∥008-10 Bチーム・要救助者捜索班の様子
#前回のあらすじ:叶くん悲喜こもごも。
[マル視点]
「「し・・・しばれるゥ~~~ッ!!」」
一面が氷に覆われた、荒涼とした大地。
南極大陸の名は伊達ではなく、見るからに寒そうな大地は凍えるような大気によって包まれていた。
独逸勢から借りた防寒服を身に纏っていても、袖口や襟元からたまらない冷気が忍び込んでくるのだ。
少しでも油断すると、芯まで凍えきってしまいそうだった。
ぼくと寅吉さんは揃って、もこもこの防寒服で着ぶくれしたまま、両手で身体を抱いてふるふると震えている。
そんなぼくらと比べ、後から付いてくる奇妙な風体の二人はいたって平気そうだった。
『あらまぁ。アナタ達、寒いのはニガテかしらぁん?陸に住む人達って大変ねぇ』
『笑止。単ニ、堪エ性ガ無イダケダロウ』
「・・・聞こえてるんですけど、そこ!!」
ヌルフフフフ、と怪し気に笑う水棲コンビ。
くるりと振り返ったぼくは、びしり、と彼等に向かって指先を突き付けるのだった。
・・・伸ばした手の袖口から、たちまちぞっとするような冷気が忍び込んで来る。
ぼくは無言で袖の中に手を引っ込めると、恨めしそうな目つきをコート姿の怪人に向けた。
そんなぼくの体たらくに、玄華は無言でくすりと失笑するのだった。
―――潜水艦ヴィリー号にヘレンが乱入した後、ぼくらは地上へ戻ることに決めた。
目当てはこの地に居るという、【彼方よりのもの】に狙われている人達だ。
彼等を助け出し、侵入したシング共を殲滅することで、任務はひとまず完了となる。
今回はそこへ、未確認巨大シングの乱入という不確定要素が絡んだ訳なのだが。
優先すべき事項はそれでも変わらず、要救助者を彼奴等の魔の手から護る事なのだった。
・・・そういう訳で、寅吉・ぼくの二名は艦を降りる事となった。
近接主体の寅吉さん、潜水艦ではいまいちやる事の無いぼく。
この二人が、やること探しに揃って出て来ただけとも言う。
そこへ付いてきたのが、先程の二人だ。
玄華と野呂。
『深泥族』の参謀役と、若くして氏族の象徴である『泥艮』へと成った若者の二名である。
彼等と、ぼくらを合わせた合計四名が、地上を行軍するチームであった。
ツェツィーリエ嬢に防寒着も借りたことだし、準備は万端の筈、だったのだが―――
「まさか、こんなに寒いだなんて。完全に予想外だよ・・・」
「で、ござるなぁ。・・・ぶるぶる」
『なんたって、南極ですものねぇ。バナナで釘が打てちゃう位なんでしょ?』
『キチント持ッテキテオリマス、母上!』
「・・・ネタが古い!!」
しきりに寒がるぼくらとは対照的に、海産物コンビはいたって元気いっぱいだ。
今も、オヤツ代わりに持参したバナナを掲げ、ハンマーよろしく振り回している。
―――因みに。
『バナナで釘を打つ』というのは、一昔前に放映されたCM内で、凍り付いたバナナを使って釘を打った事に端を発する。
件のCMで登場するオイルのデモンストレーションとして、『こんな極寒の環境下でも大丈夫!』と行ったのがきっかけのようだ。
そんな古いネタをよくもまあ、憶えているものだ。
感心するやら呆れるやらだが、何より不可解なのがその活力の元だった。
こんな極寒の地で、平気でいられる生物なぞはたして存在するのだろうか?
シロクマじゃあるまいし、天然の毛皮のコートも無い彼等に、氷点下の大地は辛い筈なのだ。
ぼくはひとり首を傾げると、素直に疑問を口にするのだった。
「・・・で。なんだってお二人とも、そんなに元気でいられるんです?・・・寒くないの??」
「さようさよう。何だったら拙者、今すぐにでも炬燵で丸くなりたい気分でござる・・・。ぶるぶる」
『あらあら。きっと陸の方とはアタクシ達、身体の造りが違うんでしょうねぇ』
二人そろって、カタカタ奥歯を震わせるぼくら。
それを前にして、ナマズめいた風体のご婦人はからからと笑い声を上げた。
・・・ひとしきり、そうした後。
彼女は指を顔の前で1本立てると、秘密めいた様子で囁き声を漏らすのだった。
『・・・と、言いたい所だけれどねぇ。実はコレ、種があるのよ』
「種・・・って、何です?」
『論ずるより証拠、ね。アナタ、いつも使ってるあの、泡の障壁。今からこの場で、使ってみて貰っていいかしら?』
「え?・・・あ、はい。メル!お願いできる?」
『・・・!!』
中空にこぽり、とコバルトブルーの輝きが生じる。
玄華の求めに応じて、ぼくの周囲はたちまち薄い水の膜によって覆われた。
―――が、それはたちどころに凍り付き、水球ならぬ氷球と化してしまう。
予想通りの光景に、ぼくは思わず天を仰ぐのだった。
「あちゃあ・・・」
『ヌルフフフ。何の準備もしなかれば、まずそうなるわよねぇ?・・・じゃあ今度は、膜の構造を弄ってみましょうか。幾重にも薄膜を重ねて、障壁の内部に層を作るの。できるかしらぁ?』
「えー、っと。・・・こう?」
『フム。初メテニシテハ、上出来ナヨウダナ』
再び、『バブルシールド』を展開。
言われた通りに積層構造を意識した水壁は、淡い紺碧の光を湛えた表面があっという間に白く霜に覆われる。
―――が。
水膜の内側は先程とは異なり、未だ液体の状態を保っていた。
「おお・・・!」
『ヌルフフフ。違いがわかったかしらぁん?じゃあ、次はお手本を見ながら作り直してみましょうか。ほら・・・アタクシの掌を、よーく御覧なさい?表面をうっすらと、水の膜が覆ってるのがわかるかしらぁ?』
「むむむ・・・?」
コートの裾から覗く、水かきのついた掌。
意識を集中させると、うっすらとその表面をごくごく薄く、微細な水のコーティングがぴったりと張り付いていた。
―――意識を、さらに集中。
体内の【神力】を感じ取る第六感までを総動員し、薄膜の構造を解き明かしてゆく。
彼女の肌を覆うヴェールは、あまりに薄く、緻密で―――あまりに複雑であった。
(なんだ、これ―――?こんなモノが果たして、ヒトに作る事ができるの・・・?)
その、あまりに隔絶した技量に眩暈がする。
じっと見つめるうちに、ぐらぐらと足下が揺らぎ出すような錯覚を覚える程だ。
同じ系統の力を持つからこそ、理解できてしまう。
水と共に育ち、産まれた時より神に近しい存在であった彼等。
人間との間に存在する壁の厚さに、軽く絶望する程だ。
でも―――
「やってみなくちゃ、わかんないでしょ・・・!―――【神使メルクリウス】っ!!」
『・・・・・・!!』
「マル、殿・・・!?」
―――ぐるりと視界が廻る。
気付いた時には、ぼくは氷の上にどすんと尻もちをついていた。
鼻の奥がつんと痛い、ぐわんぐわんと波打つような頭痛が、ぼくの神経を苛んでいるようだ。
明らかに集中のしすぎだが―――手応えはあった。
その証拠を、視線を落として自らの掌中に確かめる。
手袋に覆われた掌の上には、うっすらと微細な薄膜が存在していた。
つい先程目にした、芸術品とでも呼ぶべき水膜をお手本とした、それ。
見様見真似であるが、周囲から忍び寄る冷気を完全にシャットアウトしていることからも、一定の成功は収められたようだ。
「な・・・何とかできた、みたい」
『よくできました。これのコツはねぇ、間に細かい空気の層を含ませて、最表層はあえて凍らせる事なのよぉ。生徒の呑み込みが早いと、教え甲斐があるわねぇ。でも・・・ちょっと、無茶しすぎよぉん?』
「あはは、気をつけます・・・」
軽くたしなめるような声色に、苦笑しつつ手を伸ばす。
がっしと掴まれた暖かな手は、湿った感触と共にぐい、とぼくの身体を引き上げた。
ぼくは氷の上に立ち上がると、何度か手足の曲げ伸ばしを行う。
どれだけ身体を動かしても、先程のような刺すような寒さは全く感じなかった。
成程、最初からこれを使っていたのであれば、彼等の様子も納得が行くというものだ。
ぼくは二人に改めて礼を言うと、新たに目覚めた力を和装の仲間に使うべく、再び紺碧の水塊を中空に呼び出すのだった―――
今週はここまで。




