∥002-A とある商人の様子
#前回のあらすじ:さらば後輩
[???視点]
「え~、アイテム、アイテムはいらんかね~。疲れた時の気力丸、ゾクッと来たら清め水、あって良かった桃の種!一家に一つ、明峰商店のお助けアイテム。お助けアイテムが大安売りだよ~」
虚空に漂う大窯が抱きし【イデア学園】―――その中心部。
ほどよい喧騒に包まれた大ホールの煉瓦壁に、ややハスキーな物売りの声が朗々と響き渡る。
その声に壁際に車座を作りカードゲームに興じていた一団が顔を上げると、薬売りの背負い箱のように引出だらけの手押し車を牽いた女が一人、からからと乾いた音を立てながら歩いてゆく光景が目に入った。
女の様子を観察すると、いくらか歩くと立ち止まり、買物客らしき男と二言三言、言葉を交わし引出から品を取り出す。
そして数粒のきらめく小石と品を交換し、引出へ納めた後に再び移動を開始する―――そんな動きを繰り返すのであった。
「はい、快癒珠2つ、50Gね。万力符?ちょっとお高いがおひとつ120Gからだよ。―――何、まけてくれ?悪いがうちは定価なんでね。10以上のまとめ買いなら多少は勉強するが・・・あいよ、まいどあり!」
景気のよい声が響く度、黄金色の陽気が差し込むホールがにわかに活気づく。
見る見るうちに彼女の周囲には順番待ちの客が集まり、更にそれを眺める野次馬を含め若干の人だかりが出来上がっていった。
「はいまいど!・・・おや旦那、今日もお勤めご苦労様。いつもの奴ならとっといてあるよ。―――何、私はお持ち帰りできないのかって?やだねえ、あたしゃ非売品だよ」
―――中には本気か冗談か、大胆な愛の告白を始める客も出てくる。
周囲の人山はぴたりと静まり帰り固唾を飲んで見守るが、きっちり断ると女はからからと笑い、うなだれる男性客の肩を叩くのであった。
見れば、確かにきわめて人目を惹きつける容姿である。
切れ長の大きな瞳、すらっと通った鼻筋、色素が薄く頬の赤味が際立つ肌に、うすく紅をさされ色づいた口元。
明るい栗毛の髪は頭の両側で団子状に纏められ、露わになった白いうなじからは幾筋かのほつれ髪が肩に掛かり、男たちの視線を引き付けている。
肉感的でメリハリの利いた肢体は色鮮やかな満州服――俗に言うチャイナドレス――に包まれ、動く度に重たげに揺れこれまた視線を惹きつけていた。
弓の少女、羽入梓を清廉な野の花に例えるならば、こちらは芳醇な香りを放つ観賞用高級花のごとき魅力を持つ、そんな少女であった。
彼女はメイ、本名は不明。
何時の頃からか学園に姿を現し、格安小売店【明峰商店】の主としてまたたく間に頭角を現した。
それ以来彼女は学園有数の商家の主として、学園内における話題と羨望をおおいに集めていたのであった。
そんな時である。
ふと何かを感じ立ち止まると、メイは注意深く周囲へと視線を走らせる。
移動販売店近辺の喧騒に紛れ、もう一つどこかで人だかりが出来ている気配を感じたのだ。
しばらくそうして密かに観察を続けると、やがて、円卓に近い一角でそれが見つかる。
遠眼鏡を取り出し目を凝らすと、群衆の中心にあるのは、小柄な少年と長身の少女の二人であった。
(見ない顔―――新入りか?)
流麗な眉をわずかにひそませると、買い物客をあしらいつつ彼女は更に二人の観察を続ける。
二人組の傍にはヘレンの分体と―――目に鮮やかな真紅のナイトドレス姿の金髪美少女の姿があった。
見覚えのある顔だ。
確か、『猫派』の大手クランを率いる英国人。名前は―――エリザベス。
有名人である。
派手なその見た目にそぐわず、実力と強烈な人望で学内でも注目が集まる存在であった
そんな彼女に手を引かれ、事態がよくわかっていないのかきょとんとした表情で少女が連れて行かれる。
それを暢気にハンカチを振って見送る2名の姿を確かめたところで、メイは遠眼鏡を懐へと仕舞い込んだ。
(実力派の大手クランに新たな加入者。そしてあの少年―――)
学園への新入生は実に2か月ぶりとなる。
それまで数日に一人のペースで人が増えていた中、ヘレンの突然の変節はある意味で異常事態と言えた。
そんな中、彼女が再び久々となる新人を連れてきた狙いは何か。
「―――面白くなってきたじゃあないか」
商家の主はひっそりとそう一人ごちると、人知れずにやりと不敵な笑みを浮かべる。
小柄な少年――丸海人――の姿に目を細めると、きびすを返し彼女はその場を立ち去るのであった。
今週はここまで。




