∥008-01 ペンギンに会いに行こう!
#前回のあらすじ:試作品が壊れちゃった
―――A県T市。
近隣の名勝地を結ぶ山道の一角に、それは存在した。
旧Iトンネル。
明治期に建設された隧道として地域の交通を担い、新設された新Iトンネルへとその役割を譲った、かつてのライフライン。
やがて、人の往来もめっきりと減り、この地は人々の記憶からも忘れ去られてゆくかと思われた。
―――だが現代に於いて、この地は本来の用途とは異なる形で、人々の口に上るようになっていた。
曰く―――トンネル内で起きた事故をきっかけとして、女性の霊が徘徊するようになった。
曰く―――建設時に人柱が埋められ、度重なる霊障がこの地を襲う原因となった、とも。
所謂、霊感スポットとして噂され、少なくない人間がこの地を訪れるようになった現在。
同様の場所を好む【彼方よりのもの】もまた、トンネルを訪れる犠牲者より精気を奪い、己の糧とするようになっていた。
今夜もまた、犠牲者の叫びが山深い地に響き渡る―――
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
「おーるーぎーあー!」
「!?」
『何ノ光ィ!?』『ア"ッーーー!!』
後輩の背中に、見覚えのある光の輪が花開く。
七色の硬質の光を放つ輪、それを翼のように背負いながら白木の弓に光の矢をつがえると、彼女は居並ぶ宇宙人型シング目掛けて打ち込んだ。
放たれた一条の光は途中、幾重にも分岐し、幾何学模様を描きながら子供めいた怪物の胴体へと吸い込まれてゆく。
短い叫びを残し、菫色の粒子となって消滅するシング達。
狭いトンネルにみっしりと詰まっていた怪物達は、あっという間に一掃されてしまうのだった。
「・・・ん、的中!」
「あーちゃん!?そ、それは一体・・・?」
「これ?ん-と、なんか出来るようになったみたい!」
「えぇ・・・?」
おそるおそる尋ねると、くるり、とその場で一回転して小首を傾げる。
見た目美少女の後輩がやると実に様になっているが、背中の物騒な輪っかもその動きに併せて目と鼻の先を通過した。
思わず身を硬くしていると、光輪はやがてふっ、と白い煌めきを残して消え去ってしまう。
ほっと一安心・・・と、言いたい所だが。
根本的な問題は何も解決していないので、何一つ安心できない。
【狂乱の輪】。
先日、後輩の失踪騒ぎの最終局面において、洗脳された彼女が振るった力の一つである。
瞬間的に全能力を倍増させ、切れ目のない攻撃による飽和殲滅を可能とする、思い出すにヤバい能力であった。
首謀者である『怪力博士』も行方を晦まし、事件も解決した今、残る問題は事件の残した数々の傷跡のみである。
その一つを今、目の当たりにしてしまったぼくは盛大にため息をつくのだった。
「・・・本当に大丈夫なの、それ?」
「大丈夫だよー。クランの皆もなんか心配してたけど、特におかしな事とか、ん-と・・・。長く続けると、ちょっぴり疲れるくらい?」
「全然安心できない・・・!」
そう言って、むん、と腕まくりする後輩の姿に苦笑するぼく。
大丈夫だ、と当人が言っているとはいえ、心配なものは心配なのだ。
そんなぼくの肩をぽんと叩くと、猫の被り物をした男はからりと笑うのだった。
「ニョホホホ。外野がいくら心配したところで、成るようにしかならぬでござるよ?」
「・・・そういうモンですかねぇ?」
「左様左様。むしろ、ラクが出来て良かった。位の心持ちでいた方が、穏やかに過ごせるというモノでござるよ」
「あ、あはは・・・」
いささか無責任気味な寅吉の発言に、叶くんが曖昧に苦笑する。
・・・色々と不安が付きまとう道行だが、何はともあれ今は先へ進むべきだろう。
この場の敵は排除したし、道はまだ先に続いている。
ぼくらは残る『彼方よりのもの』を探し、トンネルの奥へと足を進めるのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
―――後輩の失踪事件より、1週間が経過した頃。
事件の余韻も薄れ、人の口にあの出来事が上る事も稀となった、ある日。
ふらりと【揺籃寮】を訪れた後輩が、「一狩り行こうよ!」と言い出したのだ。
それに乗る形で、ぼくらは一路、Iトンネルへ。
面子はぼく、あーちゃん、寅吉さん、叶くん。
片手間でサッと行ける程度の場所へ―――という事で、東海地方でも名の知れたこの場所に白羽の矢が立ったのだった。
郊外の廃墟や心霊スポットといった場所は、『彼方よりのもの』が好む環境が揃っており、奴等の巣となりやすい。
その分に洩れず、薄暗い隧道の中は『宇宙人型シング』や『UFO型シング』の巣窟と化していた。
ひんやりとした空気の中、淡い菫色の光を放つランタンを片手にぼくらは道路を進む。
道は狭く、普通車でも2台同時に通行するのは不可能な程だ。
湿り気を帯びたコンクリート壁が続く先、暗闇の奥には無数のシングが放つ、菫色の眼光が揺らめいていた。
1体1体は弱いものの、群れれば厄介な相手。
それをまとめて狩ってひと稼ぎしよう―――というのが、今回の主題だった。
だがしかし。
空気を読まない約一名の活躍によって、簡単な仕事はヌルゲーを越えたヌルゲーへと成り果てるのであった。
「ちにゃー!!」
『タワバ!』『ヒデブ!!』
「あはははは!どんどん行くよー!!」
『ウワラバーーー!!』
「なんか・・・」
「拙者達、いらないでござるな?」
「それは思ってても言っちゃダメな奴!」
失踪事件前後で溜まった鬱憤を晴らすかのように、八面六臂の活躍を続ける後輩。
コンクリート道を駆け寄ってくる宇宙人型も、宙を飛び交うUFO型も、ことごとくがカトンボのように撃ち落されてゆく。
果てには、トンネルのサイズいっぱいにまで広がる銀色の巨体、葉巻型UFOまで一矢の元に撃墜してしまった。
ここの親玉らしきUFOが光の粒子となって消えてゆく光景に、ぼくらは本日何度目かの苦笑を浮かべるのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
【イデア学園】、大ホール。
『任務』の発着場として賑わうここに、トンネルから帰還したぼくらの姿があった。
天窓から差し込む柔らかな光がビロードのように広がる下では、様々な姿の【神候補】達が忙しなく行き交っている。
そんな中、忙しそうに宙を飛び交うヘレンちゃんの分身体の一つを呼び止めると、透き通ったプレート状の受注票を渡す。
夏色少女が小さな手を一振りすると、宙に菫色の輝きが現れて、ぼくらの【戴冠珠】へと吸い込まれていった。
これにて、『任務』完了。
だがしかし、どうにも不完全燃焼のきらいがあった。
「当初の予定通り、一狩り行った訳だけれど。これからどうしよっか・・・?」
「拙者はまだまだ、付き合えるでござるよ?」
「ぼ、ボクはその、どちらでも・・・」
「あたしはもっと遊びたーい!」
「ん、じゃあもう1回、どこかに行こっか?となれば・・・ヘレンちゃーん!」
めいめいに発言するぼくら。
二回戦目へ行くかどうかは、賛成2,中立1といった所だろうか。
束の間思案すると、ぼくはすぐに頷いて賛成へと回るのだった。
これで賛成過半数、二回戦へ突入だ。
善は急げ、とばかりに声を上げると、ふよふよと漂っていたサマードレス姿の少女のうち一人が近寄ってきた。
『はいはーい、何か御用ですかー?』
「今行けそうな中で、何か良さげな『任務』無いかな?」
「なるほどなるほど?でしたら―――」
検索エンジンよろしく、丁度いい感じの行き先が無いか尋ねると、小さなかみさまは口元に指を当てたままふわりと宙を舞う。
そうして何かを言いかけた、その時。
甲高い鐘の音が鳴り響き、ホール頭上にひときわ大きなパネルが映し出される。
そこには、赤字でこう書かれていた。
『 - 緊急任務発令中 参加者急募 - 』
一瞬、あたりは静まり返った後、ざわり、とどよめきがホール内に広がる。
答えを求めるように視線を上げると、天上のフレスコ画を背景にヘレンちゃんはにっこりと微笑みを浮かべていた。
『丁度いま、ホヤホヤの任務が追加されましたよー!お兄さんも、ご参加どうですか?』
「緊急任務・・・って、何でしたっけ?」
『ざっくり言うと、私達の宇宙へ新しく『彼方』からの直通路が開いたんです。今頃、現場には大量の『彼方よりのもの』と、その標的となる犠牲者の皆さんが居るハズですね。それを助けて、侵入してきたシングを撃退すれば、任務成功です!』
「おおー」
高次元世界である『彼方』と、ぼくらが住むこの宇宙。
この二つは、他の次元へ通じる穴によって繋がってしまう事がある。
獲物となる生物を求め、『彼方よりのもの』が開いたゲートがその原因だ。
一度開いたゲートからは、『彼方』の構成要素である霧状の粒子と、『彼方よりのもの』の先遣隊がこちら側へと入り込んでくる。
この粒子は『β粒子』と呼ばれ、3次元世界の情報を写し取り、形を模倣した【影の国】と呼ばれるニセモノの世界を形成するのだ。
【影の国】発生の瞬間、こちらの世界の生命は魂を写し取られ、【影の国】の中へと閉じ込められる。
この時点での【影の国】には時間の流れが存在せず、結果として犠牲者からは時間が止まった世界として認識されるのだ。
一切身動きが取れず、無抵抗のまま犠牲者達は奴等に精気を奪われる羽目になる。
心霊スポットを探検した後、体調を崩したり病気になる事があるのは、背後に暗躍する『彼方よりのもの』のせいなのだ。
これが、『彼方よりのもの』の基本的生態であり、通常兵力が奴等に通用しない理由でもあった。
「なるほど、これが緊急任務・・・」
『そういえば、お兄さんは何だかんだで未体験でしたねー。せっかくですから、この機会に参加してみては?』
「でも・・・ぼく達で大丈夫かな?」
『戦力的には、問題ないかとー。他の参加者さん達も居ますし、気軽に考えればいいのでは?』
「ふむう」
ぼくはしばし考え込む。
要救助者が居る事もあり、これまで緊急任務にはいまいち二の足を踏んでいた。
でも、言われた通りいい機会かも知れない。
ヘレンちゃんに太鼓判を押された事だし、新たな力を得た後輩も居る。
接近戦で頼りになる寅吉、可能性は無限大の叶くんだって居る。
まさしく、万全の布陣といって良いだろう。
「・・・皆は、どう?」
「拙者は構わんでござるよー」
「が、頑張ります・・・!」
「れっつらごー!」
確認の意思を込めて視線を送ると、皆はそれぞれに頷いてくれた。
最後に、元気よく腕を振り上げる後輩の姿を見つめ、ぼくは大きく頷きを返す。
「じゃあ・・・行こう!ヘレンちゃん、目的地は?」
『行き先は南極大陸、昭和基地近くの海上となりますよー。それじゃあ4名様ご案内―――よい旅を!』
「・・・・・・えっ?」
意気揚々と尋ねた行き先は、完全に予想外の内容だった。
一瞬、ぱちくりと目を瞬かせている間に、足下を中心に円形の光の柱が立ち上る。
ちょっと待って、と言い出す間もなく、周囲の視界は急速にホワイトアウトするのだった。
一瞬の浮遊感。
次の瞬間―――光の柱の外に広がる光景が、がらりと様変わりする。
そこは一面、白と灰色が埋め尽くす世界だった。
地球最南端、南緯90度の極点を中心とした、荒涼たる大陸。
その周囲へ広がる棚氷、その上へとぼくらは転送されるのだった―――
今週はここまで。




