∥002-B その頃のあーちゃん
今回の投下はここまで。
次回からは次のエピソードへ入ります。
#前回のあらすじ:腹黒(?)っぽい巨乳に見られてたらしい
[抄子視点]
「にゃんこだーーーーー!!」
「や、やめ・・・っ!喉をなでるで無い!背中をさするな!こ、これ!そこな人の子もぼうっと突っ立っておらんと早よう吾輩を助けぬかっ!!」
「あ、あわわわわわ・・・!!」
ケルト格子模様を彷彿とさせる繊細な飾り細工の施された、木製の柱が立ち並ぶ玄関ホールに艶やかなバリトンボイスが響き渡ります。
声の主はたった今、抱え上げられた細い腕の中でわやくちゃにされながら摩擦熱で煙が上がりそうな勢いで頬ずりされ、悲鳴を上げている真っ最中でした。
嗚呼、何という事でしょう。
たった今、凌辱の限りを受けているのはこの館――クラン『Wild tails』のホーム――の本来の主であり、齢を重ねた幻想種なのです。
名前はロバート。
ウルタールの街に端を発する由緒正しき霊猫の血統に連なる、誇り高きお猫様なのでした。
そのお方がこのような事態に陥った経緯は実に複雑で、語ればそれはもう長くなるに違いありません。
あれは、そう―――
・ ★ ☆ ★ ・
「―――ここが私のハウスでしてよ!」
「おお~・・・(キョロキョロ)」
ばん!と勢いよく木製の飾り扉を開け放ち、玄関ホールに2名の少女が姿を表しました。
先頭に立つのは金の巻き毛に真紅のナイトドレス、勝気な瞳に強い光を宿した我らがクランマスター、エリザベス嬢その人です。
その後ろにはホールをぐるりと取り囲む渡り廊下を、額に手を当てしげしげと眺める黒髪の少女の姿がありました。
先日一度だけ直にお見かけした、リズの文通相手だというお嬢様――確かお名前は羽入梓――です。
わたくし達が属する『Wild tails』には東洋系のメンバーが少ないこともあり、また別の意味でも一度お話しがしたいと思っていたお方でした。
その彼女がぴんと耳のように真っ赤なリボンを立て、ある一点をまあるく見開いた両の瞳で見つめています。
どこを熱心に眺めていらっしゃるのかと思いきや、それはわたくしの背後から足音を立てず姿を現し、ぴんと立てた濡れ羽色の尻尾をゆらめかせながら厳かに口を開いたのでした。
「・・・おかえり、リズ。まったく君ときたらいつだって雲雀のようにけたたましいな。少しは淑女としてのつつしみを身に着けたまえ。・・・それで、見ない顔だがそちらの御嬢―――」
「にゃんこだーーーーー!!」
あっ、と思う間もなく。
ホームベースに滑り込む走者の如くロバート卿の身柄をかっ攫った梓さんは、呆気に取られる周囲の眼をはばからず手中に収めた柔らかな毛並を全力で堪能するのでした。
―――あっ、もう説明が済んでしまいました。
短かったですね、ごめんなさい。
・ ★ ☆ ★ ・
「―――申し訳ありませんでした」
綺麗な土下座でした。
赤を基調としたペイズリー柄のマットにべったりと額を擦り付けているのは、つい先程ロバート卿から引っぺがされた梓さんその人でした。
日本における最大級のお詫びの姿勢をいささか距離を取った位置から睨みつつ、先程の一幕で乱れた毛並を赤い舌で整えているのは我がクランの顧問役でもある霊猫、ロバート(品種:ボンベイ 毛色:黒 オス)様です。
「全く・・・ひどい目に遭ったぞ」
「騒々しくて敵わないわ。折角のお昼寝の時間に妾を起こさないで下さるかしら?」
「あははははは!いいじゃないか賑やかで。ボクはこのぐらい騒々しいほうが好きだなあ」
そして、顧問猫の傍に佇むのは、同じく顧問を務めるオーガスト――品種:アビシニアン 毛色:ブラウン メス――と、アーサー――品種:スコティッシュフォールド 毛色:青縞交じりの白 オス――の小柄なシルエットでした。
皆様この位の時間には気ままに散策に出たり、日当たりのよいテラスでお昼寝されている場合が多いので、こうして全員が揃うのは珍しい事なのでした。
案外、皆様もリズが連れてくるという新人に興味津々だったのかも知れませんね。
「ほわああああ・・・!にゃんこが3匹・・・もふもふ・・・しっぽ・・・垂れ耳・・・じゅるり」
「「「・・・!!?(びくっ)」」」
そして当の梓嬢はといえば、勢揃いした顧問猫のお姿をこっそり上げた視界に収めると、両のおめめを爛々と輝かせつつ器用に土下座の姿勢のまま、じりじりと接近を試みるのでした。
それを翼の一振りで再びべしんとマットへ叩き伏せたのは、彼女の傍らにいつの間にかその姿を現していた一羽の雌雉でございました。
焦げ茶色の縞模様が見事な翼を畳むと、ひらりと梓嬢の後頭部に飛び上がった彼女はするどくホールに居並ぶ面々を見渡しています。
そのお姿はどこか気品に溢れておいでで、佇んでいる場所にも関わらず神々しさすら感じる程でございました。
やはり、あの御方は―――
「あいたたたた・・・もー、酷いよモモコちゃんってば。ちょっとスキンシップしただけなのに―――あ、痛い!それ地味に痛いよ!?」
「ケーンッ!!!(ゴッゴッゴッ)」
「つむじは勘弁してよ~~~!!わかった、わかりました!もう無断でモフモフしたりしないから・・・だから許してーーー!!!」
頭上にマウントしてからの嘴の連打に音を上げた梓嬢へ、右肩からじっと鋭い視線を送っていたモモコ様でしたが、二・三まばたきをすると満足されたのか御三方のほうへ向きなおると、片翼をカーテシーのように広げ首を垂れるのでした。
それをいささか引き気味に眺めていた顧問猫様方は、冷や汗をかきつつ互いに目くばせを送ると、了承したとばかりににゃおんと一声上げます。
それでようやく、妙な緊張感に張りつめていた玄関ホールにゆったりとした空気が流れ始めたのでした。
その一部始終を茫然と眺めていたリズでしたが、ようやく事態についていけたのか、ひとつせきばらいをした後にパンと掌を合わせ視線を集めると、若干ひきつった笑顔のまま口を開きました。
「―――ええと、それでは皆様よろしくって?こちらのレディは羽入梓さん、ご存知の方もいますが私のよ――ペンパルにして、この度新しく【神候補】の末席に名を連ねた方ですの。・・・Cathy、皆様にご挨拶をお願いしますわ」
「うん!・・・えっと、羽入梓です!日本から来ました!それからこっちはモモコ、あたしの【神使】です。ここに来たのは初めてだけど、立派なお屋敷でビックリしました!」
「うむ・・・改めてようこそ御嬢さん、吾等がホームへよくぞ来た」
「よろしくっ!」
「・・・フン」
「よ、よろしくお願いいたします・・・!」
ロバート卿が落ち着いた立ち振る舞いで、アーサー卿が好奇心を隠しきれないご様子で、レディ・オーガストが冷やかに応じる様を横目に、わたくしも慌ててぺこりと腰を折るのでした。
それを確かめ満足したようにうなずきつつ、一歩進み出た金髪令嬢はカツ、とヒールを鳴らし踵を返すと、梓嬢へと向き直りました。
「そして―――改めて、私がこのクラン、『Wild tails』の主を務めるエリザベス・フィリップス・ミラーですの。・・・さて、遅ればせながらCathy、貴女をここ、クランホームへ迎え入れようと思っているのだけれど・・・了承してくださいますかしら?」
「・・・あたしを?」
「ええ!むしろ―――貴女だからこそ、ですわ」
「―――うん!よろしくね、みんな!!」
小首を傾げて自らを指差す梓嬢に、見惚れるような柔らかな笑顔で応えるリズ。
そのお姿は大輪の花が咲き誇るようで、外野のわたくしまで思わず惹きつけられてしまう程の引力がございました。
そして梓嬢はと申しますと、こちらも屈託の無い青空のような笑顔を浮かべ、元気いっぱいに首肯するのでした。
「何はともあれ―――ホッとしましたわ。一時はあのおと・・・余所へ貴女を取られやしないかとヒヤヒヤしてましたもの」
「おと?・・・まあいっか。そんなこと無いよーむしろこんなパラダイスならあたしから入居希望したい位だよー」
「梓さんはとても猫さんがお好きなのですね―――あ、何時ぞやぶりでございます。清水抄子と申します・・・以後よしなに」
「よろしく!―――あ、バスで見た人だ。ここに住んでたんだ~、ひょっとしてあの時のちっちゃくてかわいい子も?」
「ええと・・・ああ、マルヤムさんは所要でお出かけ中ですが、確かにクランホームにお住まいですよ。今度改めてご挨拶に伺いましょうか」
梓嬢の言葉に誰でしょうか、と一瞬首を捻りましたが、すぐにローブ姿の友人――彼女は信教上の問題からみだりに肌を曝せないのです――に思い当たります。
わたくしは近いうちに、新たな同居人仲間へ人見知りの友人を紹介することを決意するのでした。
「うん、お願いするね!・・・あ、それからこっちはモモコ、あたしの【神使】ですっごい頼りになるんだよ!ほらモモコーしょーこちゃんにご挨拶するんだよー?」
「・・・(ぺこり)」
「し、しょーこちゃん・・・?ええと、改めまして清水と申します。あの、つかぬことを伺いますが、貴方様はもしや、きぎ―――」
「ケーーーーンッ!!!(ガッガッ)」
「あ!痛い!痛いです!!」
「・・・唐突にモモコが華麗な動きでローリングソバットを!!?」
おそるおそる、一目お会いした時から脳裏を離れなかった疑問を口にしようとすると、ぎらりと鋭く眼光を放ったモモコ様は空高く飛び上がりわたくしを執拗に蹴りつけるのでした。
こ、この反応は―――もしや!?
≪―――人の子よ、みだりにその名を口にしてはなりません≫
(い、意識に直接―――!?)
≪よいですか、禰宜の血に連なる者よ。時が来るまで吾の正体は秘するのです―――≫
茫然とするわたくしを感情の見えない円らな瞳でみつめると、雉の化身はつい、とそっぽを向いて何事も無かったように主の元へ歩み去るのでした。
一瞬の出来事でしたが、今しがた脳裏に響いた女性の声は彼女のものであったに違いありません。
そして、その気配はわたくしが幾度となく生家にて感じた、神事の折気まぐれに訪れるいと高き地に住まう方々のそれと、同種のものであったように思います。
偶然にも気づいてしまったその事実に、おののく内心を必死に殺しながら新たな同居人の小さなお顔を見つめます。
普通の、活気に満ち溢れた少女にしか見えません。
彼女に一体、どのような数奇な運命が待ち受けているのか―――
未だ神ならざるわたくしの身では、全くもって想像も付かないのでした。




