∥008-21 閑話・狂気山脈攻略本部異常あり
#前回のあらすじ:ミスカトニック大学ですって!
『―――こちらアルファ・チーム。本部至急応答願います、どうぞ!』
「こちら探索本部。定期連絡には少々早いようだが、何があった?―――どうぞ」
ザザッ、とノイズの後に続き、男の声が響く。
ここは南極大陸中央部に位置する、氷床の上に設置された天幕のうちの一つ。
時は1988年、国連は『狂気山脈』探索に際し、現出予想地点付近にベースキャンプを設営。
各国の科学者、霊能力者達の協力により現出予想時刻を割り出し、この地へ全世界から『狂気山脈』探索の為の勢力を結集させていた。
全ては、極地の最奥に潜む謎を解き明かすため。
そして、訪れた星辰正しき時。
総勢二十四名の部隊が『狂気山脈』へと突入を開始。
彼らは三手に分かれ、怪生物ショゴス、並びに異星文明の遺跡に関する調査を行う手筈であった。
そのうちの一つ、突入部隊第一軍のコールサインを名乗る連絡に、アルノルドは怪訝そうな表情を浮かべる。
『アルファ・チームは・・・壊滅した。他のチームとも、連絡が取れていない。恐らくは・・・』
「・・・そうか。第二軍・第三軍の連中は残念だった。至急、迎えを向かわせよう。座標は―――」
『やめろ!!』
第二・第三チームの消息が掴めないとの情報に、天幕は重苦しい空気に包まれる。
彼らは選りすぐりの精鋭だった筈だ。
だが、彼奴らの脅威はそれ以上だったようだ。
しかし、生きてさえいれば挽回の余地はある。
生存者を帰還させるべく、回収用の飛行機を手配することを告げるアルノルド。
だが、それに対し返ってきたのは明確な拒絶であった。
「どういう事だ?生きて帰りたくないのか・・・?」
『全て奪われた!銃も、爆弾も!オレ達の装備は、みんな『奴ら』に模倣されて・・・オレ達自身に牙を剥いたんだ!!』
「何だと・・・!?」
ヘッドホンから届く切羽詰まった様子の声に、思わず呻きが漏れる。
生存者が告げる状況は、どうにも不可解なものだった。
模倣され、己に牙を剥く、とは一体、如何なる状況であろうか?
首をひねりつつ、アルノルドは生存者をなだめるように会話をつづけた。
「オーケー、まずは一旦落ち着こう。ベースキャンプへ戻って、暖かいコーヒーでも振舞おう。そうすればきっと、妙な考えも浮かばなくなる筈だ。・・・そうだろう?」
『あぁ・・・そうだな。そうだったら、何て良いだろう・・・っ!?』
その時。
アルノルドの耳に届いたのは、か細く響く笛の音のような調べだった。
テケリ・リ―――
物悲しく響く音が、次第に近づいてくる。
と、同時にヘッドホンから届く吐息が荒くなり、生存者はうろたえるような、短い叫びを繰り返し始めた。
『く―――来るな!来るなッ!!うお・・・おおおおお!!!』
「アルファ・チーム!ショゴスと遭遇したのか!?数は?状況はどうなっている!応答しろ、アルファ・チーム!!」
ノイズに紛れ届く、機関銃の発射音。
それに続き断続的に響く、耳をつんざく爆発音。
通信機を下げて走っているのか、ヘッドホン越しに届く音は遠くなったり近づいたりを繰り返している。
どうやら、予想以上にアルファ・チームは切迫した状況下にあるらしい。
「今からでも遅くない、迎えの飛行機を―――!」
『やめろ!やめろ!!だから・・・言ってるだろうが!銃も、爆弾も、奪われたんだ!この上、飛行機を―――外に出る手段まで奪われたら、どうなる!?』
「・・・!?」
『終わりだ!だから・・・ここで!オレ達が、一匹でも多く道連れにしてやる!!来るなら来い!うぉおおおおお・・・!』
命そのものを吐き出すような叫び。
銃を乱射する音、生存者の咆哮。
断続的に響く発射音は笛の音に塗り潰され、がつん、と何かに衝突する音を最後に―――
通信は途絶えた。
しばしの間、天幕に沈黙が降りる。
突入部隊からの通信は、既に途切れている、
それを確かめた後、アルノルドは大きく息をつくと、手に持ったヘッドホンを仮設のデスクの上へと放り投げた。
「・・・くそっ!」
「どうした?」
「アルファ・チームからだ。・・・どうやら、生還は絶望的らしい」
「おいおい・・・物騒じゃないか」
同じ天幕に詰めていた同僚の声に、溜息交じりに告げるアルノルド。
生存者が告げた突入部隊の状況は、まさしく絶望的なものだった。
「確かショゴス・・・だったか。各国の基地を襲ったのと同じヤツが、あの山脈の向こう側にはごまんとひしめいているんだろう?ぞっとしない話だぜ」
「そうだな・・・。そしてどうやら、その脅威は紛れもなく本物だったらしい。最新式の装備で固めた精鋭部隊が、半日もたたずに壊滅。・・・上層部はこの報せに一体、どうする気だろうな?」
「俺が知るかよ・・・。それにまだ、壊滅したと決まった訳じゃないだろ?案外まだ、向こうではピンピンしてるかも知れないぜ」
「そう願うが、ね・・・」
同僚と共に、通信の途絶えたアルファ・チームの安否に思いをはぜる。
その時、無線装置に再びランプが灯り、新たな通信の到着を報せた。
相手は―――先程と同じ、アルファ・チームの無線機からだ。
同僚と二人、思わず無言で顔を見合わせる。
「―――こちら、作戦本部。報告内容を話せ、どうぞ」
通信を開始する前に、外部スピーカーをオンに切り替える。
ザザッ、とノイズに交じり聞こえてきたのは、場違いな程に穏やかな、聞き覚えのある声だった。
『―――こちらアルファ・チーム。本部至急応答願います、どうぞ』
「無事だったのか、よかった・・・。こちら作戦本部、一体何があった?報告求む―――どうぞ」
安堵の息を吐きつつ、アルファ・チームの安否を尋ねるアルノルド。
隣に視線を送ると、同僚はジェスチャーで『だから言ったろう?』と返してきた。
能天気なその様子に苦笑しつつ、応答を返す。
しかし、喜ばしいものである筈の新たな通信は、ここから奇妙な展開を見せ始める。
『いや―――何も―――無かった。―――どうぞ』
「うん?いや、前の通信ではあんなに切羽詰まっていたじゃないか、一体どうしたんだ?―――どうぞ」
『気にするな―――それより―――聞きたいことがあるんだ。ベースキャンプの方角と―――距離。―――どうぞ』
「はぁ・・・?」
こちらの声など聞こえていないかのように、突如、本部の情報を教えるように求める声。
その不可解さに、アルノルドは怪訝そうな表情を浮かべた。
なおも、質問は続く。
『ベースキャンプの方角と―――距離。人数は、物資は?教えて―――どうぞ』
「ふざけてるのか?何故、急にそんな事を聞きたがる」
『ベースキャンプの方角と―――距離。人数は、物資は?教えて―――どうぞ』
「悪戯か?付き合ってられん、もう切るぞ・・・」
全く同じ調子で、同じ質問が繰り返される。
その様子にうすら寒いものを感じ、アルノルドはとうとう通信を打ち切る事に決めた。
最後通牒代わりに応答を残すと、通信を切断する。
「何だったんだ?今のは・・・」
「わからん・・・。ついさっきは、あんなに切羽詰まった様子だったのに。一体どうなってるんだ?」
再び、同僚と共に首を傾げる。
そうしている中、再び通信危機に外部からの通信が入った。
発信元は―――先程までと同じ。
二人は顔を見合わせると、無言のままアイコンタクトを交わす。
今度は同僚が通信に出ることに決まり、仮設机の前に腰を下ろした。
応答を開始し、スピーカーからノイズが走る。
「―――こちら、作戦本部。報告内容は簡潔に話せ、どうぞ」
『―――こちらアルファ・チーム。本部至急応答願います、どうぞ』
「・・・俺の、声?」
思わずヘッドホンを取り、半笑いのまま同僚がこちらを向く。
スピーカーから届いたその声は、紛れもなくアルノルドの声、そのものだった。
「・・・こちら本部、状況はどうなっている、どうぞ」
『聞きたいことがあるんだ。ベースキャンプの方角と―――距離。―――どうぞ』
「おいおい・・・」
先程の場面を繰り返すかのように、声の主は似たような質問を繰り返す。
状況は同じ、しかし声だけは違う。
明らかに異常な状況に、同僚は語気を荒げ発信者を問い詰め始めた。
「お前は誰だ!?何故、こいつと同じ声で話す!目的は何だ?アルファ・チームをどうした!」
『 食 ベ タ 』
「「・・・!?」」
突如、スピーカーから聞こえる声が変貌する。
人間の発声器官を持たぬ生物が、無理やり似せて発したような。
辛うじて人語として聞き取れるそれは、アルファ・チームが辿った末路を端的に言い表していた。
凍り付くアルノルドの前で、スピーカーの声は同じ質問を繰り返す。
『聞きたいことがあるんだ。ベースキャンプの方角と―――距離。―――どうぞ』
『聞きたいことがあるんだ。ベースキャンプの方角と―――距離。―――どうぞ』
『聞きたいことがあるんだ。ベースキャンプの方角と―――距離。―――どうぞ』
機械のように、同じ質問を繰り返す声。
アルファ・チームと会話が成立した時、最後に言い残した言葉。
本部へと通信を行い、アルノルドの声を『盗んだ』もの。
ぞわり、背筋を冷たいものが這い上ってくる。
震える指先で、アルノルドは通信装置の電源ケーブルを掴むと―――力任せに引き抜いた。
再び、天幕に静寂が満ちる。
しんと静まり返った中、荒く息をつく二人の吐息のみが響いた。
「・・・どうするんだ?」
「・・・・まずは、本国に報告だ。それから・・・ベースキャンプの撤収を、上に提案する」
「おいおい・・・突入部隊の救出は、どうする気だ!?」
「後回しでいいだろ。それに―――」
乱暴に頭を掻きむしると、アルノルドは吐き捨てるように答えた。
思考も感情もグチャグチャ、全身をねばつくような恐怖が張り付いている。
アルファ・チームの安否、自分の声を模した怪物、同じ発信元から届いた、複数の通信。
何もかもが不確かな状況だが、これだけは理解できた。
「きっともう、手遅れだ。お前もそう思うだろ」
「・・・なんてこった」
絞り出すような声に、同僚は思わず手で顔を覆った。
・ ◆ ■ ◇ ・
―――1988年、南極探索第二陣はベースキャンプより出発。
狂気山脈を踏破した突入部隊は幾度か通信を行った後、壊滅。
作戦本部は探索続行は絶望的と判断し、現地より撤収した。
こうして、二回目となる南極奥地への探索は失敗に終わった。
そして同年、ソ連ボストーク基地及び、大日本帝国所有のドームふじ基地からの通信が途絶える。
更に翌年、1989年に英仏二国が共同管理するコンコルディア基地より、ショゴスの一団による襲撃を受けたとの報告あり。
コンコルディア基地は辛くもこれを撃退するも、基地は半壊し、犠牲者は多数に上った。
以上の報せを受け、各国は内陸部により近い基地から撤収を開始。
並行して、沿岸基地の要塞化を進める事となる。
そして1989年、国連は極秘裏に極地防衛軍の発足を決定。
国境の垣根を越え、南極の地に潜む脅威を人類共通のものと定め、これを撃退するを根本理念とする。
皮肉にも、地球人類すべての団結という理想が、共通の敵の出現によって成された瞬間であった。
当時の国連事務総長は、極地防衛軍の結成にあたり、こう残している。
「これらの状況を鑑み、『狂気山脈』の監視・及び真相究明は今や、人類普遍の命題となっている。その脅威は語りつくせぬ程だが、幸いにも『彼ら』の到来には明確な兆候がある事が確認されている。この演説を耳にする者よ、世界に伝えろ。どこにいても、みんなに伝えろ。どこの空も見ろ。見続けろ。見続けろ―――」
今週はここまで。




