∥008-16 子供部屋での一幕
#前回のあらすじ:ゴリラと鬼いさんの語らい
[我猛視点]
がちゃり、とドアを開く。
【学園】とやらに属するという4人を待たせているのは、この部屋の中だ。
奴ら、ちゃんと大人しく待っていてくれるだろうか?
・・・もしかすると既に、逃げ出しているかも知れないが。
「ま、そん時ゃそん時、だ」
口元に獰猛な笑みを浮かべ、黒角の青年は部屋の中へと足を踏み入れる。
果たして、彼の眼前に広がる光景は―――
「そぉーれ。寅吉陸蒸気壱号、出発進行でござる~~~」
「きゃはははは!!」「わー!わぁー!!」
「・・・?」
間抜けな顔の猫の着ぐるみ、その東部を被った男が目の前を横切って行く。
その両肩にはそれぞれ、二人の子供たちがしがみ付き笑顔を浮かべていた。
茫然と彼らを見送った後、視線を部屋の奥へと向ける。
ゴムボールとおもちゃのバットで、壁打ちをしている子供。
部屋の片隅で、床に広げた絵本を前に寝転がる子供。
先程の二人とは違い、こちらに集まっているのは一人遊びや、身体を使わない遊びを好む子たちのようだ。
絵本を前に、読み聞かせしているのは小柄な少年。
ゆっくりと読み上げる声に興味津々といった様子で耳を傾けながら、小さな聴衆達は思い思いの姿勢でくつろいでいる。
―――彼らの額には例外なく、黒く小さな角がぽつりと突き出ていた。
「そのとき、お堂のなかにおそろしい声が響きました。小僧さんを迎えに来た、平家の落ち武者の霊です。『亡一、亡一・・・。そこに居るのか・・・亡一!』声は三度、小僧さんの名を呼びます。ですが返事はありません、霊は小僧さんを探し始めました」
「どきどき・・・」
「いくら探しても、小僧さんの姿は見つかりません。それもそのはず、小僧さんの全身には、くまなくありがたいお経が書いてあったのです。御仏の力で、霊の目には小僧さんの姿が見えなくなっていました。悔しそうに声がお堂に響きます。『おのれ、こざかしい真似を・・・!』」
「おきょうのちからって、すげー!」
「しかし、霊はニタリと笑いました。『・・・馬鹿め!一箇所だけ、経文を書き忘れておるわ!これは、駄賃として貰っておくぞ・・・ぬぅん!』『アッー!!』小僧さんの顔が青ざめます。霊の手はむんずとその箇所を掴み、ぶちりとちぎり取って持ち去ってしまいました。あまりの痛みと恐怖で、小僧さんの意識は薄れていきます・・・。」
「ごくり・・・!」
「翌朝。お堂を訪れた和尚様は、変わり果てた小僧さんの姿を見つけ、驚きの声を上げました。『タ、タマがねえ・・・!チンも!!』そうです、和尚様は夕べ、小僧さんの珍と玉にお経を書き忘れていたのです。それからというもの、小僧さんは、小娘さんとして生きる羽目になりましたとさ・・・おしまい」
「おもしろかったー!・・・あ!にいちゃん!」
ぱたん。
絵本を閉じて、読み聞かせは終了する。
絵本の感想を口々に語り合う子供たち、その視線が戸口に向かい、そこに立つ人物を目ざとく見つけた。
声を上げるちびっ子に片手を上げて応えると、部屋中からわらわらと青年の元へと集まってくる。
「みんなー、にいちゃんかえってきたぞー!」
「お、おう。・・・ただいま」
「おかえりー!」
わいわいと足元にまとわりついてくる、小さな頭。
それを順に撫でながら、青年は部屋の中へそっと視線を巡らせた。
子供たちの相手をしていたのが、二人。
残りの客人は書棚の前で、なにやら読書に耽っているようだ。
それを確かめると、青年はやれやれといったふうに小さく息をついた。
「・・・ここで待ってろ、とは言ったがよぉ。まさか、チビどもの面倒まで見てくれるとは思わなかったぜ」
「まずかったかな?」
「いや、助かるぜ。・・・でもよぉ。子供の読み聞かせにゃちいっと、刺激が強すぎじゃねぇの?これ」
そう言いつつ、青年は床の上から一冊の絵本を取り上げる。
その表紙には、『タマ無し亡一』と、おどろおどろしいフォントでタイトルが綴られていた。
小柄な少年と猫面の男は、互いに顔を見合わせる。
「・・・この位、普通だよね?」
「さようさよう」
「そうだよー。にいちゃんいっつも、ちいさなこどもむけのはなしばっかりだもんな」
「ホラーやラブロマンスだって、たまにはよみたいよねー」
「ねー」
「ぐぬ、お前らなぁ・・・!」
ちびっ子達による駄目出しを次々と受け、青年の逞しい体がぐらりと揺れる。
おませな子供たちにとって、青年のチョイスはいささか刺激不足なようだった。
容赦のない指摘に、がくりとうなだれる我猛。
その様子を見て、ケタケタと意地悪な笑みを浮かべる子供たち。
仲良しながら、中々に容赦のないやりとりに、客人達はそろって苦笑いを浮かべるのだった―――
今週はここまで。




