∥008-03 鉄の女はにげだした!
#前回のあらすじ:すいません、噛みました
[ツェツィーリエ視点]
―――ツェツィーリエ=ヴァルザーは、カワイイを愛していた。
武闘派クラン『鉄血機甲師団』所属、鉄血にして厳格なる女傑。
クラン内外にその名を轟かせ、日夜目覚ましい活躍を上げる彼女。
その、誰にも言えない秘密が『それ』である。
ナチス党が支配する現代のドイツに育ち、質実剛健を旨とする家訓に従い過ごした、19年間。
自他に厳しく志は高く、常に張り詰めた生活を送る故に生じた、反転衝動とでも呼ぶべき性癖であった。
往来で見かける年端もゆかぬ稚児、道端で日向ぼっこする野良猫。
己が視線はそういった『カワイイもの』を自然と追い、抱きしめ愛でたくなる衝動に駆られるのだ。
無論、そのような惰弱な行為を実行に移す気などさらさら無い。
ツェツィーリエは鉄の女。
親衛隊員の家に育った、栄えあるアーリア民族の末裔である。
分厚く被った面の皮でたぎる情欲を覆い隠し、今日も彼女は鉄血にして厳格なる女傑を演じるのだ。
―――その、筈であった。
(カ、カ、カワイイイイイイイィィィィッッ!!!???)
イチコロであった。
綿毛のようにふわふわな白い髪、その下で涙を湛えて揺れる、真紅の瞳。
ほんのり赤く色づいた夢みるような頬、乱暴にかき抱いたら折れてしまいそうな、華奢で繊細な腰。
先程から舌ったらずで庇護欲をそそる、少女のような高い声はどうだ。
天上の調べを奏でる楽器の如く、その声で我が名を呼ばれたらその場で失神してしまいそうだ。
会取叶という少年。
それを構成するあらゆる要素が、鉄の女の心の護りを跡形も無くぶち抜いた。
―――なんだこれは、これが現実に存在する、生物だとでも言うのか。
きっかけは、急遽発令された緊急任務だった。
意気込んで向かった赴任地にて巡り合った【神候補】達、その中に彼は居た。
ほぼ初対面の相手である。
名前と能力、そして通信越しに聞いた声くらいは、前知識として把握してはいた。
だがしかし、いざ顔を合わせた実物は、完全に想像の上を行っていた。
こちらが急に黙ってしまったからか、少年は不思議そうに小首を傾げている。
・・・そんな愛らしい仕草をするな、思わず抱き上げて連れ帰ってしまいたくなるだろうが!
少年の全身から発せられる、圧倒的なまでのカワイイの暴力。
それは視覚と聴覚を通し、ツェツィーリエの頭から余裕という余裕を奪い取ってゆく。
呼吸は浅く早く、熱き血潮は体内を駈け廻り鼓動は早鐘を打つ。
しかし―――
我こそは誇り高きアーリア民族の末裔、鉄血にして厳格なる海の女。
こんな誘惑に、屈したりはしない!
辛うじて残った理性を総動員し、目深に被った提督帽で視覚情報をシャットアウトする。
後ろ髪を引かれる思いに駆られながら、ツェツィーリエはその場を足早に立ち去るのであった―――
今週はここまで。




