∥007-29 戦後処理・中
#前回のあらすじ:なんかゆるキャラ出て来たんですけど!?
[マル視点]
秘密研究所を探索した面子(+3名)を集めて開かれたこの場にて、ヘレンによる説明が開始される。
議題となるのは、謎の敵である『大罪悪霊』について。
『さてさて。まず、『大罪悪霊』とは名前の通り、霊の一種です。突然ですが、皆さんはゴースト・・・幽霊を見たことはありますか?』
「―――本当に突然ですわね?まあ、ありますけれど」
「私も、それなりには」
「あ、はい。ぼくも一応・・・」
「時々見るよねー」
サマードレス姿の少女が最初に切り出したのは、やや唐突に思える問いかけだった。
それに戸惑いつつも答える英国コンビに続いて、ぼくは曖昧に頷きを返す。
後輩がほっそりした指を顎に当てながら呟いたように、『常設任務』の途中、時折、幽霊と遭遇する事がある。
敵の姿を求めてうろついていると、半透明のオッサンとばったり、なんて場面がちらほらあるのだ。
一度、死にかけて覚醒した際、どうやら第六感的な感覚にも目覚めたらしい。
そのせいか、今の自分はスピリチュアルな存在も、普通に感じ取れてしまうのだ。
これはぼくに限らず、【神候補】全般に共通するらしい。
【神候補】になった事を後悔してはいないが、ああいうのだけはちょっぴり苦手だ。
聴衆の面々が思い思いの反応を返す傍ら、ホワイトボードの側では明さんが、神様にお粥を与えつつじっと聞き耳を立てている。
助手として紹介された通り、どうやら彼女は進行側に徹するつもりらしい。
『はい、ありがとうございます!・・・そんな訳で。皆さんもご存じの幽霊さんですが、これには色んな種類があります』
「浮遊霊、地縛霊、守護霊や怨霊・・・とか?」
『ですです。今、お兄さんが仰ったように、その性質によって幽霊は様々に分類されます。中でも、『悪霊』は生けとし生ける者全てに害をなす、悪性の存在を指す訳です』
「・・・『大罪悪霊』も、それと同様の存在だ、と?」
『です』
ぼくが挙げた例に、ヘレンはこっくりと頷いて肯定する。
生者を羨み、その足を引っ張ろうとする。
祟りを引き起こして、己に関わる者へと害をなす。
『大罪悪霊』とは、そうした性質の存在であるらしい。
『更に付け加えるならば、彼奴等は【彼方よりのもの】の一種である、という点でしょうかね』
「あれが、『彼方』の存在だって・・・!?」
サマードレス姿の少女が零した一言により、聴衆の間にざわめきが広がる。
【彼方よりのもの】とは、異世界である『彼方』より飛来する、人を襲う怪物の事だ。
奴等は犠牲者の元に姿を現す時、UFOや宇宙人といった、都市伝説の存在を象る場合が多い。
襲われる者が恐怖を抱く、『想像上の怪物』の姿。
それを仮初の肉体として纏い、彼奴等はこの世界へと現れるのだ。
「つまり―――『幽霊』という恐怖のイメージを模した、【彼方よりのもの】。それが、『大罪悪霊』ってコト・・・?」
『いえ。それとはまた違いまして、あれはれっきとした死者の霊魂です。奴等もかつては人間だった・・・の、ですが。―――その魂魄は今も、『彼方』に囚われているんです』
「・・・奴等によって奪われた、かつての犠牲者。その霊魂が、『大罪悪霊』とやらの大本か」
「なんですって・・・!?」
ぼくが発した疑問は、ヘレンによって即座に否定された。
宇宙人を模したように、幽霊の姿を模倣した、【彼方よりのもの】。
それが、件の怪物の正体と推理した訳だが、どうやら違ったらしい。
ぼくが首を捻る一方、それまでじっと話に聞き入っていた亜麻色の髪の少女が、ぽつりと呟きを漏らす。
その一言に、エリザベスは思わずがたりと椅子を蹴って立ち上がった。
「低級のシングは精々、人間から精気を掠め取る程度の存在だ。しかし、高位のそれは肉体ごと、人を自分の世界へと連れ去ってしまう。いわゆる、『神隠し』の一要因だな。『彼方』へ落とされた人間は、奴等の餌となる訳だが・・・。肉体が死亡した後、残された霊魂がどうなるかと言うと―――」
「現世であれば、天に召されるのが常でしょうね。ですが、『彼方』でそれが通用するとは思えません。行き場を失い、異界へ取り残されたゴースト。それが今も、彼方の奥底に人知れず存在する。・・・そういう訳ですか」
『・・・ですです』
女性家令が明の言葉を引き継ぎ、『大罪悪霊』なる存在の正体を言い当てる。
視線を宙に浮かぶ夏空少女へと向けると、彼女はゆっくりと頷きを返した。
ヘレンによる説明は続く。
『先程、お話しした幽霊の分類の一つに『集合霊』、というものがあります。肉体を失った死者の霊魂は、そのままでは存在を保つ事ができません。周囲に溶けだすようにゆっくりと、存在が希薄になっていき、いつかは消滅してしまうんです。それを防ぐ為、一部の霊は生物に憑りついたり、他の霊体を襲って取り込んだりします。このうち後者のパターンが行きつく先が、『集合霊』です』
「ん・・・昔、見たコトあるかも。みんなが近づいちゃダメだ、って言ってたかなー?」
「あーちゃん、それっていつぐらいの事なの・・・?」
「ちっちゃい頃。いっぱい、人とか動物の顔が浮かんでて、ちょっとキモかったなー」
後輩がぽつりと漏らした言葉に疑問を返すと、彼女はこてんと首を横に倒しそんな事を呟いた。
・・・それが事実だとすると、【神候補】になるずっと前から、「見えて」いた事になるのだが。
山盛りの疑問をぐっと飲み込んで、ぼくはヘレンちゃんへと視線を戻した。
『梓さんが仰った通り、『集合霊』自体は稀に自然発生する存在です。彼女が目撃したのは恐らく悪霊寄りの存在ですが、土地や血族に端を発する『集合霊』は、祖霊、あるいは土地神と呼ばれ、神様の一つとして数えられているんです』
「・・・確か、『泥艮』も深泥族の祖霊だって話だったよね?」
『ですです』
祖霊、氏神、家神。
こういった血統や家に帰属する霊魂、いわゆる『御霊』の類は、我が国でも時折、信仰の対象となる存在だ。
精霊信仰的な『集合霊』の在り方であるが、今、遡上に上がっている『大罪悪霊』は、それとは真逆の存在であろう。
悪性の存在でありながら、神に比肩する力を持つ、悪霊。
ヘレンとの間で繰り広げられた、神話めいた闘争を思い出し、ぼくは思わずぶるりと背筋を震わせる。
『『大罪悪霊』は現在のところ、知る限りで一例のみ。『彼方』という、極めて特殊な環境が生み出したイレギュラーです。特筆すべきは、その霊的質量。・・・最低で数万、多く見積もって数百万以上。その規模の死霊が、一つに集まっていると推測されます』
「なんだって・・・!?」
ヘレンの言葉に再び、どよめきが室内に流れる。
少女がぱちん、と指を鳴らすと、ホワイトボードの前に半透明のパネルが開き、あの日、ぼくが目撃した戦いの光景が映し出された。
固唾を呑んで見守る観客達の前で、天地を揺るがす大決戦が繰り広げられる。
「これは―――地形から見て、私達が気絶した後の映像、でしょうか?」
「それで合ってます。と言うか、ぼくが見た光景、そのまんまのような・・・?」
『アタリです、お兄さん。視界をちょいと拝借して、皆さんへの説明用に使わせて貰っちゃいました』
「・・・そんな事も出来ますの、貴女?と言いますか、これは―――」
「いくら何でも、無茶苦茶に過ぎるんじゃ無いのか・・・?」
天より降り注ぐ巨大な隕石。
落雷、火の雨、おまけに洪水。
それに対する怪物―――"色欲"も、なんでも噛み砕く顎と、変幻自在の動きで互角の戦いを見せる。
改めて見ると、この戦いの最中で生き残れたのが不思議なくらいだ。
全ては、障壁で護ってくれたヘレンのお陰なのだが、あの場に取り残されたのも彼女のせいだけに、お礼も言い出しづらい。
一通り戦いのハイライトを流し終えると、半透明のパネルは映像を打ち切って消失する。
誰ともなしに溜息が漏れる中、宙に浮かぶ少女は再び口を開いた。
『―――と。今見て貰ったとおり、『大罪悪霊』とは悪性の神、私に匹敵する強敵です。『彼方』に閉ざされたその本体は、私を凌駕するかも知れません。この場を催した目的の一つ、それは彼奴等の存在と、その脅威を正しく認識して貰い、警戒を改めて頂く事なんです』
「ヘレンちゃんより強い、だって・・・!?」
「・・・でも、待ってくださいまし。それはおかしいですわ。それ程の犠牲者が出ているのなら、今まで何故、それが表沙汰になっていないんですの?」
「―――別にこの世界の話とは、限らないんじゃ無いのか?」
「「「えっ?」」」
『大罪悪霊』の存在と、警告。
その二つを知らせる事が、ヘレンの目的なのだという。
実際に、その強さを見ている身としては納得の理由であるが、真紅の令嬢はそれに疑問の声を上げる。
最大で、数百万単位の犠牲者。
それが『彼方』へ連れ去られ、巨大な怨霊と化しているという。
しかし、そんな数の死者が出ているのであれば、騒ぎにならない筈が無いのだ。
そんな、ある意味当然の疑問に対し、異を唱えたのは明であった。
「お前達も、聞いたことくらいはあるだろう。『彼方よりのもの』は別次元の世界からこちらへ来ているが、あちらとこちらの距離―――要は、世界間の移動に掛かるコストが存在する。2012年12月21日に、それが最低になる『Xデー』が迫っていて、今、奴等の襲撃が多発しているのはそのせいだ。だが逆に、二つの世界間が離れている間、奴等はどうしてると思う?」
「『Xデー』から時間が経つと、二つの世界は離れて移動しづらくなる。その逆に・・・また別の世界との距離が、近くなる?」
『仰る通り。『彼方』に閉じ込められているのは、地球産の魂魄に限りません。全く別の宇宙、別の星から連れ去られた生物も、死後あちら側へ取り残されるんです。その魂の大部分は、時間経過によって摩耗しているでしょう。ですが、それでも膨大な量の死者が、今も残されているのは確かです』
「そんな事が・・・」
『大罪悪霊』を構成するという、数百万単位の霊魂。
その正体は、地球外の惑星、宇宙から連れ去られた者達だという。
驚きの真実であるが、驚愕も冷めやらぬままに説明は続く。
『死者の霊魂は、時間と共に摩耗します。それを補う為に融合したとしても、人間らしい豊かな感情は削り取られ、先鋭化された強い部分のみが残されてゆきます。怨霊が、人を憎む感情に囚われるように。数多の霊を取り込んだ『大罪悪霊』もまた、残された七つの感情に呼応した『化身』を持つのです』
それはあたかも、七つの頭を持つ黙示録の獣の如く。
ふわり、とホワイトボードの前に移動したヘレンが赤いペンを手に取り、新たな内容を書き加えてゆく。
"傲慢"
"嫉妬"
"憤怒"
"怠惰"
"強欲"
"暴食"
"色欲"
七つの感情、七柱の『化身』。
その名を書き終えたサマードレス姿の少女は、くるりとこちらを振り返り、再び口を開いた。
『これら全てが"色欲"と同等の力を持ち、異なる権能を振るいます。死後、最後まで残された一番強い感情。最も根源となる"欲"を核として、同じ傾向を持つ万単位の悪霊を従えた存在。それが、我々の前に立ち塞がる―――最悪の敵です』
今週はここまで。




