∥007-28 戦後処理・上
#前回のあらすじ:お片付けは一瞬で!
[マル視点]
「あーちゃん!先に来てたんだ?」
「先輩だ!先輩先輩せーん-ぱーいーっ!!!」
「元気みたいでよかゴバハァ!??」
後輩による悪質タックルを受け、ぼくの身体が「く」の字に折れ曲がる。
慣性の法則に従い、後方へと吹っ飛ぶぼくの身体。
後輩ともみくちゃになったまま、そのまましばし床を転がり、開けっ放しのドアにぶつかるとようやく、二人は止まるのだった。
頭をしたたかに打ち付け、ぼくの目の前は一瞬真っ暗になる。
「いちちち・・・」
ずきずきと痛む後頭部をさすりながら、視線を落とす。
そこには無言のまま肩を震わせる後輩が、ぼくのおなかにかじり付いていた。
先程の手荒い出迎えに、文句の一つも言おうかと思っていたが、殊勝な姿を目の当たりにしてそんな気も何処かへ行ってしまった。
いつも以上に自由な彼女であるが、失踪騒ぎからこのかた、顔を合わせるのはこれが初である。
秘密研究所から帰還した後。
後輩が無事、目を覚ましたことは既に、羽生家へ連絡して確認済みである。
すぐにでも顔を見に行きたい所であったが、原因不明の昏睡が続いた後とあって、彼女はそのまま検査入院していた。
検査やら何やらで結局会えずじまいのまま、今日、この場でようやくの再会である。
この様子だと、彼女の方も会えない寂しさが募っていたのかも知れない。
―――なんて事を考えつつ。
彼女の様子を見守っていると、どうにもそれだけではない事に気付いてしまった。
おへその辺りに鼻先を埋めつつ、後輩ははすはすと深呼吸を繰り返している。
「くんかくんか・・・すーはーすーはー」
「・・・ちょっと??」
そこはちょっとこそばゆい・・・じゃなくて。
なんだかちょっと変態チックな絵面になってきたので、流石に止めようかと思い始めた、その時。
ふと視線を感じて顔を上げてみれば、腰に手を当ててふんぞり返る、ゴージャスな金髪令嬢が視界に飛び込んできた。
半眼のままじろり、とぼくを睨んだまま、「は」「な」「れ」「て」と無言のまま口の形で催促される。
思わず立ち上がり、「気をつけ」の姿勢を取る。
床にべしゃりと落ちる後輩、それをパンツスーツの女性がひょい、と抱え上げた。
子猫のように後輩を抱え、ボーイッシュな女性家令はちらり、とこちらへ視線を送る。
思わずぺこり、と小さく頭を下げると、グラスの下から覗くブラウンの怜悧な瞳が瞬き、彼女もまた会釈を返してきた。
エリザベス嬢とシルヴィアさん、彼女達もまた、ぼくらと同じようにこの場へ招かれた口である。
その目的は唯一つ、ヘレンちゃんに会い、詳しく話を聞く事であった。
・ ◆ ■ ◇ ・
後輩の失踪騒ぎが終結して、既に3日が経過していた。
その最終日に、【学園】の一角で起きた爆発。
そして、現場近くで多発した、謎の昏睡。
これらは、一部の【神候補】達の間でまことしやかに囁かれていたが、今の所大した騒ぎにはなっていない。
尤も、このまま沈静化して貰った方が結果的には良いだろう。
同じ【神候補】の中に、誘拐、そして人体改造という、あからさまな犯罪を働く輩が現れたのだから。
だがしかし、当事者としては話が別だ。
一連の出来事の裏で、何が起きていたのかを知りたいと思うのが当然である。
人造湖東岸に人知れず存在した、怪人『怪力博士』の秘密研究所。
そして、その最奥で遭遇した、"色欲"と呼ばれる異様な人影。
元々は、後輩の捜索が目的だったぼくらにとって、完全に予想外のエンカウントである。
だが唯一、ヘレンちゃんだけが彼等に対し、何らかの情報を持っているようであった。
わけもわからず巻き込まれた側としては、徹底的に問い詰めなければ気が済まない。
・・・という経緯があって、エリザベス嬢率いる『Wild tails』直々に質問状を送り付けていた。
それに対し、このメンバーがこの場に呼び出された次第であった。
【イデア学園】南側、学園講堂を始めとした、大き目の建物が並ぶ一角。
大手のクランハウスが集い、クラン同士の話し合いに使う広間を有する建物も、数多く存在している。
クラン関係者にとっての重要区画であるが、ぼくらが居るのはそうした建築物のうちの一つであった。
席に着いたまま、ぐるりと部屋の中を見回す。
まず目につくのが、室内中央に置かれた広々としたテーブル。
磨き上げられた天板は飴色に艶を放ち、4つの辺に陣取る3人の少女と、ぼくの顔を映し出している。
壁の一面には大きく明かり取りの窓が嵌められ、外から差し込む陽光が、宙に舞う細かいチリを白く浮かび上がらせている。
残る面には、大きな壺が乗せられた戸棚、ハードカバーの本が詰まった本棚、壁に掛けられた鹿の角の飾りといった、高級そうな調度品が見て取れる。
全体的に落ち着いた雰囲気の、いかにも応接間といった感じの一室であった。
そのテーブルの上に、ふわりと浮かぶサマードレス姿の少女が一人。
言わずと知れた我等が小さなかみさま、ヘレンちゃんその人である。
『今日は皆さんお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます!梓さんも、調子が戻ったようで良かったですね。残りの皆さんも、その後お加減は如何でしたかー?』
「お陰様で快食快眠、病気知らずの健康体でしてよ!挨拶は結構。それより先ずはこの場に集まった目的の件、きちんと説明して貰えるんでしょうね?」
にぱっと笑顔を浮かべるヘレンに対し、真紅の令嬢は眉根を上げてそう言い放つ。
にべもない態度であるが、内心ぼくも同じ気持ちであった。
ヘレンちゃんはちょっと、今回、隠し事が多すぎである。
テーブルの反対側ではシルヴィアさんも、うんうんと頷いている。
あーちゃんは・・・薄目を開けたまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。
その口の端から、つう、とよだれの筋が垂れる。
乙女の沽券に関わる光景から、ぼくはそっと視線を逸らした。
『エリザベスさんは、巻き進行をご希望なんです?他の皆さんも?』
「「(無言で頷き返す)」」
『うーん・・・。でしたら、仕方ないですね。前置きは飛ばして、先日の一件について早速お話ししましょうかー』
付和雷同に(一名除く)、上がった疑問の解消を求める声。
ヘレンは上下さかさまになったままおや、と丸く目を見開く。
前置き無しでの説明開始が合意となった所で、ぱんぱんと手を叩くと、ヘレンは入口に向かって声を上げるのだった。
『・・・と、いうわけで。助手さーん、カムヒヤー!』
「はいはい・・・っと」
「明さん!?」
夏空少女の呼びかけに、がちゃりとドアを開けて入ってきたのはぼくらも良く知る顔であった。
【揺籃寮】の副管理人、会取明その人である。
がらがらとホワイトボードを押しながら入室した彼女の服装は、最近よく見るゆったりした長袖シャツと、ジーンズの上下。
亜麻色の長髪を靡かせ、部屋の一角にホワイトボードを固定すると、ここでよいか、とヘレンに向かって視線を送る。
宙に浮かんだまま、「OK」のジェスチャーを返す夏空少女。
・・・その足下で、見慣れぬ物体がうろちょろしていた。
大きさは、体高60cm程ぐらいだろうか。
寸胴で、全身がモップのような長く白い体毛に覆われている。
顔らしき部分には大きな鼻と、真っ白なひげで覆われた口。
瞼は厚ぼったく、その下に覗く瞳は潤みがちで、黒くキラキラと飴玉のように艶めいている。
頭と首と胴体の区別が無い、ずんぐりむっくりな身体。
それに対し、不釣り合いな程に短い脚。
それを小刻みに動かし、ちょこまかとホワイトボードの二つの脚の下を行ったり来たりしている。
その手には大ぶりな木匙が握られ、歩く度に上下に揺れ動いていた。
全体的な印象は、地方の道の駅に居そうなゆるキャラ擬き、といった感じだろうか。
そんな、生物というより着ぐるみっぽい存在の出現に、ぼくは思わずその背中にファスナーが付いていないか、まじまじと探してしまった。
ちらりと他の参列者を見れば、彼女達も一様にそちらを目で追っている。
「あのー・・・明さん?」
「明でいい。で、何か質問か?」
「そのゆるキャラ・・・じゃなくて。不思議な生き物は、一体・・・?」
「神様だ」
「・・・神様!?」
藪から棒に飛び出した予想外の呼称に、ぼくは思わず素っ頓狂な声を上げる。
その声で目が覚めたのか、テーブルを離れた後輩が謎生物、もとい神様の前に屈みこんだ。
「神様なんだ・・・。ほんとにー?」
『粥!』
「え?これ・・・あたしに?」
こてん、と首を倒して、毛むくじゃらの顔(らしき部分)を覗き込む。
それに応えたのか、人語のような鳴き声のような、不思議な声が響いた。
続いて、ぬっ、と少女の前に差し出される大ぶりな匙。
思わずぱちくりと瞬きした後、それを手に取る後輩。
木匙のつぼ(窪み)をまじまじと見つめる彼女の目の前で、空だったそこに白濁した汁が湧き出し始める。
それは見る見るうちにかさを増すと、湯気を立てる麦粥がすり切りいっぱいまで満たされていた。
部屋の中に、ふわり、とほのかに甘い香りが漂う。
唐突に起きた、摩訶不思議な現象。
もう一度大きな眼を瞬かせる少女の前で、神様はあんぐりと口を大きく開いた。
奥歯のような臼状の歯が等間隔に並び、その奥には真っ赤なのど〇んこがぶら下がっている。
手に持った匙と、口の間とで視線を交互させると、おそるおそるあんぐり開けた口の中へとそれを挿し入れる。
あむっ、と匙の先を咥えると、もちゃもちゃと咀嚼を始める。
ごくん、と喉の辺りが動くと、厚ぼったい瞼の下で眠たげな瞳がぱあっ、と輝いた。
『粥!粥!』
『美味しい、ですか?良かったですねー、神様』
「あの。流れが全然わかんないんですけど、これは一体・・・?」
『このお方はですねー。この学園におわす、神様です!これからするお話にも無関係ではないので、顔見せついでに同席して貰っちゃいました。ですよね?神様』
『粥!』
「は、はあ・・・」
綺麗な歯並びを見せて、笑顔の神様。
ご機嫌な様子にこちらも笑顔を咲かせるヘレンちゃんに、ぼくは戸惑いながら曖昧な笑みを返す。
『さてさて。脱線はこのぐらいにして、ちゃっちゃと本題に入りましょうかー。本日みなさんにお話するのは、こちらについてです』
「大罪、悪霊・・・?」
ぱん、と柏手と共に仕切り直すと、サマードレスの少女はホワイトボードの前にふわりと移動する。
小さな手が指差した先には、『大罪悪霊』と大きく、赤のペンで書かれていた。
皆が一様に、首を傾げながらその文字を呟く。
『これが、皆さんが先日、遭遇した怪異の呼称であり、私が目下、最大の脅威として警戒する存在です。あの日、皆さんに出した指示も、全ては奴と、皆さんが直接対峙する状況を避けるための、準備の一つでした』
「それは―――つまり。『怪力兵零号』と呼ばれた女性の正体が、それだという事ですの?」
『ですです』
真紅の令嬢が発した問いに、ヘレンはこくこくと頷きを返す。
あの日、秘密研究所の奥底にて、ぼくらは囚われ洗脳された後輩と、その元凶たる怪人と遭遇した。
後輩を取り戻すべく、怪人との間に勃発した戦闘のクライマックスにて、その傍らに侍っていた女性が突如、異様な姿へと変貌した。
それこそが、『大罪悪霊』なのだという。
普段よりも五割り増しで真剣な表情を浮かべると、サマードレス姿の少女は説明を再開する。
この時、ぼくは【学園】全体の存亡を掛けた騒動について、隠された真実を知ることになるのであった―――
今週はここまで。




