∥008-23 もう一つの戦い
#前回のあらすじ:人類の明日を守るお仕事!
[叶視点]
一方、場面は海の中へと移り変わる。
マル達地上班に別れを告げ、謎のシングを探しに海中深くに向かった別動隊。
彼等は正体不明の敵を相手に、未だその戦いを続けていた。
「お告げがありました―――上です!!」
『BYIIIIIII!!!』
「急速回頭!急げッ!」
「ヨーソロ!!」
棚氷の下、縦横無尽に走るクレバスの只中にて。
暗い海の奥深くより、音もなく敵の魔の手が忍び寄る。
独逸勢と日本勢を乗せたUボートの【神格兵装】、ヴィリー号はシングの接近を察知し、即座に回避行動を取る。
弧を描くように鋭く右へカーブ、その軌跡に被さるように上方より突如、姿を現した巨大な影が通過する。
間一髪、回避が間に合ったところで艦首を下げ、ヴィリー号は怪物の胴体中央へと照準を合わせる。
お返しとばかりに、魚雷発射管より2発の魚雷がシング目掛けて放たれた。
スクリューの回転音を雷鳴のように響かせ、黒き鉄塊が怪物の背目掛けてひた走る。
狙いよし、タイミングよし―――間違いなく、必殺の間合い。
「やったか!?」
今度こそは、という密かな期待を込めて、ダークブロンドの少女艦長は観測手を務める同胞へと視線を向ける。
しかし、ソナーに注視していたヴォルフラムは力なく首を横に振るのだった。
「駄目ッス・・・。ソナーに感なし、魚雷も不発ッス。敵さん、またしても姿を晦ましたみたいッス」
「くそ!・・・これで何度目だ!?毎度毎度、追い詰めても霞のように手ごたえがない奴め・・・!」
「て、敵の能力でしょうか・・・?」
「みたいだね~」
またしても不発。
皆の間から溜息が漏れる中、クレメンスの言葉にツェツィーリエは歯噛みする。
かれこれ数度、同じような状況から敵に逃げられる展開が続いているのだ。
いいかげんクルー達の間にも、鬱屈とした空気が漂い始めていた。
「今のところ、私の【託宣】で不意打ちは回避できてますが・・・。このままではジリ貧かと」
「むぅ・・・」
クレメンスの能力【託宣】は、数秒先の未来を見通すことが出来る。
攻防共に活躍する優れた能力であるが、今のところその活躍は敵の襲撃を察知する場面のみであった。
海の底深くに潜み、不気味な声と共に現れる正体不明のシング。
その姿は海中ゆえ目撃できていないが、ヴィリー号を鷲掴みにした事から相当のサイズと予想されている。
それだけの巨体にも関わらず、これまで一向に有効打を与えられていないのだ。
こちらの攻撃はいずれも手ごたえが無く、敵のそれはこちらへ届く。
【彼方よりのもの】の上位個体は何らかの特殊能力を持つ事があるが、今回もその例に漏れず、厄介な相手らしかった。
「何れにせよ、ここからは再び敵とかくれんぼだ。この際、長期戦も覚悟せねばなるまい・・・」
「そ、それじゃ、行きます・・・『伏龍の盤』!敵の居場所を教えて・・・!」
白髪の少年の前に淡く輝く、半透明の盤面。
その上に小さな手をかざすと、映し出された像がやにわに鋭い輝きを放つ。
やがて、ヴィリー号を示す光点の遥か前に、新たに赤い光点が灯った。
「・・・出ました!このまま少し深度を下げつつ、まっすぐ進めば―――!?」
「どうした?」
「わ、わかりません・・・。でも、今、何かが―――?」
「来るよ」
【伏龍の盤】の力で、敵をあぶり出した叶。
その報せを告げたところで、少年は何かに気づいたように視線を上げる。
急に途切れた言葉に、クルー達が訝しむ中、隣のシートに座る黒髪の少女がぽつり、と呟きを漏らした。
「来るって・・・一体何だよ?まさか新手でも現れるんじゃ―――」
「見てくださいッス!赤い光点が急に、こちらへ・・・!」
切羽詰まった様子のヴォルフラムの声に、周囲の視線が盤面へと集う。
見れば、それまでヴィリー号の進行方向で沈黙していた赤い光点が、急に異なる動きを見せていた。
次第に速度を上げ、今や怪物の位置は叶達を乗せた潜水艦の、目と鼻の先にまで迫っている。
「ぶつかる!?」
誰もが息をのむ中、意を決した少年は再び盤面の上に掌をかざす。
掌中に虹色の光があふれ、薄暗い艦内を一時、まばゆく照らし出した。
「間に合ってください!【静寂の帳】―――!!」
ヴィリー号の前方に、純白の幕が下りる。
薄布のような頼りないそれは見かけとは対蹠的に、並大抵の攻撃では寄せ付けぬ程の強度を秘めていた。
それを以てしても、敵はヴィリー号に匹敵するほどの巨体。
果たして、その突進を受け止める事が出来るのか・・・?
乗員たちの間に束の間、緊張が走る。
やがて―――
「は、外れた・・・?」
唖然としたような声で、ぽつりと呟きが響いた。
待ち構えていた衝撃は訪れず、代わりに艦内はしん、と静まり返っていた。
思い思いに防御態勢を取っていたクルー達も、戸惑うように辺りを見回している。
「・・・敵、わが艦の上方を通過!そのまま離れて行くみたいっす・・・なんで?」
「・・・さあ?」
ヴォルフラムの報告に、誰ともなしに零した相槌が応じる。
何故かはわからないが、敵は何もせず艦を素通りしていったらしい。
一時、艦内を弛緩した空気が満たす。
しかし、それを変えたのは梓の呟いた一言だった。
「あの方角・・・先輩の向かったあたりだ」
「!?」
「て、敵の反応は・・・!?」
「赤い光点―――地上へ、一直線に向かっています!」
その報告に、クルー達は一斉に息をのむ。
正体不明のシングが陸上でも活動可能かは不明だが、このまま放置しても良い結果にはならないだろう。
急いで、後を追う必要がある。
意を決すると、ツェツィーリエは鋭く号令を発した。
「・・・進路変更!全速力で奴を追うぞ!」
「「「了解!!」」」
威勢のいい声と共に、ヴィリー号はきびすを返す。
求めるは正体不明のシング、今度はこちらがその尻尾を追い回す番だ。
水面下で繰り広げられるもう一つの戦いは、新たな局面を迎えようとしていた―――
今週はここまで。




