∥008-14 前門のゴリラ、後門の鬼
#前回のあらすじ:昭和基地へ到着(絶賛襲撃中)
[マル視点]
『南極では戦闘行為が禁止されてる―――。だったかしらぁん?』
「その筈、だったんだけどなぁ・・・」
そんなやりとりを交わすぼくらの目の前で、いささか信じがたい光景が繰り広げられていた。
凍土の上空で飛び交う、銀色のUFO達。
それが、地上から伸びる火線によって次々と撃ち落とされていく。
幾筋も赤く尾を引いて迸る、銃弾のシャワー。
それは、地上を闊歩する物体―――黒光りする鋼鉄製のゴリラ、としか形容のしようがない物体から放たれていた。
1発撃つたびに、重々しい発射音が氷点下の空へと轟く。
歩兵では携行不可な、大口径火器による圧倒的な火力。
それを齎す謎の物体は、合計5体。
霜の降りた通路を踏みしめ、重い足音を響かせながら彼ら(?)は統制の取れた動きを見せていた。
―――昭和基地へ、ぼくらが駆け付けた後。
【彼方よりのもの】との交戦を開始したしばらく後に、彼らは姿を現した。
基地を襲撃するシングどものあまりの数に手をこまねいていたところへ、満を持しての登場である。
それからというもの、圧倒的な火力によって瞬く間に敵集団は殲滅されてしまった。
半ば茫然とするぼくらを尻目に、黒角の青年は小走りで戦闘を終えた彼らの元へと駆けてゆく。
「―――久我島のおやっさん!」
『我猛君も無事だったか。それで、そちらの民間人は・・・?』
「え~~~っと。お、お邪魔してま~す・・・」
「右に同じ、でござるよ。ニョホホ」
鋼鉄の塊より、スピーカーを通した男の声が響く。
やはりというか、中に誰か乗っているようだった。
ぼくは若干ひきつった笑顔を浮かべながら、片手を上げて挨拶する。
この地へ来てから、第二の遭遇となる現地民。
鉄塊にしか見えないその威容に若干ビビりつつも、ぼくらは彼らとのコンタクトに臨むのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「・・・久我島二等陸佐だ、協力感謝する」
「おやっさん。一応、今は国連軍所属って事になってる筈だろ・・・?」
「ああ・・・そうだった。長年沁みついたものは中々、拭えんものだな」
短くそう告げると、巌のような男は軽く目礼した。
つられるようにこちらも頭を下げると、隣から男の発言をたしなめるように我猛青年が口を開く。
陸佐、というのは確か、帝国陸軍で現在使われている階級の一つだった筈だ。
察するに、目の前の人物は陸軍から国連軍へ移籍してきた立場―――という事だろうか?
視線をちらりと横へ動かすと、そこには先程まで動き回っていた鋼鉄の鎧が鎮座している。
元々の予想通り、中に人が乗っていた訳だが。
中身も外見と負けず劣らずの、中々のゴリラっぷりであった。
この場に、後輩が居ないことに安堵する。
彼女なら、「ゴリラからゴリラが出てきた!」等と発言して、場の空気を凍らせていたに違いない。
「は、初めまして。丸海人です」
「寅吉でござる」
『玄華よぉ、ヨロシクねぇ』
『・・・野呂、ダ』
「ふむ」
めいめいが自己紹介する間、男の視線は油断なくぼくらの間を行き交っている。
落ち着いたその立ち居振る舞い、筋骨隆々の肉体からは、歴戦の勇士といった雰囲気がひしひしと感じられる。
5人の中で率先して交渉に立っているあたり、彼がこの一団の指導者的立場にあるのだろうか?
そんな考えを肯定するように、我猛青年から男についての補足が加えられた。
「おやっさん・・・久我島さんは、この基地に駐留している国連軍のリーダーなんだ」
「なるほど・・・?」
「まあ、そういう事になっている。今はな」
ぎろり。
先程よりも幾分眼光を強め、男の視線がぼくらを貫く。
それに晒されたぼくは蛇に睨まれたカエルの如く、固まったまま脂汗を流すハメになった。
・・・何だか、マズそうな雰囲気だ。
思わず後ずさりしそうになったぼくの肩を、隣に立つ青年の太い腕ががっちりと掴んでいた。
その場に縫い留められたまま、俎上の鯉となったぼくに対し容赦のない詰問が開始される。
「それで―――きみ達は一体、どのような目的でこの地を訪れたのかな?」
「うっ・・・!?」
『アラアラ。ひょっとしてアタクシ達、ピンチかしら?』
改めて目的を問う、有無を言わせぬ声。
それを直に浴びせられ思わず震え上がるぼくの耳に、どこか呑気な声が飛び込んできた。
―――南極大陸は本来、出入りが厳重に制限された土地だ。
日本から上陸する場合、まず出発する前に届出を行い、許可を得る必要がある。
昭和基地に駐留する彼らも、その事は重々承知の筈であった。
つまり、ぼくら全員が正式な許可を得ずに、この土地へ不法侵入している訳だった。
そのことはぼく自身、頭の片隅で認識してはいたのだが・・・。
それがまさか、こんな事になるだなんて。
そもそも、任務先で現地民と会話が出来ること自体が完全に想定外なのだ。
今、この地は異世界からの侵略者である、【彼方よりのもの】によって襲撃を受けている。
それに対して発令されるのが『緊急任務』であり、ぼくら【神候補】はそれを解決すべく、南極へと転移してきている訳だ。
高次元世界の存在である奴らは侵略の際、次元の壁に穴を開ける。
そして、こちら側へと開通した穴からは、【彼方】の構成要素が流入を開始する。
通常の物理法則を超越した特性を持つそれは、周囲の環境を写し取り、ニセモノの世界を造り上げるのだ。
【影の国】、と呼ばれるそこには本来、時間の流れが存在しない。
よって、普通の生き物は行動すら出来ないのだ。
仮に、任務先で現地民と遭遇したとしても、彼らは指一本動かせない筈だった。
反面、ぼくら【神候補】は生命体として覚醒を果たしたことで、【影の国】でも自由に行動出来るようになっている。
クリスマスの夜に枕元へプレゼントを置くかの如く、ぼくらは密かに人知れず、【彼方よりのもの】と戦っているのだ。
その、筈だったのだが―――
「それがどうして、こんな事に・・・!?」
久我島と呼ばれた男は眼光鋭く、こちらの一挙手一投足に注意を向け続けている。
その背後に控える鉄塊の兵たちは銃こそ構えていないものの、いつでも発砲へ移れる体勢を維持しているようだった。
我猛青年は相変わらず、ぼくの隣でにこやかな笑顔を浮かべている。
だが、肩に置かれた手には万力の如く、びた1ミリここから動かさないぞ、という意思が込められていた。
正しく前門のゴリラ、後門の鬼。
もしかすると、我猛青年は最初から久我島達との合流を狙っていたのかも知れない。
その両者に挟まれ、万策尽きたぼくは思わずぼやきを漏らすのだった―――
今週はここまで。




