∥007-H ご臨終です。
#前回のあらすじ:丸海人のオリジンは、過去の思い出の中に。
[マル視点]
「・・・動かないね」
『こりゃ、壊れとるナ!』
「えぇえ!?」
―――あーちゃん失踪事件から、数日経った後。
ぼくは単身、楓さんの部屋へと訪れていた。
愛剣である『パラケルススの剣』―――の、模型を見て貰う為だ。
あの事件で大活躍したこの剣であるが、少々、無理をさせ過ぎた感があった。
壊れていたりしたら心配だという訳で、開発者の皆に調子を見て貰いに来た訳だ。
そして、中性的なボーイッシュ美少年と、ちっさいオッサン達が寄ってたかって弄繰り回した結果、飛び出したのが先程の発言。
模造品とは言え、激戦を潜り抜けた相棒が壊れた事実を前に、ぼくは思わず頭を抱えてしまうのだった。
「ガワは大丈夫そうだけれど、内部に刻んだ刻印が焼き切れてるね。何か、ムリな使い方でもした?」
「えっと・・・まあ、はい。そんな感じかもです」
『ま、所詮モックじゃし、そんなもんじゃろ。むしろ、貴重なデータが取れて得した位じゃわい。ボバハハハハハ!』
『グバハハハ!小僧にこれ程ノ出力が有るトハナ、オレサマ驚いたゾ!本命に刻むルーンは、強度マシマシにしておいてやるからナ!!』
「あ、ありがとうございます・・・?」
秘密研究所の奥にて、囚われ洗脳された後輩を助け出すべく、ぼくは『パラケルススの剣』を全力で行使した。
その時の影響か、ぼく自身少しの間、調子を崩してしまったくらいだ。
その負荷はどうやら、『剣』自体にも深刻な影響を及ぼしていたらしい。
そうして壊れてしまった愛剣だが、これはあくまで試作品。
今回のデータを糧に、更なる進化を遂げた真作として生まれ変わってくれる事だろう。
そんな期待を胸に秘めつつ、ぼくは3人のマイスターに向かってぺこりと頭を下げるのだった。
・ ◆ ■ ◇ ・
「―――へぇ、そんな事があったんだ。『怪力博士』とはまた、厄介な人物に目を付けられたね?」
「そうなんですよ!おまけに、あのオッサンには逃げられちゃったみたいで・・・。またちょっかい掛けてこないか、心配なんですよね」
「ふうむ・・・」
模造品の剣を預けた後、ぼく達はそのまま一服しつつ談笑していた。
中国茶の作法で淹れてくれた烏龍茶は香り高く、目新しさもあってなんだか面白い。
白くたなびく湯気の向こう側では、黒小人兄弟が昼間から酒盛りを始めていた。
ガハハと響く笑い声をBGMに、ぼくは秘密研究所での一件を、楓さんに語って聞かせている。
後輩の失踪事件において主犯であった怪人、通称―――『怪力博士』。
奴は昭和の怪人として、世界的にも広く知られる人物だ。
楓さんもその名は知っていたらしく、柳眉をひそめると思案するように呟きを漏らすのだった。
「―――その、お友達の体内に潜んでいたという『蟲』なんだけれども、君の話を聞く限り、道術の流れをくんだ呪物の類だと思うよ。察するに、件の博士がそれを仕込んだ術者なのかな?」
「あ、いえ。話を聞いた限りだと、博士の傍にいた陰陽師があーちゃんを操ってたみたいで。確か・・・零さん、だったかな?博士には、『零号』って呼ばれてたみたいですけれど」
「・・・へぇ」
続いて話題は、後輩の身体を蝕んでいたモノへと移る。
あの時、彼女は博士の命ずるままに、ぼくらへ向かって襲い掛かってきた。
普段の彼女からは考えられない行動であるが、その原因は体内に潜んでいた異様な『蟲』の仕業だったらしい。
『パラケルススの剣』の力でその影響を排除できたが、あのまま操られていたら正直、危なかったと思う。
そんなエピソードを興味深げに聞いていた黒髪の少年は、ぼくが口にしたある名前に対し、強い興味を示す。
鳥保野 零―――またの名を、『怪力兵零号』。
第二次大戦を博士と共に戦い抜き、その懐刀として現代に至るまで、側に寄り添い続けた女性。
物言わぬ花のようにひっそりと佇む姿は、今でもぼくの記憶に強く焼き付いている。
そして、その正体はヘレンちゃんが最も警戒するという敵、『大罪悪霊』の一角でもあった。
「『零号』。つまり、かの博士の手で作り出された実験体。そのプロトタイプが、彼女だったという訳だね?」
「・・・みたいです。その、博士について詳しくご存じなんですか?」
「まあ、物の本に書かれた程度の知識だけれどね。・・・戦後の怪物、都市の闇に潜み、子女を攫い改造する悪の狂科学者。それがまさか、【学園】内部に潜んでただなんてね。事実は小説より奇なりとは、正しくこの事だろう」
「ですねぇ」
『イデア学園』の一角に密かに存在した、博士の秘密研究所。
今回の一件が露見するまで、その存在は誰にも気付かれぬままであった。
もし発見が遅れ、更なる被害が拡大していたらと思うと、思わず背筋が震えてしまう。
事件の余波は数あれど、ひとまず平穏無事に終わったことに、ぼくは改めてそっと胸を撫でおろした。
「そうか・・・。彼女は望み通り、想い人の元へたどり着けたんだね」
一方。
黒髪の少年は顔を俯けたまま、ぽつぽつと呟きを漏らしている。
思索に耽るその姿に思わず首を傾げると、ぼくは疑問の声を上げるのだった。
「どうかしたんですか?あの女性の名前を聞いたあたりから、なんだか様子がおかしいみたいですけど・・・」
「うん?・・・ああ、すまないね。少々、気になったものだから。時に、その―――零さんの事を、もっと聞かせてくれないかな?」
「いいですよ。・・・とは言っても、一度会ったきりの相手ですし、伝えられることなんてそんなに無いと思いますけれど」
「構わないさ。・・・それで、どんな感じだったのかな?彼女は相変わらず、落ち着いた雰囲気の着物姿だった?」
「いえ、真っ黒なワンピース姿でしたよ?綺麗な長い黒髪とマッチしてて、まるで日本人形みたいでした」
「えっ?」
怪力兵零号、改め零女史の様子を教えて欲しいと、控えめにせがむ黒髪の少年。
普段、感情をあまり面に出さないだけに珍しい事もあるものだと思いつつ、ぼくは記憶を頼りに彼女の容姿について語る。
それに対し、返ってきたのは疑問の声であった。
互いに目を見合わせたまま、ぼくらは二人、互いに首を傾げ合う。
「土御門零、さんの話だよね・・・?」
「そうですよ?・・・東洋人ふうの妙齢の女性で、長い黒髪が印象的で控え目な美人さん、で合ってますよね?」
「和服に身を包んだ、白髪の老婦人・・・じゃなくて?」
「ち、違いますけれど・・・?」
どうにも話がかみ合わない。
彼の話を聞く限り、まるで彼の人物が老齢のおばあちゃんみたいだ。
相方である博士の方はそれなりにお年を召したオッサンだっただけに、実は彼女もそれなりのお年だった、なんて事もあるかも知れない。
だが、こうまで話が食い違うものだろうか?
頭の上にハテナマークを浮かべていると、口元に手を当てて思索に耽る楓さんは、ぽつりぽつりと呟き始めるのだった。
「・・・『怪力博士』は戦前生まれ、もう何十年も前の人物だ。腹心の部下である零さんも、右に同じく。二人は既に、90近いご老体の筈なんだよ」
「えぇ・・・!?でも、結構若々しい外見でしたよ?」
楓さんの言葉に再び首を傾げるぼく。
しかし、そこである事実に思い当たる。
「確か博士は、『召喚組』でしたっけ。つまり、外見と実年齢は一致しない筈。あ、でも・・・」
「でも・・・?」
死後、ヘレンちゃんに呼び出された『召喚組』は通常、肉体の最盛期の姿で現れる。
博士達もその分に洩れず、おヒゲのダンディ中年こそが彼にとって、心身共に最も充実した頃の姿なのだろう。
その腹心たる『怪力兵零号』もまた、その分に洩れずだ。
そこまで考えたところで、ぼくは重大な事実を思い出し、思わず口をつぐむ。
零号の正体は、異次元世界である『彼方』に封じられた悪霊、その一部が現世に化けて出た姿だった。
ヘレンによって聞かされたこの事実だけれど、果たして彼に話してしまってよいものだろうか?
あの戦いに関わった人物だけを集めて開催された、密室での打ち明け話。
その内容はそれなりに、秘匿性の高いものだった筈だ。
そうして一瞬悩んだが、ぼくはすぐに話してしまうことに決めた。
楓さんは恩人だし、人格的にも信頼できる人物だ。
ヘレンちゃんも、きっと許してくれるだろう。
「えーっと・・・。その、零さんなんですが。どうやら既に、この世のモノでは無いみたいで―――」
「えっ?」
そうしてぼくは、ヘレンちゃんから聞いた内容について説明を開始する。
侵略者どもの本拠地である異世界、『彼方』。
そこに連れ去られた犠牲者の成れの果てであり、世を羨む悪霊の集合体である『大罪悪霊』。
巨大な霊的質量を持つ悪霊どもの本体、そして、その分身である7つの『化身』。
その脅威と、ぼくが実際に見聞きしたこと。
そして―――『化身』の先ぶれである怪物、"色欲"こそが、零号の正体であったこと。
ぼくらが出会った時、彼女は最初はその本性を隠し、人であるかのように擬態していた。
しかし、ヘレンとの戦闘に突入してからは本性を現し、異形の姿へと変貌していたのだ。
楓さんの語る姿とぼくが目撃した姿が異なるのは、そのせいなのかも知れない。
・・・そんな内容を語り終えると、ぼくはちらりと彼の様子を盗み見る。
しばし俯き、思案する様子の黒髪の少年。
彼はひとつ頷くと顔を上げ、彼の人物に興味を示した理由を語り始めるのだった。
「・・・実を言うとね。僕は、生前の彼女と会ったことがあるんだ」
「ええっ!?・・・ホントに?」
「本当さ。君と僕とで、外見について見識の違いがあったのは、そのせいだろう。・・・でも、残念だな。まさか、彼女が悪霊と化していただなんて。あの頃、彼女は内縁の夫との再会を切望していたみたいだから、そのせいなのかも知れないけれど・・・」
「内縁の・・・。つまり、籍を入れてない、ってコト?」
「そう聞いているよ」
黒髪の少年が語る衝撃の事実に、ぼくは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
面識のある人物が死後、悪霊と化しただなんて。
その心中、察するに余りあるだろう。
それが親しい人物であればあるほど、ショックは猶更だと思う。
彼の場合、それはどうだったのだろうか?
視線を上げて様子を伺うが、何時ものアルカイックな笑みからはその内心を図り知る事は難しかった。
そして、新たに発覚する事実。
どうやら博士と零号は、籍を入れてはいなかったらしい。
言われてみれば、ヘレンちゃんは『鳥保野』零と呼んでいたが、楓さんは『土御門』呼びだった。
旧姓を名乗るか内縁の夫の姓を名乗るか、そのあたりに何か、複雑な事情でもあったのだろうか?
何にせよ、今となってはその理由を知る事も難しい。
会話が一段落したところで、楓さんは視線を窓の外へと向ける。
「さて・・・。話し込んでいるうちに、ずいぶん遅くなっちゃったね。そろそろ、お開きにしようか?」
「え?・・・あっ!もうこんな時間!?すいません、話の続きはまた今度!」
「ふふ、また遊びにおいでよ」
雨戸を通して差し込む日の光は、既に大分オレンジ色に色づいていた。
ぼくはこの後用事があったことを思い出し、慌ててコップの中身を飲み干す。
冷めたお茶をごくりと飲み下すと、ぺこりと頭を下げぼくは部屋を後にした。
ばたばたと慌ただしく去ってゆく足音を背景に、アルカイックな微笑みを浮かべながら、それを見送る黒髪の少年。
酒盛りの場を移したのか、何時の間にやらドヴェルグ兄弟も部屋から姿を消していた。
しん、と静まり返った部屋の中。
少年はひとり、呟きを漏らす。
「・・・まさか、あの名前をまた聞くとは、ね。ニキータ、ナーイ、零さん、ムサシ。それに―――キョウコ。僕は、今でも―――」
過去を振り返るようにして、少年は幾つもの名を呟く。
聞く者のいない言葉の続きは、静寂の中にひっそりと消えてゆくのであった―――
今週はここまで。




