∥007-31 ループ系主人公ヘレンちゃんは完走したい・上
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
#前回のあらすじ:「ビーターや!」「違います」
[マル視点]
我等が小さなかみさまこと、ヘレンちゃん。
彼女の正体は、この世界のほんの少し未来からやってきた、時間旅行者であった。
時間遡行という奇跡を可能にしているのは、大いなる古のもの、神ダグザの秘宝『ダグザの大釜』の力。
数多の時と世界線を越え、彼女は『大罪悪霊』という新たな脅威が迫りつつあることを、ぼくらに警告するのだった―――
「つまり・・・ヘレンちゃんはループ系主人公!」
「あーちゃん??」
『ん-、まあ。そういう事になるんですかねー?』
・・・と、まあ。
そんな感じに話を聞き終えたところで、後輩が唐突に妙なことを口走る。
思わず首を傾げるぼくに対し、当のヘレンちゃんはあごに指を当て、きょとんとした表情を浮かべた。
こうして見れば、天使のように可愛らしい女の子だ。
しかし本当に、彼女は未来からやってきたのだろうか?
話の内容が内容なだけに、なんだか信じられない。
しかしそれもまた、仕方のない事なのかも知れない。
「・・・つ、つまり。このままではこの世界はその、『大罪悪霊』のせいで滅びてしまうって事ですの・・・!?」
『滅びませんよ?』
「えっ」
ショッキングな話の内容のせいか、若干青ざめた顔のエリザベス嬢。
彼女が零した一言に、意外な答えが返される。
側でそれを聞いていたぼくらも、揃って「え?」という表情を浮かべてしまった。
滅びないの?なんで?
・・・いや、その方がずっと良いのだけれど。
いわゆるタイムスリップ物の定番よろしく、破滅へ向かう絶望の未来から過去の世界へ、唯一の希望を求めてやってくる、的な。
そんなお決まりの展開を裏切り、あっけらかんとした表情のまま、夏空少女はこう続けるのだった。
『一応、補足しておきますとー。仮に、『彼方』の大侵攻を放置した場合でも、直ちに世界は滅びません。現世にもヒトとしての限界を超え、超自然的な力に目覚めた人間・・・『覚醒者』が存在するからです』
「それって、あのオッサンが所属する組織みたいな・・・!?」
『ですです。お兄さんは既に面識がある訳ですが、第六感に目覚めた彼等は高次元世界を知覚することが出来ます。つまり、【彼方よりのもの】が発生させる【影の国】にも対抗できる訳ですねー』
【影の国】とは、この世界へ侵攻する際、【彼方よりのもの】が発生させる領域の事だ。
現実世界を写し取ったニセモノの世界には、時間が流れていない。
3次元世界の生物にとっては致命的な環境であるが、高次元生物である奴等にとってはそれも無関係。
身動きの取れない犠牲者は、一方的に嬲られ精気を絞り尽くされる羽目になる訳だ。
それに対し、生物の枠を超越した『覚醒者』は、時間の流れない世界を知覚する事が出来る。
通常の手段では討伐の難しい【彼方よりのもの】への、唯一のメタとなるのだ。
そして、北海の大決戦の際、ぼくは政府機関の所属を名乗る奇妙な男と出会った。
真調という、類人猿めいた風体の中年男だ。
奴の言によれば、人類社会の裏にはぼくたち【神候補】のような、いわゆる『覚醒者』達が密かに存在しているらしい。
そして、ヘレンの言うとおりそれは日本に限らず、全世界、あらゆる国に共通する事なのかも知れない。
「それってつまり、世界各国にも『既知対』みたいな組織が存在する、ってコト・・・!?」
『です。古くからある伝統宗教は大抵、内部にそれ専用の部門を密かに抱えています。キリスト教圏の『悪魔祓い』なんかがそうですね。更に言えば、政府機関による超能力開発、宗教勢力の囲い込み。そいうった取り組みも、国家の霊的防衛を視野に入れたものだったりする訳です』
「えむけーうるとら?」
「完全に、陰謀論の世界ですね・・・」
後輩が口にしたのは、かつてのアメリカが行っていたという、洗脳実験のコードネームだ。
一説では、超能力によるマインドコントロールも行われていたとされ、いわゆる陰謀論の定番となっている。
シルヴィアさんが呆れ気味に呟いた通り、なんだか胡乱な話になってきた。
ところがどっこい、どうやらこれが世界の真実らしい。
『世界中の国々は通常戦力と共に、霊的国防の為の戦力を持ちます。『彼方』の大接近くらいじゃ、我々の世界は屈したりしないって事ですねー』
「それじゃ、私達がわざわざ手を出す必要なんて無いって事じゃありませんの・・・?」
『―――とは、行かないんですよね、これが。国々が持つのはあくまで、既存既知の脅威に向けた戦力。『彼方』のような、完全に認識外からの攻撃は想定外な訳です。特に奴等は性質上、被害が表面化するまで時間がかかりますから・・・』
「外から見れば、バス事故や旅客機事故みたいな扱いになるから、発覚するのが遅れるのか」
『ですです』
【彼方よりのもの】は人気の無い郊外を好み、そこに迷い込んだ人間や、車両などを襲う習性を持つ。
更に、襲撃される当人はそれを知覚できず、結果として原因不明の昏睡や心臓麻痺として、周囲には認識される。
何度も続けばじきに原因も明らかになるだろうが、それまで被害は出続ける事になる訳だ。
奴等の厄介な所であり、対処の難しさを生み出す要因である。
『霊的国防とは名の通り、霊的災害や妖怪といった脅威から自衛する為のものです。彼等は既に、国内外にあるリスクで手一杯なんですね。そこへ、外から襲い掛かる新たな脅威が加わると、じきに機能不全に陥っちゃう訳です』
「対応能力がパンクして、既存の脅威にも対処できなくなるという事ですか」
『です。・・・私は最初、ループを開始する前の世界で、『彼方』の大侵攻を乗り越えました。ですが、侵攻の終結後、小国から順にすり潰されるようにして、人類世界は収縮して行ったんです』
「大侵攻そのものではなく。それによる負荷が遠因となって、世界は破滅へと向かう・・・?」
『ですです』
ヘレンはそう答えると、重苦しい様子で頷きを返す。
一時、その場に沈黙が流れた。
聴衆は互いに顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべている。
無理も無い、ぼくも少々混乱している。
今年の12月、『Xデー』を迎えた後の世界。
そこにはやはりというか、『破滅』が待ち構えていた。
『彼方』の脅威そのものは退けられても、その後が続かない。
答えの無い問題のような状況に、ぼくの中でぐるぐると疑問が渦巻いている。
まとまらない考えに四苦八苦する中、静寂を破ったのは少しハスキーな声であった。
「・・・話はわかった。だがヘレン、何故それを今、私達に教えた?」
「えっ・・・?」
『ここに居る皆さんに、お願いしたい事があるからです。色々考えた末、このタイミングが最適だと判断しました』
「それは別に、他の有力クランでも良かった筈だ。『Wild tails』は有力クランの一つだが、『フィアナ騎士団』や『神話』。構成人数や規模で勝るクランは他にもあった筈だ」
ヘレンの言葉に、明は淡々と切り返す。
彼女が挙げたのは、どちらも圧倒的な構成人数で知られる有力クランである。
片や欧州を中心に、100を下らない人数と高い団結を誇る騎士団。
もう一方は、それ以上の人数を擁し、圧倒的な求心力を持つ中核メンバーが、それを纏める極東アジアの雄。
どちらも引けを取らぬ強豪クランであるが、『Wild tails』も規模としては負けてはいない筈だ。
だがしかし、この場には無所属のぼくも居る。
言われてみれば確かに、疑問が残る状況であった。
『その答えは、先程お教えした内容に関わってきますね。私は過去のループの中で、幾度となく【学園】内部で起こる襲撃を経験しました。今回、梓さんが攫われたのもその一つと言えます。明さんが挙げた二つのクランを選ばなかったのは、実力ではなく経験則。最期まで信頼のおける方々を、この場に集めた結果なんです』
「【学園】内部で起こる襲撃・・・」
「敵は―――既に、我々の中に居る?」
明の言葉に、ヘレンはゆっくりと頷きを返す。
再びしん、とその場に静寂が満ちた。
『これが、奴等を最悪の敵、と呼ぶ所以です。『大罪悪霊』は密かに忍び寄り、今も【学園】内部に着々と、その触手を広げ続けている筈です。それに対抗する為、皆さんには協力をお願いしたいんです』
そう言い終えると、宙に浮かぶ夏空少女はぺこりと頭を下げる。
それを前にして、ぼくらは戸惑いの表情のまま、再び互いに顔を見合わせるのだった―――
今週はここまで。




