∥003-03 黒髪美人(♂)は大陸出身
#前回のあらすじ:パソコンっぽい謎物体と性別不詳の美人発見
「じゃあ改めて―――ようこそ【揺籃寮】へ。僕は楓=Junzt、君にとっては先輩・・・ということになるのかな?」
「ふぉ、ふぉん・・・ゆんつと?楓、って大陸の読みのほうだったんですね・・・出身はひょっとして―――?」
「ああ、新京の移民街育ちさ。うちは先々代が独逸から流れてきてね、僕自身4分の一だけあちらの血を引いているというわけさ」
今更説明するまでもないが、旧満州国―――大新帝国が大日本帝國より独立して60年になる。
我が国が太平洋戦争に勝利した後、大戦の戦費に端を発する財政赤字に逼迫する国庫の改善を瞑目に、当時負担となっていた満州国を手放した――左派の学者達は事実上の棄民政策だと非難する――のが全ての始まり。
その後紆余曲折を経て、2012年―――昭和87年の今となっては両者の国力は完全に逆転し、名実ともに彼等こそが極東アジア・・・どころか世界随一の大国である。
そのせいか旧満州(この呼び方は一部の方々を余計に刺激するので、あまり往来で口にするべきではない)に対して複雑な感情を抱く国民は多い・・・らしい。
―――と、まあ両国の関係はそんな所である。
無主義のぼくとしては全くピンと来ない話なんだけどね。
そんな訳で、あえて出身国の話題には触れない方針を採択したぼくは胡乱な脳裏は一切おくびにも出さず、やんわりと笑顔を浮かべるのであった。
「おぉ・・・あんまり聞きなれない響きだと思えば、道理で―――あ、いただきます」
ことり。
あちらも気を使ってくれたのか、それともただ単に来客を持て成す為か、小さく音を立てテーブルの上に置かれた湯気を上げるティーカップに、ぼくは一声断ってから口をつけた。
ぼくはダージリンの芳醇な香りを堪能する傍ら、対面に座る細身の人物をこっそり観察する。
使い込まれた様子の黒縁眼鏡、通った鼻筋、黒目がちで切れ長の瞳にほんのり紅く色づいた口元。
中性的でどこか陰りのある美貌は開け放たれたカーテンから差し込む陽光を受け、一口嚥下した紅茶の熱にほう、と吐き出した呼気がわずかに白くけぶるその様子まで、克明に映し出している。
急な来客に慌てて淹れた紅茶であったが、その出来に満足したのか薄紅色の唇をわずかにほころばせると小さく、しかし見惚れるような笑顔を浮かべた。
文句なしで、これまでに目にした誰よりも美しいひとであった。
ただし―――男だ。
「よかった、お口にあったみたいで嬉しいよ」
テーブルの上でしなやかな指を組むと、目を細め花がほころぶように笑う。美人だ。これが男。おお、神よ。
つい先程、謎の機械(?)を操る手を止め互いに自己紹介した時、唐突に告げられた事実の衝撃に思わずのけ反ってしまい、彼(…彼!)は盛大にハテナマークを頭の上に浮かべていたのだが。
本当に―――うっかり惚れたりしなくて良かった。
もう一度ダージリンティーを口にしつつ、ぼくはそんな失礼な感想を抱くのであった―――




