∥008-15 昭和基地が静止した日
#前回のあらすじ:めっちゃ怪しまれてるー!?
[我猛視点]
「異世界からの侵略者【彼方よりのもの】、神を目指す少年少女が集う【学園】、そして12月に訪れるという災いの日・・・。我猛、きみはどう見る?」
「どう、って言われてもよぉ・・・」
ひととおり尋問を済ませた後。
俺とおやっさんは揃って、頭を抱える羽目になってしまっていた。
事の始まりは、先刻。
氷床に設置した観測機器のチェックを終え、雪上車を走らせていた最中のことだ。
異様な気配に気づいた俺は、窓の外を流れる景色が急に、スローモーションになったような感覚に襲われた。
視界に映る光景が、すべてコマ送りになったような。
それでいて意識は研ぎ澄まされ、一つ一つの事物を鋭敏に感じ取れるような感覚があった。
自らの肉体に、突如として生じた異変。
慌てて車を止めた俺は、その直後、空を割って現れた小型のUFOどもによって襲われた。
その場に割って入ったのが、あの少年―――丸海人達だ。
俺は正直、彼らに対しどのような評価を下すべきかを悩んでいる。
言っている内容はどれも、平時であれば一笑に付すようなものばかりだ。
しかし、困ったことに現在、彼らの言う通りの異変が発生してしまっている。
世迷言を垂れ流す狂人か、はたまた世界の真実の生き証人か―――?
判断に悩むところだが、何れにせよ。
俺の立場から、言えることはただ一つであった。
「保留じゃねーの?判断するにゃ、時間も無ぇしよ」
「・・・同感だな」
「だが、まぁ。・・・個人的に言やぁ、マルの奴くらいは信じてやっても、いいんじゃねぇの?」
その、【彼方】だか何だかは置いといてよ。
そう断った上での発言に、おやっさんはふむ、と小さく唸る。
今日、出会ったばかりの相手ではあるが、あの小柄な少年からは害意を感じなかった。
他の連中がどうかまでは図りかねるが、その人となりくらいは信じてやっていいと思う。
そうやって一人ごちる青年は、ふと、視線を部屋の一角へと向ける。
そこにあるのは、書棚の前で佇む人物の後ろ姿だった。
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、飾り気のない白衣を身にまとった一人の女性。
一冊の本を手に取ろうと、その手は前方へと伸ばされ―――
しかし、女性はその姿勢のままその場に静止していた。
もうかれこれ数分間、彼らがこの部屋へ来てから経過している。
にも関わらず、彼女は今の姿勢から1ミリたりとも動いてはいなかった。
パントマイムの達人ならいざ知らず。
特殊な訓練を受けた訳でもない人間としては、とても考えられない状態と言える。
―――彼女に限らず、現在基地内外には大量の、『静止した』人間が存在していた。
歩きながら、食事しながら、仲間と談笑するその場面・表情をそのままに。
彫像の如く、一切の動きを止めた人々。
対して、我猛をはじめこの状況下で動ける人間たちもまた、存在している。
彼らは共に『覚醒者』、或いは『異能者』という一点において共通していた。
生まれつき、或いは後天的に生物として覚醒し、超常的な力に目覚めた者たち。
青年もその例に漏れず、生まれ持った異能の力を買われ、この地へと配属された立場にあたる。
一方、久我島は過去に陸軍としての作戦行動中、生死の境に直面した折に偶然、第六感的な感覚に目覚めていた。
二人の他にもこの場には、とある理由によって人知を超えた力を持つ者達が集められている。
異常な状況にも関わらず、比較的早く【彼方よりのもの】の襲撃に対処できたのには、そういう背景があった。
「では、改めてかの少年達と交渉するとしようか。・・・何時までも、雛罌粟女史をあのままにしては置けんからな」
「そうこなくっちゃ!」
書棚の前で静止したままの女性へちらりと視線を送ると、おやっさんはその場で立ち上がる。
青年もまた遅れて椅子から立つと、意気揚々と基地内の一角を目指し移動を開始した。
あの少年達は、あてがわれた部屋で大人しくしてくれているだろうか?
この状況を打開すべく、彼らには改めて協力して貰わねばならない。
その交渉をどうやって切り出すのか、頭を悩ませつつ我猛は歩みを進めるのだった―――
今週はここまで。




