てふいにするような奇行を繰り返した揚句、停泊中の遠洋船から忽然と姿を消したのである。
奇しくも、その地点は両親が消息を断った地であるコンゴ沖であったという。
―――しかし、フィリップは生きていた。
・ ◆ ◇ ◆ ・
「『お前には貴族の血が流れているんだ』―――子供の頃、お祖父ちゃんからそう口癖のように言われてたの」
うすく湯気を上げるローズヒップティーを片手に、ようやく落ち着いた様子のアルトリアはぽつりぽつりと幼少時の思い出を語りはじめる。
テーブルクロスの掛けられた食卓を挟んで反対側にはぼく、落ち着いた様子で紅茶を味わう楓先輩、興味津々といった様子の叶少年の3名が固唾を飲んで話に聞き入っていた。
「そういう場合は決まって、お酒を呑んで気分を良くしてる時だったわ。煉瓦造りのおんぼろ倉庫の裏で、あの人は小さい私にこう言うの。『わしの祖父は英国貴族の倅で、若い頃に行方知れずの両親を探してここに流れ着いたそうだ。お前も貴族の末裔として、その血と誇りに恥じぬよう生きるのだ―――』って」
「その、貴族というのが・・・?」
「フィリップ、フィリップ=ジャーミンという名前の、奇怪な風貌の男だったそうよ。うちの家系はコンゴ川沿いの港町で探検家崩れのコミュニティの間で婚姻を繰り返したから、血を引いてると言ってもせいぜい8分の一くらいよ。あとはポルトガルにアメリカ、その他もろもろのちゃんぽん。青い血もへったくれも無いわよね」
そうして言葉を切ると、彼女は自嘲気味に笑い肩をすくめてみせた。
あまり明るい話題とは言い難いが、その口調から暗い雰囲気は感じ取れない。
どうやら彼女自身気にしていないか、既に自分の中で吹っ切れている事なのだろう。
一口、紅茶で唇を湿らせると、アルトリアは再び会話を再開する。
「―――でもある日、そうも言ってられない事態が起こったの。あれは私が18になったばかりの頃だったわ、目覚めると、その―――毛が生えてたの、全身に」
「・・・毛?」
「そう、毛、ヘアー。あっという前にびっしりと剛毛が全身に・・・それだけじゃないの、額が突き出て眼窩が落ちくぼんで、顔のつくり全体が、その・・・」
「―――ゴリラっぽく?」
あえて言いよどんだ部分を容赦なく引き継いだその一言に、再びわっと顔を覆いしくしくと肩を震わせるアルトリア嬢。
ぼくが軽く睨みつけると、『話が進まないからね』と小さく呟いた先輩はすまし顔でカップを傾けるのだった。
・・・ここまでの話を纏めると、彼女は最初から今の外見だった訳ではなく、ある日を境にカフカ的変身を遂げた結果としてこんな外見になってしまったらしい。
正直年頃の女性にとっては死刑宣告にも等しい仕打ちだと思う。
しかしそうなると怪しいのが、民俗学に傾倒していたとかいう英国貴族のご先祖様だ。
その息子からして奇妙な風体であったというし、彼女の身に降りかかった災難はそのあたりに端を発しているように思える。
「・・・ごめんなさい、取り乱しちゃったわ。それで―――おちおち外出も出来なくなった私は方々手を尽くして原因を探ったの。医者、学者、うさんくさい情報屋からピグミーの古老まで、あらゆる手段と人脈を頼って情報をかき集めたわ。その結果わかったのは、5代前の貴族――ウェイド=ジャーミンという名前だったわ――が密林の奥で何かろくでもない発見をしたこと、その子孫は例外なく精神の均衡を欠きやすく、その・・・ゴリラ顔で生まれてくること」
言っちゃった、自分でゴリラ顔って。
本人にもいくらかダメージが入ったのか、彼女はひとつ深呼吸をしてから再び、ゆっくりと話し始める。
「英国本土にはウェイドの血縁者が残っていたみたいで、少しだけどそちらの方面からも情報が入ってきたわ。曽祖父の代にもこちらへ接触があったとか・・・やっぱり皆ゴリラ顔だとか」
ばっちり遺伝してますね。
ぼくは彫りの深すぎるアルトリア嬢の顔からそっと視線を逸らせた。
「今の代のジャーミン家には小さな男の子がいて・・・確か名前は、アーサー。ゆっくりとだけれど、着実に手がかりを掴みつつあったわ。でも、その頃から私の身にある変化が―――破滅的な変化が始まったのよ」
「それは、一体・・・?」
「男よ」
一度言葉を切ると、両腕をかき抱きいくらか顔色を悪くしたアルトリア嬢は声を潜め、何かを恐れるようにこう続けた。
「鏡の中に男が映るようになったの。奇妙に腕の長い、類人猿めいた風貌の中年男。最初は黙ってこちらを見つめるだけだったけれど、我慢し切れずに話しかけた時こう答えたの」
「『おれはフィリップ、お前のご先祖様だ』―――って」
今週はここまで。
ヒトゴリラ今回で結末まで持ってこれなかった、残念。




