∥008-11 Bチーム・要救助者捜索班の様子
#前回のあらすじ:バナナで釘!
[マル視点]
「おろ?マル殿、何か向こうに見えるでござるよ」
「えっ?・・・あ、ホントだ。これは―――キャタピラの、跡?」
草木一本生えぬ、純白の大地。
その上をあてどもなく歩き続けること、しばし。
寅吉が見つけた何かの痕跡へ向けて、ぼくらは息せき切って駆け付けた。
見れば、雪の上に二筋の轍のようなものが刻まれている。
等間隔に残された、縞模様の跡。
それは、戦争映画で見たことのあるキャタピラの通過跡によく似ていた。
『キャタピラっていうと、戦車か何かかしらぁん?』
「ん-・・・違うんじゃない?多分、ここで暮らしてる人達が残した痕跡だと思うから。・・・たしか、南極では戦闘行為が禁止されてる筈だし」
『成程。陸ニハ、ソウイウ取リ決メガ在ルノダナ』
「この場限りの休戦地帯、という訳でござるか」
同じことを連想したのか、玄華は近代戦の花形たる戦闘車両の名を口にした。
だがしかし、この地における戦闘行為の一切は南極条約によって禁止されている。
無論、例外というのは何事においても存在するものだ。
しかし少なくとも、大っぴらに軍事行動を行う事は出来ない筈だった。
南極でキャタピラのついた車両、となればひょっとすると、アレかも知れない。
「何にしても、大事な手掛かりだよね。問題は―――」
『ここからどっちに向かえばいいのか、かしらねぇ』
―――雪原に残された痕跡は、行く手を一直線に横切っている。
果たして、右手か左手のどちらに行けば、正解へとたどり着けるのだろうか?
ぼくらは新たに立ちはだかった難題に、揃ってうーんと首を捻るのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
南極に生じた【影の国】―――【彼方よりのもの】の狩場。
その只中に取り残されていると思われる犠牲者を探し、ぼくらは氷の大地を進んでいた。
身を刺すような冷気は、水棲コンビに伝授して貰った水のヴェールを纏う事で、ひとまずの解決を見ている。
隣を歩く寅吉も、つい先程までしきりに寒がっていたところを、ぼくが張った水膜に包まれて以来活力を取り戻していた。
今回の任務、彼等がいなかったらまともに進行すら出来なかっただろう。
彼女達には感謝してもし足りないが、このメンバーが偶然、この場に集まったとも考えにくい。
恐らくだが、任務進行の為にヘレンちゃんが丁度いい人員を集めた結果、こうなったのではないだろうか?
・・・まあ、当人に聞いてもはぐらかされそうな気がするが。
答えの出ない疑問はともかく、今は要救助者の捜索だ。
ぼくらは雪の上に残された轍を辿って、海とは反対側に向かい歩みを進めていた。
「―――という訳で、こちらは陸地側に向かって探してる所なんだ。悪いんだけれど、もし要救助者が海側へ行ってた場合、潜水艦で捜索して貰いたいけれど・・・いいかな?」
『わ・・・わかりました!つ、ツェツィーリエさんも了解した、との事です・・・!』
「おっけ。これで懸念点の一つは解消、かな?もしお願いする時は、また改めて連絡するから。それじゃ、お願いね?」
『マ、マルさんもその、お気をつけて・・・!』
マイクよろしく口元に当てた【魂晶】を通し、海中を進むAチームと情報交換を済ませる。
相手からの声を受け取るイヤーカフ型受信機含め、どちらも叶少年の能力をベースに開発された、楓さん謹製の通信宝貝であった。
―――ぼくらは今、海中と地上の両チームで連携しつつ、それぞれの目標を追っている。
叶くん、後輩、独逸勢で編成された潜水艦チームは、正体不明の巨大シングを。
一方ぼくらは地上の何処かに居るであろう、要救助者を探す方針だ。
先程、雪の中に残された痕跡を前にどちらへ向かうか考えた末、ぼくらは海岸線から遠ざかる方へ進むことに決めた。
こちらが空振りだった場合、セカンドプランとして叶くん達に海側を探して貰おうという魂胆だ。
海の近くであれば、潜水艦で向かう事も可能であろう。
彼等は彼等で追っている標的が居るが、その場合人命優先、という事で了承も得ている。
そんな訳で。
ぼくらBチームとしては、まず陸側の捜索を片付けてしまいたい。
行く手に視線を送ると、キャタピラの跡は真っ白な地面の上を、真っすぐ向こう側へと伸びていた。
細かい起伏に富んだ雪原の彼方、轍の進む先は小高い丘の向こう側へと消えている。
もうかれこれ数十分は歩き続けているが、一向に轍は途切れる様子が見られない。
いい加減疲れて来たが、ここで諦める訳には行かなかった。
そうしていつ終わるとも知れぬ雪道を進む中、唐突ににそれは訪れた。
『・・・何カ、聞コエヌカ?』
「え?―――あっ!光が・・・!!」
長い年月を掛けて積み上がった雪丘を越えた所で、何かに気付いた様子の野呂が声を上げる。
見れば、2本の轍が伸びる先に、菫色の瞬きが生じるところであった。
【彼方】の粒子が放つスペクトラム、シング共がそこに存在する証拠だ。
ぼくらは互いに目配せし合うと、大急ぎで丘を下る。
果たしてそこには、オレンジ色の雪上車とその周囲を飛び回る、大小無数のUFOの群れがあった。
更に見れば、雪上車の外には要救助者とおぼしき、防寒着の人物がシング共に囲まれている。
正に絶体絶命、一刻を争う状況だ。
ぼくは表情を引き締めると、疲れた脚に鞭うって駆け出し―――
かと思えば以外な光景を目にして、すぐさま立ち止まるのだった。
「何だかわからんが・・・襲ってくるってェなら容赦しねぇぜ!王の―――打擲ッ!!」
『トゥリ!?』『トゥリリリリリリッ!!!』
「おら!おら!おらおらおらおらおらおらッ!!!」
見えない拳で打ち据えられたように、空中で銀色の円盤がひしゃげて―――弾ける。
混乱するように、ジグザグに幾何学的な軌跡を描き飛び回るUFO達。
その前に両手を突き出すと、男性らしき人影はどっしりと腰を落とし、虚空に向かって拳を突き出した。
一つ、二つ。
拳が閃く度に、UFO達は潰れ、弾け、菫色の燐光を残して次々と消滅して行く。
ぽかんと眺めるぼくらの前で、円盤どもはあっという間に片付けられてしまった。
「フー・・・。チッ、何だか歯ごたえの無い連中だなァ。―――あン?誰だ!お前等!?」
「えっ」
最後のUFO型シングを爆散させ、ぷらぷらと片手を振りながら嘆息する謎の人物。
その視線がふと、ぼくらの方向へ固定される。
誰何の声に思わずぎくり、と身を硬くすると、おそるおそる自分を指差した。
男は無言のままこくり、と首を縦に振る。
「あー、えーっと。・・・あ、怪しい者じゃないですよ?ただ、この辺りでシン―――妙な生物の目撃証言があったんで、見回りに来たんです!」
「その物言いが既に怪しいンだがな。ところで妙な生物、だぁ?・・・さっきの奴等の事か。そりゃ、ご苦労なこったけど・・・見ない顔だな。ぱっと見、ご同郷っぽいが―――」
両手を上げて敵対の意思が無い事を示しつつ、男の下へと歩いて行く。
そうして距離が近づくにつれて、男の容貌がはっきりと見て取れるようになってきた。
思ったよりも若い、ぼくより少し上くらいだろうか?
赤銅色のよく日に焼けた身体はよく鍛えこまれており、防寒着の襟元から覗く首は太く、がっしりと筋張っている。
そして、無遠慮にこちらを観察する視線には、あからさまに警戒の色が見て取れた。
さもありなん。
突然のシングの襲撃に続き、見知らぬ連中が現れたとなれば、警戒するなというのが無理というものだ。
「まァ、いい。・・・俺ぁ我猛。一応、昭和基地の調査員―――って事になってる。あんたは?」
「あ、これはどうもご丁寧に・・・。ぼくは〇×の丸に海の人と書いてマルカイト、お察しの通り日本人―――って。お・・・鬼!!?」
「「「!?」」」
ひとまず警戒心を抑えてくれたのか、ぼくの名を訪ねる褐色の男。
互いに自己紹介を済ませると、ぼくらは友好の握手をすべく歩み寄り―――
短い髪をかき上げたその額に、黒々と屹立する硬質の角がある事に気付いた。
思わず、素っ頓狂な声で叫ぶぼく。
周囲の視線はたちどころに黒角へと集い、辺りは再び緊張に包まれるのだった―――
今週はここまで。




