∥008-25 人類有史以前から使い古された手法
#前回のあらすじ:決戦間近!
[???視点]
『狂気山脈』より訪れ、昭和基地を襲撃した怪生物ショゴスの群れ。
ここへ来て彼らの前に、予想外の壁が立ちはだかっていた。
それは文字通りの―――『壁』。
これまで人間達を襲い、奪ったものを己の組織の一部として取り込んできた彼等。
大型トラック並みの巨体、そして戦車に匹敵する火力を手に入れた今となっても、眼前に立ち並ぶ巨壁は容易に破れるものでは無かった。
人間達の巣の前には巨大な防壁が立ち並び、今もショゴスによる砲撃を防ぎ続けている。
群れで最も強力な個体による大火力でも、損傷を与えられはしたが壁を破るには至っていないのだ。
ショゴス達は群れとして行動しているものの、それは本来の意味での『仲間』ではない。
個として完成された生命体であるが故に、彼等は社会性を持たないのだ。
今は一時的に、食餌の効率を求め群れているだけ。
ほんの少しのきっかけで、互いに牙を向きかねないのが現状であった。
そして群れの最後尾には、山のような巨体を誇る同胞が常に目を光らせている。
人間どもを容易に喰えないともなれば、即座に容赦のない共食いが開始されるであろう。
進むか、退くか。
僅かな思考の後、群れが選択したのは前進であった。
難攻不落に見える人間どもの防壁だが、その構造には僅かな隙間が見れとれる。
いかに分厚い壁であろうと、そこをくぐり抜けてしまえば、それは要害としての意味をなさないだろう。
原形質状の多細胞生物であり、身体の組成を自在に変えられる彼等ならば、それは十分に可能であった。
ついでに、同化できる組成であれば鬱陶しいあの『壁』も、己の一部として取り込んでしまえばいい。
そう判断したショゴス達は、いつも通り力の劣る個体を前面に押し出して、一気呵成に突撃を開始する。
最初に敵とぶつかり、犠牲となるのは常に、群れの中で最も弱い者であった。
雪煙を上げ、殺戮者の行進が開始される。
壁に近づくにつれ、その隙間から散発的な攻撃が飛んでくる―――
が、金属を取り込み硬質化させた体表には、傷一つ負わせることすらできない。
スピードを上げ、そのまま行く手を遮る巨壁へと肉薄する。
両者の距離はあと僅か―――そんな時、突如、それまで動きのなかった壁に変化が現れた。
出現した時の光景を逆再生するように、防壁の一部が下降を始めたのだ。
低く地響きを立てながら、地中へと没してゆく灰色の巨壁。
群れの仲に僅かな動揺が走る―――が、ショゴス達はそのまま前進することを選択した。
通してくれるというのであれば、構わずそのまま突き進むだけだ。
笛の音のような声を響かせ、先頭集団は更にスピードを上げる。
彼らが到達するよりも一歩早く、防壁は完全に地中へと没していた。
壁のあった箇所にはぽっかりと空いた穴が残されていたが、下からせり上がった金属製の蓋によって既に塞がれている。
人間どもの住処を一面覆いつくしていた壁は、そこだけ取り払われ、ぽっかりと口を開けていた。
ショゴス達はそこへ招かれるように、地響きを上げて殺到した。
うず高く積もった雪を撥ね散らし、壁の内側へと侵入を果たす。
薄暗い壁の内側には、行く手の両側を灰色の壁に挟まれた空間が、一文字に奥にまで続いていた。
タール状の体表に無数の眼が生じ、その中心に灯る赤い光がせわしなく左右を睨む。
求める獲物の姿は―――無い。
人間は見当たらない、しかしどこか近くで、息を潜めている気配がした。
先頭集団は、そのまま直進を続ける。
そこへ―――ひょい、と傍らより突如、一つの影が踊り出た。
人間だ。
粗末な布を身にまとい、その頭部には動物を模した、奇妙な被り物を頂いている。
そいつはちらりとショゴス達を見ると、一目散に奥へと逃げ始めた。
速い。
・・・が、それはあくまで人間の足にしては、だ。
追いかければ、捕まえられるまであと僅かだろう。
回転する履帯を唸らせ、ショゴス達はその後を追う。
火砲を使うまでもない、ぺしゃんこに退きつぶして喰らってやる!
そんな思考を読まれたのか、行く手に居た筈の人間の姿が一瞬屈むと、次の瞬間には跡形もなく消え失せていた。
どこへ行った?
慌てて左右を見渡すと、何時の間にやら右手を塞ぐ壁の一つが無くなっている。
恐らく、入り口と同じように地中へと引っ込んだのだろう。
大急ぎで、右方向へと急カーブする。
先頭集団は何かに誘われるように、口を開いた壁の奥へと突き進んだ。
―――周囲を警戒する眼のうちの一つが、壁の内側で手を振る猫面の男を見た。
地面が消え失せる。
一瞬の浮遊感、後に、視界が急激に上へと流れる。
勢いのままに空中へ放り出されたショゴス達は、重力に引かれ自由落下を開始した。
咄嗟に身体の構造を組み替え、バネ状の組織へと変化させる。
ずしん、ずしん。
次々と重い音を立てて、地面へと着地するショゴス達。
落ちたのは10m程だろうか、少なくない衝撃が彼らを襲ったが、ダメージはほとんど残らなかった。
そこへ、スピーカー越しの声が響いた。
『―――放て』
ばらばらと、円筒状の物体が頭上より降り注ぐ。
無数の眼がそれを注視する傍ら、彼らの脳を満たすのは歓喜であった。
これまでずっと待ちわびた人間が、すぐ間近に居る。
どこだ、どこに居る!?
爛々と赤く輝く眼は、その姿を求め動き回る。
焼け焦げた跡の残る地表、四方を囲む灰色の壁、その上にぎらりと光る無数の銃口。
反射的に天を仰ぎ見た彼等を待っていたのは、全身を灼く凄まじい熱であった。
周囲に散らばった円筒が弾け、まばゆい閃光と膨大な炎が吹き上がる。
ショゴス達の巨体は一瞬にして炎に包まれ、苦悶の色を帯びた声が処刑部屋に響き渡った。
金属片を混ぜられたそれは温度にして2000度を超え、さしもの屈強な外皮も致命的な損傷を受ける。
そこへ、再びスピーカー越しの声が響いた。
『第二フェーズへ移行―――総員、撃て』
次の瞬間、容赦のない砲弾の雨が四方八方から降り注いだ。
炎を防ごうと組み替えた体の組織は、鋼鉄の塊によってズタズタに引き裂かれてゆく。
幾重もの層により熱を遮断する新たな皮膚も、たった今生じた穴を通じ、内部まで漫勉なく黒焦げにされてしまった。
炎に対する抵抗力を失った所を見計らうように、周囲より追加の焼夷弾が投下される。
増粘剤を添加された炎はいつまでも消えずに燃え続け、辛うじて生き残っていた組織もやがて、炭へと変えられていった。
辛うじて燃え残った眼のうち一つが、赤く染まった視界の中、壁の上に立つシルエットを捉える。
表情ひとつ変えず、無慈悲に向けられた銃口。
再び、断続的な轟音が辺りを満たした。
先頭集団が全滅したのは、それから僅か数分後の出来事であった―――
今週はここまで。




