∥002-11 釜中天
#前回のあらすじ:生産専門でもイケるってよ!
「お二人への『お願い』はざっとこんなカンジの内容ですねー。細部はまあ、後に詰めるとしまして・・・さて」
彼女が何か重大な一言を切り出す気配を感じとり、居住まいを正すぼくたちの顔を琥珀色の瞳が交互に見据える。
普段の賑やかな様子とはうって変わり、神秘的なアルカイックスマイルをたたえた少女はおごそかにこう続けた。
「丸海人さん、羽入梓さん。改めて聞きますが、共にひとりの【神候補】として・・・私に協力してくださいますか―――?」
□ ◆ ■ ◇
[???]
乳白色のもやがあたり一面にけぶる空間にて。
地平の彼方にまで真っ直ぐ伸びる一本道をぼくはてくてくと歩いていた。
もうどれくらいの間こうしているだろうか。
継ぎ目の見当たらない、のっぺりとした床を踏みしめるのは素足だ。
それどころか、現在身に纏っているのは星柄の長袖パジャマの上下である。
就寝時の服装が現在のそれと同じことを確かめたぼくは、奇妙な洋室にてヘレンから聞かされた言葉を思い起こしこう一人ごちた。
「つまり―――ここは夢の中なのか」
しんと静まり返る空間に、ぽつりと漏らした言葉が吸い込まれてゆく。
―――あの時、【神候補】としての協力を要求されたぼくは彼女に対し、3つのことを質問した。
一つ、協力することでどの程度の時間的拘束が生じるのか。
二つ、協力を続ける期間はいつまでか。
三つ、もし申し出を断ったらどうなるのか。
対するヘレンの返答はシンプルなものだった。
申し出を断る場合―――バス襲撃自体を『なかったこと』として、ぼくたちは日常へ戻る。
【神候補】としての力の一切を失い、凍れる刻の激闘も新たに得た知己も記憶から消え失せ―――二度と思い出す事は無い。
中々にシビアな対処だと思うが、彼女はシビアではあっても冷酷では無いらしい。
わずかに恐れていた『死を回避した』事そのものを取り消される事態は杞憂に終わったので、ぼくとしてはひと安心といった所だ。
そして、残る二つ。
そのどちらの疑問についても、半ば解決される情報がヘレンによってもたらされていた。
つまり―――【神候補】としての活動は、夢の中で――説明によれば【夢世界】を経由することで――行われるらしい。
「・・・あった。ほんとに扉だ」
やがて、延々と続くと思われた道行は目前に姿を現した一つの物体により中断される。
高さ3mほどの、真珠色に輝くシンプルな装飾の扉だ。
両端をもやに覆われた道はそこで途切れており、ぴたりと閉じられた両開きの中央にはぽつんと鍵穴がひとつ、口を開いている。
どうしたものかとポケットをまさぐるぼくであったが、指先にひんやりとした感触を感じ、おそるおそる取り出し掌の中を確かめてみる。
銀色に輝く、小さな鍵であった。
ぼくはどこか導かれるように、行く手を塞ぐ扉の真ん中へとそれを差し込むと、ぐるりと右手を捻る。
かちりと微かな手ごたえが指先に伝わり―――
一気に視界が拓けた。
つい先程までもやに包まれ境界も果ても曖昧になっていた地面は、吹き渡る風にたなびく一面の草原へ。
乳白色にけぶる空は穏やかな日差しと抜けるような青空へ。
地平まで一直線に伸びていた道は、年代を感じさせる苔むした石畳へと変じ、遠くに見える建造物へと続いている。
煉瓦の赤と漆喰の白のコントラストが見事な、ヨーロッパの聖堂を彷彿とさせる造りの建物だ。
ひときわ巨大な建築物を中心に、その周囲には色とりどりの尖塔やドームが連なり、その麓にはまばらに行き交う人影が見える。
その背後へ目を向けるとかなり遠くまで鬱蒼と茂る森の緑が続き、そのまた更に奥にはあまりの高度にうっすらと白む、群青色の巨壁がはるか高くまで続いていた。
上空を、雁らしき群れが翼をはためかせ横切ってゆく。
もしその視界からこれらの風景を一望にできたのなら、その総てが表面にびっしりと幾何学模様を浮かび上がらせた、あまりに巨大な壁に覆われていることに気付くことができたであろう。
否―――
それは壁ではない。
窯であった。
直径にして十数km、その内にひとつの世界を抱く石窯。
『戴冠石』と並び称される神々の秘宝―――万能の願望器たる【ダグザの大窯】。
それが、【夢世界】の無限の夢の領域にぽつりと浮かんでいた。




