∥008-24 来訪者ショゴス
#前回のあらすじ:正体不明のシング、地上へ
[マル視点]
『―――来るぞ』
スピーカー越しの男の声が、『その時』が来たことを告げる。
慌てて双眼鏡を覗き込むと、氷原の向こうに立ち上る幾筋もの雪煙が視界に入った。
倍率を上げて、更によく目を凝らす。
凍れる大地の向こうに白くたなびく雪煙、それを従え、奇怪な生命体がひしめいていた。
鉱物とゲル状の物質がない交ぜになった肉体、うなりを上げて回転する無限軌道、ぎらりと陽光を受けて輝く砲塔。
見間違える筈もない、怪生物ショゴスの一団である。
先程も一度目にした姿だが、その数はざっと20体、倍以上に増えている。
前回の連中は先行偵察だという事だから、おそらく今回が本命、敵の主力という事なのだろう。
蠢く原形質の集団は脇目も降らず、ここ―――昭和基地の南側を目指している。
だが、連中には数の他にもう一つ、無視するわけにはいかない相違点があった。
「で、でかい・・・!!」
そう、でっかいのだ。
遠目にも、前回の個体よりはっきりと大きいことが見て取れる。
前は4~5メートル程のサイズだったのに対し、今回は優にその二倍、10メートル強はあるようだ。
前者がゾウの成獣とすれば、後者は10tトラックといった所か。
基地職員達に聞いたところ、奴らはここからはるか南に見える巨峰、狂気山脈に棲んでいるのだという。
閉鎖された環境のそこには無数のショゴスが犇めいており、時折、群れからあぶれた個体がこうして外に出てくるらしい。
なんだか若い熊の巣立ちのようなエピソードだが、それで喰い殺されるかもしれない側としてはたまらない。
一刻も早く、威嚇射撃でもなんでもして追い返さねばならない訳だ。
そんな訳で、ぼくらは昭和基地の皆と一緒に迎撃態勢を整え、今か今かと待ち構えているのだった。
基地の南側一帯には現在、ぼくたち【学園】側と現在動けるほぼ全ての基地職員達が、この場に陣取っている。
要塞化された基地は随所に防壁や固定銃座が備え付けられており、その間を資材や弾薬箱を持った職員達が走り回っていた。
見たところ準備万端、いつでも来い、といった雰囲気だが・・・敵も敵で、一筋縄では行かなそうだ。
その理由の一旦を、ぼくは双眼鏡の視野に収めたまま、ごくりと唾を飲み干す。
氷原を突き進むショゴスの一団の最奥、そこには他の個体より一際目立つ、巨大なシルエットが見え隠れしていた。
その巨体―――推定するに、ざっと20m以上。
他の個体よりあまりにでかいそいつは、途方もない地響きを立てながら、集団を追い立てるように悠々と進んでいた。
あたかも、第二次世界大戦時に存在したという、陸上戦艦を髣髴とさせるジャンボサイズだ。
レンズ越しに、無数の目がぎらり、と赤い眼光を放つ。
「あいつ、こっち見て・・・!?」
気付かれた、と思った瞬間、背筋に冷たい棒を通されたような悪寒が走る。
巨大ショゴスの前部がゆっくりとせり上がり―――聳え立つような長大な砲塔が姿を現した。
黒光りするそいつはゆっくりと旋回し、ぴたりとこちらへ照準を合わせる。
ぼくは慌てて双眼鏡から視線を外すと、陣取っていた高台から飛び降りた。
そのまま一目散に逃げながら、手でメガホンを造って大声を張り上げる。
「ほ・・・砲撃がくるぞ~~~っ!!!」
『―――状況は把握している。こちらも、丁度準備が出来たところだ』
「じ、地面の下から・・・壁が!?」
スピーカー越しに響く、低い男の声。
その直後、基地外周一帯に急激かつ劇的な変化が訪れた。
地面がせり上がり―――否、厚い雪の層を割って、分厚い灰色の壁が現れる。
みるみるうちに見上げるような高さにまでせり上がった防壁、続いてその両側にも同様の壁が現れ、視界を埋め尽くしてゆく。
あっと言う間に、基地とショゴス集団の間には長大な防御壁が出来上がっていた。
突然の出来事に驚く間もなく、巨大ショゴスの砲撃が防壁へと衝突する。
凄まじい地響き、そして轟音。
あまりの振動にすっ転んでしまったぼくは、上下さかさまの姿勢のまま着弾したあたりの壁へと目を向けた。
「や、破られて・・・ない?」
もうもうと煙が立ち上がる中、巨砲の直撃を受けた防壁は辛うじてその形状を保っていた。
とはいえ、着弾点のあたりを中心に放射状の亀裂が生じ、いまにも崩壊しそうな様子だ。
このまま次、同じ攻撃を受けたらと思うと、背筋がぞっとする。
そうこうしているうちに、件の防壁には更なる変化が生じようとしていた。
「壁のヒビが、ひとりでに・・・?」
結晶状の物体が、防壁の基部から急速に上へ向かって延びてゆく。
ボロボロだった表面は氷のような青白い結晶に包まれ、無残な亀裂はすっかり目立たなくなっていた。
見る見るうちに、防壁全体はすっぽりとコーティングされてしまう。
損傷する前にも増して厚くなった壁は、ぱっと見、強度の面でも問題なさそうだった。
『異星技術を使った特注の補修材だ。この程度の損傷であれば、数秒もあれば塞ぐ事ができる。勿論、残りの防壁も同様だ・・・使い切りだがな』
巨大ショゴスに遅れて、他の個体からの砲撃が防御壁へと到達する。
ずしんずしんと、重い音が立て続けに響いた。
しかし、その威力は壁を破るには至らず、表面に軽い損傷を作る程度であった。
先程補修された壁も同様、何事もなかったように聳え立っている。
「異星技術、って事はこれ・・・大新帝国の?」
『そうだ。この強化服と同様、我々は旧満州からの技術提供を受けている。・・・尤も、連中にとってはこの程度、10年遅れの枯れた技術に過ぎないようだがな』
「・・・?」
「最新技術の結晶は、南極に持ち込まないって決まりになってんだよ。要するに、鹵獲対策だな」
「我猛さん!」
久我島の言葉にひとり首を傾げていると、背後からぽん、と肩を叩かれた。
驚いて振り返ってみれば、赤銅色に日焼けした青年が白い歯を見せている。
基地職員の一人であり、先刻の襲撃では目覚ましい活躍を見せた我猛青年だ。
「鹵獲・・・って、ショゴスに?」
「そいういう事。奴らが今、使っている武装があるだろ?あれは全部、これまでに各地の陥落した基地や、襲った人間から奪われたモノなんだよ。無論、ここもそうなる可能性はゼロじゃない。そうなった場合、後ろのラインで侵攻を食い止める為の対策って訳よ」
「この壁や、久我島さんのアーマーも、敵に使われる恐れがある・・・ってコト!?」
ぼくの言葉に、黒角の青年はゆっくりと頷いて見せる。
その瞳には、静かな決意と闘志が燃えていた。
・・・彼らは自分が敗北した後の事も、全て織り込み済みでここを守っている。
想像を絶する覚悟、そして精神力だ。
年代的にはぼくとそう変わらないだろうに、一体何が彼を突き動かすのだろうか?
「ま、オレがそうはさせねぇけど?武装とは違って、異能は鹵獲不可らしいからな~」
「・・・どういうコト?」
『連中は、脳から表層的な意識や記憶を読み取れるらしい。だが、異能者から能力をコピーできた前例は、無い。・・・南極沿岸部の調査基地は秘密裏に、世界各国から異能者を招致して防衛に当たらせている。ここもその分に漏れず、だ』
「要するに。オレ達自身が人類の明日を守る、絶対防衛ラインって事」
自慢げに、防寒着に包まれた胸を張る青年。
それに対し、若干納得いかない、といった様子を声に滲ませる久我島。
今の言葉が事実なら、彼は文字通りその身をとしてこの地を、その背後に続く人類世界を守っている事になる。
敵に奪取され、使われるかもしれない兵器を補う形で、南極の防衛を担う異能者達。
強化服と異能者、科学と超常の象徴が並び立つ光景の理由が、今新たに明らかになった。
「ま、最強のオレ様が居ればあの程度の集団?ちゃっちゃと追い返してやるってモンよ。おやっさんも、作戦上の優先度はオレより下なんだからさぁ~?安心して守られててくれよな?」
『ふん、あまり調子に乗るなよ・・・青二才が』
低い声で唸る久我島に、逞しい拳でごつん、とアーマーの表面を小突く我猛。
一触即発、といった発言の内容とは異なり、その声色には怒りの感情は見られなかった。
勝手知ったる仲だからこそ出来る、軽口の応酬といった所だろうか。
「絶対に、負けられないですね・・・!」
『ああ。・・・お前たちの力も、期待している』
「ま、適当に肩の力は抜いておけよ?―――さて、そろそろ反撃の頃合いかね」
『連中との距離が1kmを切った。・・・時間だ』
久我島の言葉につられ、防壁の向こうへと目を向ける。
巨大ショゴス以外では無駄と判断したのか、先程から防壁へ降り注ぐ砲撃の雨は止んでいる。
代わりに、遠く聞こえていた地響きは、もうすぐそこにまで迫りつつあった。
より接近しての、集中砲火で守りを破る算段だろうか。
ここまで敵の攻撃に耐えた防壁も、敵に取りつかれてしまえば恐らく、その限りではないだろう。
決戦の時は近い。
ショゴスの集団が到達するまであと、僅か。
ぼくらは互いにうなずくと、それぞれの持ち場へ向けて走り出すのだった―――
今週はここまで。




