∥001-04 かみたま!!
#前回のあらすじ:神様に・・・ぼくはなる!(ドン!!)
[マル視点]
『ぼくは―――神様になる』
そんな啖呵を切ってから小一時間後。
意を決し生存の為の行動を始めたぼくは今、ぐでっと真っ白な大地の上に横たわっていた。
断じて、サボっている訳では無い。
とある事情により、疲労紺ばいとなったぼくは精魂尽き果て、指一本動かせぬままに仰向けになっているのだ。
肉体疲労というよりは、集中のしすぎで気力が尽き果てたような感じだ。
頭の芯が重い。
息をするのもしんどい。
そうやってうんうんと声にならぬ呻きを上げていると、ひょこっ、とこちらを覗き込んでくる顔が一つ。
上下逆さまになったその肌は、若干浅黒く色づいていた。
夏空に浮かぶ雲のように、真っ白なサマードレス。
肩ぐらいまでのくせのある黒髪、あどけなく可愛らしいお顔。
ぼくをこの謎空間へと誘った少女、ヘレンその人だった。
「お疲れみたいですねー?」
「ふぁい・・・」
「ま、普段使わないトコロを酷使したワケですから、そうなるのもしょうがないです。・・・何はともあれ、これでお兄さんは神様の仲間入りです。後は、事故の直前にあたる時空へ乗り込んで、自分が死ぬ原因となった『モノ』を取り除けば万事解決!大手を振って生き返れるってワケですねー」
「ぼくの死ぬ、原因―――」
彼女が何気なく放った一言に、思わず表情を強張らせる。
そう―――ぼくは一度、間違いなく死んでいる。
学校からの帰途、乗り込んだバスごと崖下へと転落し、そこで帰らぬ人となったのだ。
今、こうして動けているののも、全ては死の寸前、その魂を彼女が拾い上げてくれたからだ。
それを思うと、彼女には感謝してもし足りない。
だが―――そもそも、何故ぼくは死なねばならなかったのか?
視線だけを、逆さまの少女へと向ける。
ぼくは胸に残る違和感に従い、脳裏に浮かんだ疑問を吐露した。
「・・・ねえ、ヘレンちゃん」
「はいはーい、何ですか?」
「死因って、一体何?ぼくの記憶だと、あのバスには普段と違うところなんて、何もなかった。乗客も、窓から見える景色も。取り除かないといけないような不自然な『モノ』なんて、何一つ無い筈なんだ。じゃあ一体―――」
「―――見ればわかりますよ」
「えっ・・・?」
ぼくが高校・・・立海高に入学してからはや3年。
件のコミュニティバスに乗る機会は、それこそ通学の度に何度でもあった。
あのバスはもはや、ぼくにとって慣れ親しんだ日常風景の一部だ。
そこに異物―――事故の要因となるような『何か』が入り込めば、ひときわ目立つ筈なのだ。
だがしかし。
記憶にある限り、それらしいものは皆無。
一体、ぼくは何を見つけ出し、何と戦えばいいのか?
ある意味当然の疑問に、少女もまた、至極シンプルに答えを返した。
見ればわかる―――と。
「お兄さんは此処へ来たことで、神様のタマゴ―――略して【カミタマ】としての第一歩を踏み出しています。事故に遭った時と今とでは、明らかに別物になってるんです」
「・・・【カミタマ】、て」
「【かみたまっ!】の方がお好みでしたか?まあ、そんな漫画のタイトルっぽいワードはどうでもいいとして。そうなれば当然、見えるモノも変わってきます。今のお兄さんが元凶の前に立てば、自ずとそれが何なのか理解できますよー」
「そういうモノ、かねぇ・・・?」
頭上を飛び交う萌え系4コマ漫画のタイトルめいた単語に、いささかげっそりとした表情を浮かべるぼく。
そんな様子を指差しけらけらと(空中で)笑い転げていた褐色少女は、上下逆さまのまま人差し指を口元に当て、にんまりと笑顔を浮かべた。
彼女の言を信じるならば、この謎空間で過ごすことでぼく自身、事の元凶を見抜けるよう変化しているのだという。
・・・本当だろうか?
疑問は尽きないが、何時までもこうしてウダウダやっている訳には行かない。
何しろ、ぼくは今生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだ。
「まあ、仮にここで何年修行しようが無問題ですし、そもそも次に『繋げる』のは事故発生以前の時間軸ですからねー。先程も言いましたが、魂が摩耗し切るまでなら、何時までもここに居たっていいんですよー?」
「ヒトの思考読まないでくれます?(3回目)」
頭の中身を盗み見でもしたかのようなタイミングでの発言に、宙に浮かぶサマードレス姿をじとりと軽く睨む。
彼女と話しているとどうにも、思考を先読みされているような錯覚に陥る事がしばしばある。
多分、相当頭の回る子なんだろう。
それはさておき、なんだかんだで準備は整いつつある。
ぼくが死ぬ原因となった時点へ行く手段も、『元凶』を何とかする手段も、ひとまずだが用意できた。
後は―――覚悟を決めるだけだ。
ぼくはむくりと起き上がると、ぺしん、と両掌で両側から頬を叩く。
じん、と痺れるような痛みに、気分もシャッキリとしてくるようだ。
話しながら休んでいたお陰か、疲労感も幾分マシになっている。
行くのなら、今だ。
「よし。・・・ヘレンちゃん、お願いして、いい?」
「はいはーい、お安い御用で。それじゃあ・・・ほいっ!」
「何もない空中に、輪っかが―――!?」
可愛らしい掛け声と共に、視線くらいの高さに現れたのは、菫色の燐光でできた楕円形の平面体だった。
ちらちらと瞬く光に囲まれた空間は、その向こうを全く見通せないタールのような闇で満たされている。
続いて、楕円形は見る見るうちに肥大化すると、人ひとり楽に通り抜けられるサイズとなった。
ぼくの目の前に、漆黒の楕円が音も無く浮いている。
おそるおそるその裏側へ回ると、楕円形の裏側には見事に何もない。
厚みのない、2次元世界から飛び出してきたような不気味な存在が、目の前に鎮座していた。
「これは、ゲートです」
「ゲート・・・?」
「ですです。ここと、目的の時空を繋げてあります。言わば、敵地に殴り込む為の直通ルートですねー」
「えっと。・・・それで、ぼくは一体どうすれば?」
「飛び込んでください!」
ぼくが放った疑問に、ヘレンはにっこりと容赦のない一言を返した。
ちょっと飛び込むのを躊躇われる外見に、ぼくは思わずごくりと唾を飲みこむ。
これに?
冗談でしょ?
「いやでもちょっと、心の準備がまだできてないとゆーか・・・。あっ、そういえば!過去に行くのは、ぼくの分身だかアバターだかなんでしょ?このまま飛び込むのは勘弁と言うか―――シンプルに怖いんですけど!」
「心配なさらなくっても、お兄さんの『本質』はここで保持してますので大丈夫ですよー。今更つべこべ言ってないで、大人しく突貫しちゃってくださいな。はい、どーん!」
「うわーーーーっ!!?」
冷や汗を流しつつ、じりじりとゲートから後ずさる。
それを許すまいと、瞬時に背後へと回り込んだヘレンが腕を一振りすると、不可視の衝撃波に押されてぼくは呆気なく宙を舞った。
―――視界一杯に、墨汁を満たしたような空間が広がる。
「―――あ、そうそう。言い忘れてましたが、今回『元凶』に挑むのはお兄さんだけじゃありません。ちゃんと仲間のサポートもありますよー。良かったですね!」
「・・・それ、今更!?あっ―――」
漆黒の平面に突入する寸前、背後から少女の声が飛んでくる。
どうやら、向かう先には何者かは知らないが、味方してくれる誰かが居るらしい。
・・・そんな事を考えているうちに、ぼくの全身は色も形も距離も無い、虚無そのものと呼ぶべき空間へと放り出されていた。
何も見えない、聞こえない。
息もできないし指一本動かせないのに―――思考はできる。
ここは一体、どこだろうか?
・・・何となくだが、『どこでもない』気がする。
あの白い空間と同じく、ヘレンがその力で創り出した存在なのだろう。
そんなことを考えているうちに、行く手の彼方に小さな光が点る。
最初は4等星程だった弱々しく遠い光点は、瞬く間に視界いっぱいにまで広がり、ぼくを呑み込んだ。
気が付くと―――ぼくは見覚えのある景色の中に立っていた。
狭っくるしい通路、年季の入った内装、せせこましく並んだ座席シート。
そこに座る地元のジジババの皆さん、その全てが見慣れた、懐かしい光景。
「―――戻ってきたんだ」
そこは、バスの中だった。
視界に入る全てが記憶にある通りで、しかし―――微動だにしていない。
窓の外の景色も、座席シートに背を預け眠りこける老婆も。
その全てが静止し、写真の中の世界ようにその場にぴったりと張り付いていた。
謎空間にて、少女から聞いた言葉を思い出す。
ここはあくまで過去の世界、そして今のぼくは本体から分かれた―――いわば、影のようなものだ。
ひょっとすると今、この空間には時間が流れていないのかも知れない。
「・・・まあ、こうやって自由に動ける分にはどっちだっていいんだけどね。何はともあれ、まずは『元凶』とやらを探さないと―――!?」
そう一人ごち、早速犯人捜しとばかりに、周囲を見回し始める。
しかし、捜索を初めてて早々、ぼくは違和感だらけの『もの』を見つけてしまった。
窓の外に広がる光景に、思わずぎょっと身をすくめる。
そこにあったのは―――銀色の円盤の群れ。
50cm程だろうか?
大ぶりな皿くらいのサイズの平べったい物体が、鈍い光を放ちながらびゅんびゅんと飛び交っている。
バスの周囲は、完全に囲まれていた。
見ればわかる、どころでは無かった。
もはや違和感アリアリの異常な光景に、ぼくは思わず目を白黒させるのだった―――
※2023/08/07 文章改定