∥003-02 だれかいませんかー!・・・あ、いた。
#前回のあらすじ:へんじがない ただのしかばねのようだ
「おじゃましまーす!!」
元気よく上げた声は薄暗い小ホールに吸い込まれ、後に残るのはしんと静まり返った玄関と木造扉が上げるわずかな軋みだけであった。
土間は各部屋内にあるのか、はたまた西洋式にベッド以外では靴を脱がない仕様なのか、小ホールの床はは綺麗に磨き上げられたフローリングで覆われている。
向かって正面は突き当たりになっており、そこから両側に廊下が伸びるT字型の構造になっているらしかった。
ぼくはいま「T」の下側の棒から入ってきたかたちとなる。
「誰も居ないのかな・・・?」
後ろ手に扉を閉めると、ぎ、ぎ、と小さい軋みを立てて小ホールの中ほどまで進む。
左右に広がる廊下に目をなぞらせて行くと、明り取りの窓から差し込む陽光のほかに、等間隔に並ぶ扉の一つからほそく漏れ出る光が眼に止まった。
おそるおそる近づくと、扉からは光の筋の他、低く唸る駆動音のようなものが小さく聞こえてくる。
ドア枠の上に視線を移すと、ネームプレートには「楓」と一文字、流暢な筆跡で記されていた。
「楓・・・くん?さん?苗字にしてはちょっと珍しいような―――まあいっか。ごめんくださーい!」
「―――おや、早かったね?開いてるから勝手に入ってくるといいよ」
「あ、はい・・・それじゃあお邪魔しますよっと」
拍子抜けするほどあっさり帰ってきた返事に、ぼくは若干どぎまぎしつつ扉を開く。
足を踏み入れた室内は暗く、厚手のカーテンによって閉め切られた窓からはほぼ自然光がシャットアウトされているらしかった。
その代わり、室内は白味の強い蛍光色の光によってぼんやりと照らし出されていた。
箪笥にベッド、ランタンといった一般的な家具に混じり、大量のフラスコが並ぶ戸棚や得体の知れない札の貼られた壺などが、件の光に照らされ若干怪しげな雰囲気をかもし出していた。
そして先程まで小さく響いていた低周音だが、隔てていた扉を抜けたせいか今ははっきりと聞こえる。
また、部屋を満たす光もまた同じ出所から放たれているようだ。
目を凝らすと、それは手のひら大のプレート状の物体であった。
プレートの表面には細かいボタンが並んでおり、その上には20cm四方の透明な窓が浮かび、何らかの文字が高速で流れていくようであった。
これまでに見た事も聞いた事も無い光景だが、あえて何かに例えるとすれば―――
「これ・・・コンピューター?夢世界には機械を持ち込めないって話なのに―――」
「そこはまあ、何事にも抜け道はあるという事さ。それよりも、荷物はそこの棚に―――うん?誰??」
「えっ」
コンピューターらしき謎の物体の前に腰掛け、見事な指捌きでボタンを叩いていたほっそりとしたシルエットが振り返る。
黒縁眼鏡のグラスを隔てて、二人分の視線が交差した。
黒髪に黒目、髪は短く、肩口へ届かないほど。
暫く陽に当たっていないのかその肌は若干青白く、かえってほのかに色づいた口元を夢見るように際立たせている。
上はシンプルな柄物のシャツに下は黒のチノパン、全体的に化粧っ気は薄く、体つきも肉付きに乏しい。女性らしい特徴には欠けるものの、その中性的な躰はどこか現実味がなく、隠花植物のような怪しい魅力を宿していた。
実に失礼な感想だが、今すぐにでも性別を知りたい。直接聞いて確かめたい。
これが女性だったらうっかり惚れてしまいそうだった。わりと切実に。
そんな内心をぼくは必死に押し隠し、入寮先での遭遇者第一号となる彼女(彼?)に対するファーストコンタクトを試みるのであった―――
今回はここまで。




