∥007-30 戦後処理・後
#前回のあらすじ:最悪の敵・大罪悪霊とは・・・!?
[マル視点]
秘密研究所の奥で遭遇した怪異、"色欲"。
その正体は、異次元世界である『彼方』に囚われた、無数の死者の集合体。
『大罪悪霊』と呼ばれる、超巨大な悪霊の一部であった。
そして、"色欲"は『大罪悪霊』から分かれた7つの『化身』の一つ。
『化身』―――すなはち、神や化生が作り出すという、一種の分身体である。
つまり、本来の力が七分割された状態であっても、"色欲"はヘレンに匹敵する程の力を持っていたのだ。
それが、計7体。
"色欲"を除けば残り6体が今後、ぼくたちの前に立ちはだかるのだという。
更に言えば、"色欲"自体も討伐できておらず、また何処かで遭遇する可能性があるらしい。
なかなかシビアな状況であるが、今はそれよりもまず、新たに沸き上がった疑問を解消すべきだろう。
そう考えていたのはぼくだけでは無いらしく、少しハスキーな声が上がり、声のした方向へと視線を向けるのだった。
「・・・話はわかった。だが一点、疑問がある。お前はその情報を一体、何処から仕入れたんだ?ヘレン」
沈黙を破ったのは、分厚いレンズで素顔を隠した亜麻色の髪の少女だった。
それまで、話の進行側として、ある程度聞きに回っていた彼女。
てっきり件の悪霊についても、情報共有済みだと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか?
そんな疑問を肯定するように、宙に浮かぶサマードレス姿の少女はにっこりと微笑むと再び口を開いた。
『そういえば、今回はまだお話ししてませんでしたね。・・・端的に言えば、私はこの1年を繰り返しています』
「繰り返す・・・?」
『はい。【彼方よりのもの】による襲撃に端を発し、『彼方』の軍勢の来寇にて結末を迎える、一連の流れ。そのループの中で得たのが、先程お伝えした情報なんです』
「なんですって・・・!?」
「つまり、ヘレンちゃんはたいむとらべらー?」
『ですです』
自身が時間旅行者であるという、まさかの事実。
少女の口から飛び出したとんでも情報に、一同はそろって驚きの声を上げる。
彼女が言う一連の流れ、『彼方よりのもの』に関わる数々の情報を、ここで一旦振り返ってみよう。
ぼくが最初、奴等によって襲われたのがことし、2012年の4月のこと。
その日のうちに【神候補】として覚醒し、【イデア学園】に招かれた訳だが、【学園】には既に他の【神候補】達が存在した。
つまり、ぼくが参戦したのは、『彼方よりのもの』との戦いが始まってから、ある程度経った後のことだ。
【学園】から見ると、ぼくは新参者という扱いになるのだろう。
そして、奴等との戦いの大詰めとなるのが、12月21日から12月23日に到来するという、『Xデー』。
『彼方』と、この世界が最大接近するというこの日、今までにない規模の大軍勢が、全世界規模で押し寄せるのだという。
この『Xデー』をゴールとして、開始点は恐らく、去年の12月。
そこから翌年の12月までの一年間を、彼女はループしている事になる。
「・・・なるほど。私も初耳の情報だが、内容が内容だけに素直にはい、そうですかと信じる訳には行かんな。話の根拠と、可能であればその証拠。それを提示する事はできるか?」
『まあ、貴女ならそう言いますよねー。根拠と証拠についてですが、実は、既にお見せしています。・・・と、言いますか。紹介済みだったりしますね』
「えっ?」
「まさか・・・」
思わせぶりなヘレンの発言に、その場の面々から疑問の声が上がる。
しかし、目ざといものは既に、その言葉が示す答えに気付いていた。
黒髪の従者、そして亜麻色の髪の少女。
この二名が、ホワイトボードの下で麦粥に舌鼓を打つ、謎生物へと視線を向ける。
真っ白で、ふわふわなお髭に包まれた神様。
その隣にふわりと降り立ち、小さなかみさまは細い両手でそっと、毛むくじゃらの頭部を撫でた。
『神様の本当の名前は、ダグザ。フジウルクォイグムンズハーとクロスミービクスの子、豊穣と知識を司る、大いなる古のもの。時空を越える旅を可能にしているのは、神様が持つ究極の神器、『豊穣の大釜』の力なんです』
「神様の正体が、神々の王ダグザですって・・・!?」
「・・・知ってるんですか?」
「エリンの伝承に名を残す、偉大なる善神ですわ。数多くの秘宝を所有していて、『大釜』もその一つだと伝えられてますの」
「しかし、これが・・・?」
女性家令の言葉につられるように、一同の視線が神様の元へ集う。
毛むくじゃらのゆるキャラ擬きは、今も口いっぱいに頬張った麦粥をもっちゃもっちゃと咀嚼していた。
奇妙な風体であると同時に、どことなく愛嬌があって親しみの沸く外見だ。
見る限りでは、無害で大人しい印象しか無い。
これが本当に、偉大なる神々の父なのだろうか?
「真っ白なおヒゲは確かに、それっぽいと言えばそれっぽいですけれども・・・」
「威厳のカケラも無いし、正直そう見えるかと言われると―――」
「「「う~~~~ん・・・」」」
マスコットとしか言いようのない姿を前に、一同は揃って首を傾げてしまう。
これが『大いなる古のもの』・・・本当に?
そんな疑問を氷解させたのは、女性家令の放った一言であった。
「・・・善神ダグザは無類の麦粥好きで、たとえ敵地であってもそれが目に入れば夢中になって貪り続けるそうです」
「「「・・・あぁ!」」」
『粥!』
シルヴィアさんの発言に、皆が揃ってぽんと手を叩く。
それを何か勘違いしたのか、神様はにこにこと笑いつつ、ぼくに木匙を手渡してくる。
例によってひとりでに湧き出してきたお粥を、あんぐり開いた口の中へ放り込んであげた。
ちっちゃな手で頬を押さえながら、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを示す。
その様子に、英国出身の二名は再びうーん、と首を傾げてしまうのだった。
「・・・神様についての真偽はともかく。『大釜』の力は異なる事象同士を結ぶ事、それで合っているよな?」
『ですです。付け加えるならその逆、融合したものから繋がりを絶って、二つに分ける事も得意ですねー』
「えっと。その力でどうやって時間旅行や、普段見せてるような芸当が出来るワケ・・・?」
「簡単な話だ。場所や物体に限定せず、概念や性質、時空といったあらゆるモノが能力の対象となる。此処ではない何処か、異なる土地、世界、時間。そういったありとあらゆるモノと接続することで、釜の中身は豊穣で満たされるんだ」
「・・・あっ」
てっきり、ヘレンちゃんのことを瞬間移動系の能力者だと思っていたぼくの認識が、明の一言によって粉々に破壊される。
―――『ダグザの大釜』、別名、『再生の大釜』。
伝承によれば、この釜からは無限に食料が沸き出し、死者を入れればたちどころに蘇るのだという。
釜の中が繋がる先、例えば『釜が食料で満たされている世界』から中身を持ってくれば、そこには実質、無限の食料が存在する事になる。
逆に、死者の肉体と、『死んでいなかった世界』の肉体を入れ替えてしまえば、主観的には死者蘇生が実現する。
一つの事しかできないが、その『一つ』を無限に拡大する事によって、ありとあらゆる事を可能とする願望機。
それが、『ダグザの大釜』の正体だった。
『私がやってるのは対象と、範囲の拡大。どこからどこまでを釜の中とするか、何と何を繋ぐのか、あるいは繋がないのか。それをひたすら繰り返して、出来る事をやってるだけです。・・・ね、シンプルでしょう?』
「・・・」
ヘレンちゃんがこれまで、実現させてきた事を振り返ってみる。
先日の戦いでは、宇宙空間から巨大な隕石を呼び寄せ、敵に向かって投げ落としていた。
火星と木星の公転軌道の中間、小惑星帯まで180,000,000kmを繋ぐゲートがあれば、この芸当は可能となる。
次に、ぼくが【神候補】として覚醒した、あの日。
彼女はぼくが死の運命に囚われた時、時間軸から一時的に切り離すことによって、『死』という結果にたどり着かないようにした。
星々の世界にまで届き得る拡張性。
そこからピンポイントで隕石を運ぶ正確性。
更には時空や生死といった、概念的な領域にまで彼女の力は及んでいる。
それと比較すれば、未来から時間跳躍して過去に来るぐらい、今更だろう。
今更ながらに、この小さな女の子に畏敬の念が沸き上がってくる。
―――彼女は正真正銘、まごうこと無きチートであった。
今週はここまで。




