∥003-04 もう一人いた!
#前回のあらすじ:危うくトラップ(英スラング)に掛かるところだったぜ!!
「・・・そういえば、ここに来るまで本当に誰にも会わなかったの?」
「そうですけど、何か―――?」
「おかしいな、確か管理人室には・・・」
ふるふると首を振り否定の意を表したぼくに、楓さんはわずかに眉根を寄せると小さく何かを呟き始める。
何事かと小首を傾げていると、彼は意を決したように紅茶の残りを飲み干すと、テーブルの上にカップを置いてがたりと椅子を鳴らしつつ立ち上がった。
「様子を見て来るよ。丸君は―――」
「ぼくも行きます、他の部屋も見ておきたいので」
「わかった、ついて来て」
言うが早いか、入口へ向けて歩き出した楓さんの姿に慌てて紅茶の残りを飲み干すと、ぼくは再び薄暗い廊下へと飛び出すのであった。
窓からの光で申し訳程度の視界が保たれた廊下には、ぼくを待っていたのかほっそりとしたシルエットが影法師のように佇んでいた。
ぼくの姿を認めたのか、先輩はちいさく頷くときびすを返し廊下を進んでゆく。
その後ろをきょろきょろと周囲へ視線をさ迷わせながら付いて歩くと、表札のかかったドアを2・3ほど通り過ぎたところで彼が立ち止まったことに気付き、あわてて歩みを止めた。
そこは、『会取』とプレートの掛かったドアの前だった。
何の用途か、ドアの右手には煙草屋で見るような販売カウンターらしきガラス戸が見えるが、今はぴたりと閉ざされている。
辺りはしんと静まり帰っており、ぼくたち以外の気配はいっこうに感じ取れない。
ここから一体どうするのかと眺めていると、ドアに歩み寄った細身の先輩はこつこつと手の甲でドアを叩き、落ち着いた声で中に向け語りかけ始めた。
「叶君―――いる?もし居たなら返事が欲しいのだけれど」
「・・・・・・!!(ドタンバタン)」
「な、中から物音が・・・!?」
「したね。―――うん、どうやらただの取り越し苦労だったみたいだ」
そう一人ごち穏やかに微笑む。
先輩が浮かべたその笑顔に、思わず見惚れそうになる自分を頬をつねって戒めていると、かたりと小さく音が鳴り思わずドアの方へ目を向ける。
ためらいがちにゆっくりとドアノブが回されると、ぴたりと閉じられていた扉がわずかに開き、その奥から誰かの眼が覗き込んだ。
―――かと思いきや、笑顔のまま楓先輩が開きかけのドアに手を掛け、問答無用に開け放つ。
えっ、と思う間もなく、扉の内側に潜んでいた何者かは支えを無くし、磨き上げられたフローリングの上へびたんと全身を叩きつけられた。
子供だ。
年齢はぼくより少し下くらい―――肩口くらいまでの白髪に、病的なまでに白くすき通った肌。
パジャマなのか、チェック柄のだぼっとした上下を身に着けている。
足元へ目を向けると、転んだ拍子に脱げたのか黄色いスリッパがひとそろえ、ドアの敷居をまたいで転がっていた。
そして、そんな事などお構いなしといったふうに、床に伸びた部屋の住人らしき人物の脇を通り越し先輩は部屋へと入ってしまう。
「さ、中で話そうよ―――ついて来て?」
「うう・・・」
「え・・・えええええええ!?」
床に突っ伏したままうめく白髪の人物と、開け放たれたドアの間で視線を行ったり来たりさせつつ、ぼくは唐突な展開に困惑しまくるのであった―――
今回はここまで。




