∥003-01 ごめんくださーい!!
#前回のあらすじ:ねこねこパラダイス
ぼくの眼前には、老舗の小旅館を思わせるシックな洋風木造建造物が横たわっていた。
木目の縞模様が美しい板壁には庭から延びた植物の蔓がからみ付いており、窓枠を彩る彫刻の一部のように一体化している。
焦げ茶色の屋根材に覆われた屋根には背の高い煙突が一本突き出ており、青空を背景にほの白いシルエットを浮かび上がらせていた。
建物の周囲は背の低い生垣に囲われており、前面に位置する門扉の隙間からはその内部に広がる菜園の青々とした葉ぶりが見て取れた。
夢幻境の虚空に漂う【イデア学園】の外れ、建物もまばらな緑深い一角にここ――【揺籃寮】――は存在した。
道すがらヘレンに聞いたところ、ここは数ある学生寮の中でも最初期に建造された一つらしく、学園が拡張され大型の建物が増えるに従い、僻地へ追いやられる形となり現在に至るらしい。
見ての通りの平屋建て故収容可能人数も少なく、更に老朽化が進みつつあると不安材料が重なった結果、入寮希望者が集まらず空き部屋が一向に埋まらない状況が続いていたらしい。
そこに降って湧いた新人の話題が転がり込み、学園内に知己のいないぼくに白羽の矢が立ったという訳だ。
「あのー、それって不便でボロいけど頑張って住んでねって事なんじゃ・・・?」
「がんばって住んでね!」
「フォローの一つも無いの?ひどくない!?」
我慢し切れずぼそりとつぶやいた一言に、身も蓋もない反応を返す褐色少女。
思わず喰い気味にツッコミを入れるぼくに、けらけらと鈴が転がるような声を上げると彼女は空中からぱちりとウインクをして見せた。
「―――まあ、そこはご安心くださいな。ちゃんとお部屋の清掃はつつがなく済んでいると連絡を貰ってますから」
「よかった・・・入寮当日から大掃除する羽目になる未来は回避されたんだね」
「とは言っても、ドレッサーとベッドくらいしか調度品は無いので、いざ掃除するにしても大した時間も掛からないんですけどねー」
「―――ここは監獄か何かなの!?」
「あ、備え付けのランタンはありましたっけ。まあ他の寮も最初はそんなモンですからー、諦めて一から買い揃えて下さいね♪」
「ふ、不安しかない・・・」
実に可愛らしく(憎たらしく)満面の笑顔で手を振るヘレンに見送られ、ぼくはげっそりとしつつ蔓草にいくらか浸食された門扉をくぐる。
軋んだ音を立て開いた格子扉の先には、青々と茂る子供の背丈程の植物が両側に生い茂っていた。
そのバリエーションは一貫しておらず、菜園の一角ごとに別種の草花が植え分けられているようだった。
薬草の類も混ざっているのか、青臭い草の臭いの中にツンとひときわ強い香りが鼻腔の奥に届く。
寮の入口へ目を向けると、重厚感のある木製扉の上には古びたプレートがはめ込まれており、ここからでは読めないが何らかの文字が刻まれているらしかった。
近寄って読み取ろうと試みたが、ローマ字のような字体で書かれた文章はさっぱり理解できず、ぼくは早々に諦め扉の前へと足を進めた。
「ごめんくださーい!!」
ごつごつと二度リング状のドアノッカーを鳴らしてみるも、中から返事は無い。
ゆっくり10秒ほど様子をうかがってみたがやはり音沙汰がないので、ぼくはひとつ息を吐くと意を決して真鍮色のノブへ手を掛けるのであった―――




